エピソード龍美・1
我が家は名鬼門というわけではなかったけれど、暮らしぶりはごく普通、それなりに恵まれた家庭だった。
こういうと、さも今は実家とは縁を切って自立した生活を送っているふうに聞こえるかもしれない。
なんのなんの、今でもどっぷり実家で、しっかり両親に寄りかかって暮らしている。
もちろん家にお金は入れている。と言っても、毎月五〇円だけだけど。ま、両親共にまだ現役で仕事をしているし、家のローンも終わっており、弟と妹も大学を卒業し実家を出ている。経済的にはどうにかやっていけているようだ。
三人兄弟で実家暮らしはあたしだけ。二年前に弟が結婚し家庭を持った。先日妹も付き合ってる人がいると言い、「そのうち実家に連れてくる」のだそうだ。
兄弟仲が悪いわけではないのだが、あたしは出来がよく両親思いの弟妹に対してコンプレックスを持っている。
我が家は貧乏ではないと思うが、決して金持ちでもなかった。父は鬼人警官で母は薬剤師。三人の子を鬼人校に進ませる余裕はさすがになく、三人とも小中高と地元の公立校に通った。
学年には必ず数人の鬼人がいたし、名鬼門と呼ばれる一部の鬼族を除けば、里に暮らす鬼人たちはどちらかと言うと大和ナイズされた生活を送る時代である。
そもそも鬼士院という狭い閉鎖空間には、もう鬼人全員が暮らす場所などないのだ。狭い院を出て暮らさざるえず、鬼門と里という区別すらナンセンスなのだ。
それでも区別は明確に存在する。明確に住む場所で、高い壁で区別されていた時代とは違った区別が存在する。
小学校のとき、なぜ自分は徒競走に出られないのか不思議だった。なぜ自分はミニバスケットのチームに入れてもらえないのか疑問だった。
なぜ自分には決して近づこうとしないクラスメートがいるのか。逆になぜやたら仲良くしたがるクラスメートや保護者がいるのか分からなかった。
大人になった今ではよく分かる。自分たちを忌避する気持ちも、近づきたい気持ちも、鬼人が城郭都市から出た後もまだ鬼門と里には越えがたい壁があることも。同じ町に暮らしながら自分たちは鬼門に暮らす鬼族で、隣人は里に暮らす大和族だと鬼人が思いたがっていることも。そしてその心の壁は、寿命が倍も違う以上、今後も容易には崩れないだろうことも。
小さな疑問や疑念は徐々に降り積もってゆき、たまに雪掻きするように掃除をしてやらないと心持ちを歪める原因となる。思春期によくあるやつだ。
あたしが不良というわけではなく、ごく普通の、ごく普通に見える仮面を被った高校生たった頃の話だ。
私は一人のクラスメイトから相談を受けた。私は父の厳しい躾のおかげもあり、鬼人のブライドを振りかざしたり、選民思想を剥き出しにしたりしなかったので比較的里の友人は多かった方だ。
そのクラスメイトは美人で明るく人気者であったが、それまであたしとは何の接点もなかった。
「あたしね、ダンスグループに入ってるの。ロカビリーダンス、知ってる?」
あたしは笑って首を振る。
「知らないよ。ダンスなんてゆきタン体操ぐらいしかやったことないし」
朝の子供向けTV番組でやっている体操の名を出すあたしに、相談者のミカ(どんな漢字だったか忘れてしまった)は愛想笑いをしながら、
「ルミも入ってくれないかなぁ。形だけでいいから」
形だけ?別に一緒にやろうよと誘ってくれているわけではないらしい。
「うん、実はさぁー これ絶対内緒ね?あたしそのグループの人と付き合ってるんだけど」
「え、ホント!?」
この手の話題は鬼族も大和族も関係ない。年頃の女子の共通の話題だ。
ミカはあたしが興味津々なのを確かめると、
「ちょっと困ったことになってて」
と声を落とす。
「うちのダンスグループに絡んでくる不良がいるの。不良チームよ」




