エピローグ1
金曜日の放課後。月曜が院長誕生日で祝日のため明日から三連休だ。
僕は授業が終わると一旦寮に戻り、最低限の勉強道具(錬成館では残念なことに必ず週末課題が出されるんだ)と着替えと洗面道具をリュックに詰め込む。
「それじゃ行ってきまーす」
寮母のおばさんに挨拶する。
「はいよ、気をつけてお行きよ。ほらこれ、あちらさんへの手土産だよ」
と紙袋を手渡される。中を見ると明陽軒謹製牛肉時雨煮の瓶とコンビーフ缶が入っている。
「えー、わざわざすみません。ありがとう、おばさん」
とお礼を言う。
「失礼のないようにちゃんとご挨拶するんだよ。シュンカ、あんた親戚になるかもしれないんだからさ」
「えっー そ、そういうことー」
考えてなかった。直生と虹ヶ原さんは遠い親戚に当たる。もしかして、もしかしたら、将来虹ヶ原さんとは親戚ということになるのかも…
僕は若干ギクシャクした足取りで部室に向かう。
「シュンカ」
途中でユウトとミムラに出会う。
「どしたのシュンカ?緊張しちゃって」
ミムラが目敏く僕の緊張を見抜く。
「いや、ちょっとー」
僕はおばさんに言われたことを二人に話す。
「へぇ、そういう理屈か。親戚ねぇ。確かにそうなるねぇ」
「ふぅん、親戚になると何か変わったりするの?」
ユウトとミムラは親戚になるということがピンと来ないみたいだ。でも二人の反応を見ているとなんだか心が落ち着いた。特に意識するようなことじゃないんだ。うん。
ユウトとミムラもちゃんと手土産を準備していた。何も考えてなかったのは僕だけか。おばさんのおかげで恥をかかずに済んだ。
部室に着くと鏑矢先生と虹ヶ原さんがもう来ていた。月夜さんは「受験勉強があるので」ということで今回は不参加だ。
今回は五人だし、田中先生のアルバイトでもないので部の公用車のイオタに乗って行くことになっている。甘味研究会三人のトレードマークにもなっている黒いレザースーツではなく館の袴姿だ。
駐車場で荷物を積み込む。ユウト、ミムラ、僕の三人は大きなリュック一つ。自分の家に帰るだけの虹ヶ原さんは館のカバンだけだ。
一方鏑矢先生は大きなボストンバッグを二つに加え大きな紙袋も抱えている。
「大人は色々大変なのよ」
と鏑矢先生は言うけど、荷物の中身は大砲みたいなドライヤーとか、お肌に電気刺激を与える特殊器具とか、顔に霧を吹きかける機械とか、化学実験室並の化粧品の瓶とコンパクトとか、枕になりそうな量の綿とか、あと何なのかよく分からない物体とか、そういったものが大半を占めている。あれを見るにつけ、あぁ大人の女の人は里も鬼門も同じだなぁと感じる。
鏑矢先生の運転で助手席に虹ヶ原さん、後部座席にミムラ、ユウト、僕が乗り込む。
「じゃ、行きましょうか」
院のゲートで警備員に外出許可証を見せる。虹ヶ原さんは紙印刷の外出許可証だ。虹ヶ原さんは珍しそうに僕らのカード型の外出許可証を眺める。
虹ヶ原さんの実家は京都市北区にある。
「北区の端っこなのでほぼ山の中です」
と虹ヶ原さんが笑う。
鬼士院から小一時間で虹ヶ原さんの実家に着く。
「ワォ、広〜い!」
ミムラが言う通り広い。言われなければ個人宅だと分からないくらい広い。広い広い手入れの行き届いた庭の中に、道場はもちろんテニスコートまである。
車を降りると虹ヶ原さんのご両親が出迎えてくれる。
「お帰り美緒」
「皆さんようこそいらっしゃいました」
車を降りてご両親に挨拶する。
「錬成館甘味研究会顧問の鏑矢と申します。この度はお休みのところ大勢で押しかけまして申し訳ありません」
「いえいえ、娘がお世話になっております。こんな田舎まで足を運んでいただきましてありがとうございます」
僕ら生徒も挨拶する。
「おぉ、皆さんが噂に聞く甘味研究会の皆さんですか。この度は美緒にために色々とありがとう」
丁寧に頭を下げるお父さん。僕らも「とんでもありません。こちらこそお世話になっています」とお辞儀を返す。
ん?あれ?
何だか少し気になる風がー と思ったら、
「シュンカ!」
元気のいい声が聞こえる。
「直生!」
直生がニコニコ笑いながら駆け寄ってくる。
「私もお招きいただいたの」
虹色の風を振りまきながら直生が笑った。




