静かな熱狂
虹ヶ原さんは武道練習で甘味研究会に挑むことはなくなったけど、相変わらず放課後は甘味研究会の部室にやってきて押し相撲をやっていく。
「虹ヶ原さん、押し相撲しにくるのは全然いいんだけど、部活の方は大丈夫?」
鏑矢先生が尋ねると、
「はい。顧問の先生には許可をいただいていますから」
と虹ヶ原さん。ユウト、ミムラ、僕とそれぞれ数本ずつ戦ってから剣道部の部活に出かけていく。相変わらず虹ヶ原さんは勝てない。僕には何本かに一本勝てるけれどユウトとミムラには全く勝てない。それもある意味仕方がない。ユウトとミムラが相手だと普段鬼人がやっている試合とは全く別の試合になってしまう。鬼人の常識と経験が役に立たないのだ。
ところが。見たところ虹ヶ原さん、悔しそうではあるものの、辛いとか苦しいとかいった感情は見られない。ある意味清々しいほどに現状を受け入れているように見える。僕の表情を読んだのか、虹ヶ原さんは説明するかのように、
「基本からちゃんと鍛え直そうと思って。私は下手で弱いので負けて当たり前。負けながら武道の基本を学ばせてもらっているの。押し相撲って基本練習にすごくいいと思う」
一週間が経った。武道の授業。孫崎先生が声を張る。
「では自由組手。それぞれ好きな相手と組んで」
ここ数日甘味研究会と手合わせしようとしなかった虹ヶ原さんが、僕らの方に近づいてくる。
「ミムラ、お願いできる?」
ミムラは何か言おうとする孫崎先生に「大丈夫だよ」と告げて、虹ヶ原さんと向き合う。
手合わせが始まる。授業中にも関わらず白金の皆んなは手を止めて二人の対決に注目している。
戦いは静かに始まった。ミムラは今日はフットワークを使わず間合いの少し外から虹ヶ原さんの様子を窺う。虹ヶ原さんは前回と変わらず、無闇に仕掛けず様子を窺う。
互いに指先と爪先で相手の間合いの端っこを突っつきながら、1ミリずつ間合いを詰めていく。
先に虹ヶ原さんが仕掛ける。左前足を使ったフェイント気味の速くて軽い蹴り。でも鬼力はちゃんと置いてくる。ミムラは引っかからない。地雷のように残された鬼力を上手く避けてミムラも下段蹴り。これは虹ヶ原さんも読んでおり当たらない。
次も先に仕掛けたのは虹ヶ原さん。素の左の突き。ミムラは軽く払う。ミムラの動きに僅かな戸惑いが見える。突きに合わせて鬼力を放つでもなく、左手に鬼力を込めて打つでもない。鬼力を全く込めないただの突き。
また先に虹ヶ原さんが動く。今度は右下段蹴り。しかも素の蹴りだ。そこに鬼力を合わせようとするミムラ。ミムラは鬼力で白く光った左足で虹ヶ原さんの蹴り足に触れようとした。触れた瞬間ミムラの鬼力が虹ヶ原さんに流れ込み、虹ヶ原さんはダメージを負うことになる。
ところが。素の蹴りに見えた虹ヶ原さんの右足が白銀に輝く。蹴りのタイミングと鬼力を放つタイミングをわざとずらしたのだ。
「ーッ!」
予想外の攻撃に鬼風を乱すミムラ。互いの鬼力がぶつかり合い、白いスパークが飛ぶ。
バランスを崩したのはミムラだった。すかさず虹ヶ原さんの左足がミムラの足元をさらう。
オォー
道場内に声が上がった。ミムラが床に腰を落としていた。驚いた表情で虹ヶ原さんを見上げるミムラ。
虹ヶ原さんはミムラを見ずに目線を少し上げて遠くを見るような顔つき。その顔には喜びでも悲しみでもない、あえて言うならようやく探し物を見つけた時のような表情が浮かんでいた。
「参りました。もう一本お願い」
ミムラの言葉に虹ヶ原さんが頷く。
虹ヶ原が勝ったー
武道場に興奮の鬼風が吹いている。静かな武道場内に熱い鬼風が渦巻いていた。
虹ヶ原が勝ったー




