プロローグ・ツバメの鼻歌
「フンフンフン、フーン、チャッチャチャッ、チャッチャチャッ」
放課後の甘味研究会の部室。鼻歌交じりに手足をせわしなく動かしているのは千歳川燕さん。ひと学年上の新聞部員だ。
「なにようシュンカ、そんな憧れの目で見ないでよ」
えっ、僕そんな目をしてたかな。この不審な動きはなんだろうとかと思いつつ、聞くタイミングが無かっただけなんだけど。
「大丈夫よ、シュンカ。あんたも練習すれば上手くなるから」
と更に謎な声掛け。僕は卵の白身を泡立てるのに集中する。これいい手首の鍛錬になるんだよな。
「ははーん、そういうこと。分かっちゃった、ダンスでしょ?それ」
ミムラがこちらも泡だて器を動かす手を止めて言う。手足腰をリズミカルに捻って見せる。あー、なるほど。今度は一発で分かった。ツイストダンスか。やっぱりミムラはリズムに乗せて手足を動かすのが抜群に上手い。
それにしてもツバメさん、さっきの動き全然ダンスに見えない。もちろんそこには触れないでおく。
「ツイストって言うんでしたっけ?」
「まぁツイストとかロカビリーダンスって言うかな。ミムラは何か上手そうだけど、シュンカは踊れるの?」
シュンカは踊れるのって、ツバメさん、あんまり上手く踊れてないみたいだけど。
「いやぁ、踊ったのって小学校のキャンプファイヤーで踊ったフォークダンスとか町内会の盆踊りぐらいですよ」
「なにその盆踊りって?」
「え、ツバメさん盆踊り知らないんですか?」
確かツバメさんお父さんは里の人だって言ってたはずなのに。
「なっ、なにようシュンカ、あたし結構鬼門育ちだからさぁー で、何?その盆踊りって」
盆踊りを知らないツバメさんに、ミムラが得意満面で盆踊りとは何かをレクチャーする。もっともミムラもこの夏休みに我が家で過ごした際に初めて盆踊り知ったのだが。
「うん、だからほら、あの浴衣ってあるでしょ?あれ着てさ、櫓の周りに輪になってさ。音楽に合わせて櫓の周りを回りながら、手をこうやってヒラヒラさせるの。あの世から帰ってくるご先祖様をお迎えするための踊りなんだよ」
「へぇー 何か土着信仰的なもの?宗教行事っぽいわね。仏教?それとも神道の祭事なの?どっちにも黄泉返り思想ってなかったと思うけど」
うーん、今ひとつ上手く伝わってないみたいだ。
「神に捧げる踊りもいいけどさ、もっとダンスを楽しまなくちゃ」
そう言ってまたもや手足をクネクネさせるツバメさん。
「館にはダンス部とかないですよね?ダンスサークルかなんかできたんですか?」
「違うわよ。ダンスパーティーがあるの。そのパーティーでダンスコンクールがあるのよ。それに出るの」
「そうなんですか」
あっさり片付けようとした僕に不満気なツバメさん。
「ちょっとシュンカ、ダンスのパートナーは誰って聞くのがマナーよ?マナー」
ほぼ義務的に尋ねる僕。
「誰です?パートナーは?」
途端にツバメさんがフニャフニャに崩れる。まるで空間が強い重力で歪んだようだ。
「タッキーよ。タッキーとダンスパーティーに行くの」
タッキー?誰だそれ?
「なにようシュンカったら、もう忘れたの?竜興くんよ、竜興くん」
「え?タツオキ君って、あの神無月孤狼の?坂田之山君のことですか?」
ツバメさん、更にフニャフニャのスライムみたいになる。
「そうようシュンカ、タッキーとダンスパーティーに行くの」
ふ~ん、上手くいっちゃったんだ、坂田之山君と。それにしてもこの蕩け具合凄いなぁと思っていたら、
「シュンカだって同じだよ。もう虹ヶ原さん家での合宿中なんて見ちゃいられなかったよ」
「うん、直生ちゃんとべったりで離れないんだもん」
と鏑矢先生とミムラに突っ込まれた。
え、そうかな?僕、そんなみっともないことになってたの?
「うん、残念ながらなってたよ、シュンカ」
僕の顔つきから心中を読んだユウトが笑って言った。




