守るけんね
「やっほー!陽翠ちゃん」
「日野さん。こんにちは」
訓練場に入ってきたのは日野さん。今日は日野さんとの訓練の日だ。
魔物の出現がとまり錬成武器や終焉具の発現が浄化師の最優先事項となった。終焉具が発現している私と出帆はこうしてクインテットの人が訓練をつける。
「じゃあ、始めるわよ!」
にっこりと笑って日野さんの指から金色の鎖がちゃらりと出てきた。蛍光灯の光を反射して怖いくらいにきらきら輝く。
手には2本の釘と指からは鎖。この独特な戦闘スタイルをどう対応するか。
「お願い、します。」
火花が散った。
「陽翠ちゃん、今の避けるの天才的だわ! でも、次のはちょっと熱いわよ?」
日野さんが快活に笑った。彼女が纏う空気は、その名の通りポカポカと温かい。だけど、指先で弄ばれる鉄釘と鎖は、獲物を狙う蛇のような鋭さを持っていた。
「……っ」
私も鋭い視線とともに応える。周囲を舞う羽衣はまるで月の光を織り上げたかのように白く、清廉な美しさを放っていた。
(前よりも、光ってる)
心晴が大きく腕を振る。
「晴天白日」
鎖に繋がれた三寸釘が、爆音を置き去りにして私の足元へ突き刺さる。日野さんの攻撃は、彼女の性格そのままに真っ直ぐで、そして逃げ場のない陽光そのものだ。
感情を読まれないように眉ひとつ動かさず羽衣を流れる水のように操った。
ガリッ、と硬質な音が響く。柔らかいはずの布地が、飛来する釘の軌道をわずかに逸らし、最小限の動きで連撃を回避していく。
「陽翠ちゃん、防御うまいわね!じゃあ、これはどう?」
日野さんが鎖を強く引き絞ると、地面に刺さった釘が跳ね返り、背後から襲いかかる。
「……! 挟み撃ち……!」
「正解っ! 逃がさないよ~」
楽しげな声とは裏腹に攻撃は苛烈を極める。
(焦らない……焦っちゃ駄目だ)
一歩踏み込むと、羽衣を自身の体に巻き付けるようにして独楽のように回転した。
キィィィィィン!
火花が散り、鎖が弾き飛ばされる。
「月光・朧月夜」
羽衣の端を鞭のようにしならせ、日野さんの足元を狙う。
「おっとっと! 厳しいなぁ、陽翠ちゃんは。でも、そういうしっかりしてるところ、私大好きだよ!」
危なげなくバックステップでかわすと、太陽のような眩しい笑顔を浮かべた。
二人の武器が再び交錯し、火花と光の粒子が虚空に溶けていく。
「しゅうりょー!!!」
訓練が終わって日野さんが大きく声を上げた。
「やっぱ陽翠ちゃんちかっぱ強かね!」
「ちかっぱ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げた。え、ちかっぱって……何?
「あっ待って待って!今の無し!」
凄く焦った様子で日野さんが手をぶんぶん振った。
「私九州の出身で家でいつも福岡弁喋ってるから混ざっちゃった!」
顔を真っ赤にしてあたふたしながら弁明する。日野さん福岡出身だったんだ……意外。
「へえー!日野さん、福岡出身だったんですか!」
「そうそう!高校生の時に東京に来たから難しいの!」
日野さんの白い髪の毛が揺れて白い瞳が僅かな彼方で燦めいた。
「あはは、そんなに驚かなくても。なんだか新鮮で、いいなって思いました」
私が小さく微笑むと、日野さんは「もう、恥ずかしいなぁ」と言いながら、額の汗を手の甲で拭った。金色の鎖はいつの間にか消え、訓練場には静寂が戻っている。
「でも、陽翠ちゃんのその落ち着き、本当に助かるわ。私、熱くなるとすぐ言葉も動きも出ちゃうから」
日野さんはそう言って、私の隣にどさりと腰を下ろした。私も同じように、ふわりと舞い降りた羽衣を整えてから隣に座る。
「……日野さんの攻撃、太陽みたいでした。熱くて、眩しくて。防ぐので精一杯です」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。でもね、陽翠ちゃんの光凪……あれ、本当に綺麗。力が澄み渡ってて、受けてるこっちの心まで洗われるみたいだった」
彼女は目を細め、天井の蛍光灯を見上げた。その白い瞳には、先ほどの戦闘の熱ではなく、穏やかな慈しみが宿っている。
「ねえ、陽翠ちゃん。私たちが戦うのは、誰かを傷つけるためじゃない。明日を照らすためでしょ?」
その言葉に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「はい。日野さんのような陽だまりを、守るために」
「ふふ、上手いこと言うね! よし、じゃあ休憩終わり! 福岡弁が出ないくらい、ビシバシいくよー!」
「あ……はい、お手柔らかにお願いします」
跳ねるように立ち上がった彼女の指先から、再び金色の鎖がちゃらりと音を立てた。
今度は私の方から、一歩踏み出す。
月の光を纏った羽衣が、次の閃光を待ち侘びるように静かに揺れた。
***
「ただいまー」
「ねーちゃんおかえり。今日の晩ご飯、肉じゃが作りよーとよ」
晴夜が台所から声をかけてくる。
「ん。麻陽と悠陽は?」
「二階でお母さんと遊びよる。……っちか、ねーちゃん遅かったね。どっか寄ってきたん?」
私は鞄をソファに放り出し、キッチンを覗き込んだ。晴夜が手際よくジャガイモの皮を剥きよる。
「ちょっと仕事が押しちゃってさ。お母さんがそんな長く遊んでくれるなんて珍しかね」
「なんか新しいボードゲームば買ってきたごたあよ。二人ともバリ盛り上がりよる。ねーちゃんも着替えて混ざってきたら?」
「うーん、うちはよか。ちかっぱ疲れとるもん」
そう言いながらも、二階から聞こえてくる麻陽と悠陽の「あはは!」っちいう笑い声に、自然と口元が緩む。漂ってくる出汁の甘か香りが、冷えた体にじんわり染みる。
「肉じゃが、味見してみる? ちょうどよか具合になったけん」
晴夜が小皿に一切れの肉ば載せて差し出してきた。
「ん、ありがと。……おいしか! ちょっと甘めで、おばあちゃんが作りよった味に似とるね」
「やろ? 隠し味に蜂蜜ばちょびっと入れたっちゃん」
晴夜は得意げに笑うと、また鍋に向き直った。
「……よし、うちもちょっとだけ顔出してこようかな。着替えてくるけん」
階段を上がる私の背中に、「早うせんと、肉じゃが全部食べるとよ!」っち晴夜のからかう声が追いかけてきた。
まかせーよ。私がお母さんもお父さんも、晴夜も麻陽も悠陽も、この世界も守るけんね。




