強いものは強いと言おう
翌日。この日は武道の授業は無し。放課後。虹ヶ原さんに、
「じゃ、部室で」
と挨拶すると、虹ヶ原さん小さく微笑んで目礼した。
甘味研究会の三人で先に部室へ行き、しばらくすると虹ヶ原さんがやってくる。
「すみません。よろしくお願いします」
と頭を下げる虹ヶ原さん。
「いーよ、気にしなくて。さ、始めようよ」
ミムラの誘いに虹ヶ原さん嬉しそう。カバンを部室の片隅に置いて早速ミムラと向かい合う。
僕が「準備いい?」と尋ねると頷く二人。二人の表情、昨日にも増して真剣そのもの。
「始めっ!」
僕の拍手で押し相撲が始まる。虹ヶ原さん、今日も慎重。ミムラの動きをよく見て、よく感じようとしている。この「よく感じる」というのが鬼類相手だと難しい。
普通鬼人は相手の鬼虫のざわめきを感じながら間合いを読んでいる。攻撃しようとしているのか、守ろうとしているのか。強くか、弱くか。鋭いか、分厚く来るか。鬼虫の動きは宿主の心に連動している。
武闘を得意とする鬼人は、この相手を感じる力が優れていることが多い。相手の鬼風の微妙な揺らぎ、そよぎを捉えて、相手の力量から得意技、狙いまで読み取ってしまうんだ。
鬼類の二人相手にはこれが難しい。まるで風が薫らないのに突然ビュッと風を吹かしたり、相手の鬼力をいなすのも上手い。自分の鬼力攻撃が効かないしタイミングも取れない。鬼人の常識から外れた鬼力の使い方をする鬼類は本当に厄介な存在だろう。鬼類は鬼人にとってのブギーマンと言っていい。
押し相撲は武闘ではないけど、虹ヶ原さんのやりづらさはよくわかる。前回に引き続きミムラに三本取られた虹が原さん。
「ふぅ」
と思わずため息をつく。
「少し横から見てて。動きを見るのもいい練習だし」
ユウトが虹が原さんと交代する。虹が原さん、横に回って二人を皿のような目で見つめる。
「始めっ!」
ユウトとミムラを包む空気がパリッと緊張する。動きはごく僅か。数センチ、数ミリの小さな動き。互いの微妙な、それでいて速くて鋭い動きに、お互いに反応し合いながら一瞬の隙を探す。二匹の蛇が向かい合って全身の筋肉を緊張させながら小競り合いをしているよう。
うん。確かに横で見てるのも勉強になるんだよな。入館した頃は「わぁ、なんか凄いなぁ」くらいしか思わなかったけど、最近はもう少し細かく見れるようになってきた。
足の指と踵の動き。膝のたわみ。腰のリズム。背筋のバネ。肩の旋回。全部腕の動きにつながっている。
「凄いなぁー」
「ほんとー」
僕の呟きに虹ヶ原さんが返す。幼少期から武の鍛錬を続けている虹ヶ原さんには僕よりもっと深くて広いものが見えているはず。
「虹ヶ原さんから見ても二人って凄いの?」
小声で尋ねる。
「凄い。達人の動きね」
と小さくため息。ネガティブなため息でなく熱と憧れのこもったやつだったので僕はなんだか安心する。
勝負は熱戦の末ユウトの勝ち。
「だぁ~ 負けたぁ~」
悔しがるミムラ。ユウトは押し相撲でもとんでもなく強く、ミムラでも三本に一本取れたらいい方だ。
後からやって来た鏑矢先生と月夜さんも勝負が決まって小さく嘆息する。
「どう虹ヶ原さん、参考になった?」
鏑矢先生の問いに虹ヶ原さんは小さく笑って首を振る。
「参考なんてー そもそも私とは地力が違いすぎて。鬼類とか、鬼力が独特とか、そんなことでなく、もっと単純な話です。体の使い方、呼吸の仕方、間合いの取り方、全てが私より上で。一武道家として私はユウトとミムラの足元にも及びません。その事がよく分かりました。単純に私が弱いだけなんです」
安易に「そんなことないよ」とかいうほど僕も馬鹿じゃない。ユウトとミムラは強い。僕もそのことはよく知ってるから。




