虹ヶ原の鬼道相談
虹ヶ原さんは玉香苑での決闘のあと、直生と少し話したらしい。館内の噂で(噂の元は多分ツバメさんだ)直生が押し相撲の練習をしていると聞いていたらしいが、本人からも押し相撲がとても良い練習になったと話していたという。
「鬼力って何だろうとか、鬼風を吹かせるってどういうことだろうとか、これまで当たり前過ぎて考えたことがなかったけど、甘味研究会に入れてもらって押し相撲をやってみて色々気づいたの」
直生はそう言っていたらしい。
「わたし最近、良く分からないの」
虹ヶ原さんは少し苦しげに言った。視線が左右に揺れている。
「ミムラに負けて、一体自分は何のために錬成館にいるんだろう、なぜ鬼道を学んでいるんだろうって」
それを聞いてミムラも何だか居心地悪そうな表情になる。
「鬼人はなぜ、何のためにいるのか、何をすればいいのか、全部分からなくなってしまって」
重たい話だ。簡単に慰めたり勇気づけたりできる話じゃない。
「ねぇ、雨道君は何のために鬼道を学ぶの?」
虹ヶ原さんが不意に僕に言葉を投げてくる。
「前から気になってたの。雨道君は里育ちでしょ?なぜ鬼道を学ぼうと思ったの?鬼道はあなたにとって何なの?」
なかなかに哲学的な質問だ。僕は少し詰まりながら答える。
「うーん、僕は虹ヶ原さんみたいに深く考えてなかったな。虫が憑いて、町の鬼道場に通って、試験を受けて。自分でも知らない間に流れに乗ってたって感じだよ。いや、周りの協力もあって流れに乗せてもらったのかな。どうしても鬼道を学びたいと思ったことは実は一度もないかな。はは」
虹ヶ原さんはユウトとミムラに問いかける。
「二人はなぜ鬼道を学ぶの?鬼道を学ばなくても二人は強い。私なんてまるで敵わないほどに」
ユウトも困った顔になる。ミムラと顔を見合わせ、
「僕らは選択の余地がなかったんだ。エデンを卒業して、わけも分からずここへ連れてこられたんだ」
「お前たちはこれからここで勉強しながら暮らすんだって言われてね」
虹ヶ原さんは小さく「エデン」と呟いて黙り込んだ。ユウトとミムラが現れるまでは、鬼人はみんなエデンなんて子供向けの作り話だと信じていたから、平然とエデンの存在を突きつけてくるユウトの言葉に改めてショックを感じたのかもしれない。
部室ビルに着く。虹ヶ原さん、
「部室ここなの?凄いところでやってるんだね」
と、かなり驚いた様子だ。
部室に入る前の侵入者チェックや、室内の盗聴器チェックにも虹ヶ原さん相当面食らったようで、
「これ、いつもやってるの?必要なの?」
と、声を潜めて尋ねたほどだ。ユウトはいつもの飄々とした態度で、
「うん、いつもやってる。いつどこに危険が潜んでるかなんて分からないもの」
「そうそう。油断してると藪の中からシロクマが飛び出してくることもあるし。寝袋のなかに毒蛇が忍び込んでる時もあるし。真っ暗闇の中、遠くからライフルで狙われることだってあるんだし」
ミムラの言葉を冗談だと思ったのか、虹ヶ原さんは眉根を寄せただけで何も言わなかった。
「さて、先に押し相撲やる?」
「最近甘味研究会ていうより押し相撲研究会だね」
まず最初にユウトが虹ヶ原さんの相手をする。呼吸を整え、鬼力を充実させ、やる気十分の虹ヶ原さんだったが、三本続けてユウトに負かされてしまった。
「意外と深いのね、押し相撲って。子どもの遊びくらいに思ってたけど」
今度はミムラが相手をする。虹ヶ原さん再び三本連取される。落ち込むかと思いきや、虹ヶ原さんの顔に笑顔が浮かんでいる。
「面白いわね。直生ちゃんが言っていた意味がちょっと分かった」
そこへ鏑矢先生がやってくる。
「おや、虹ヶ原さん。なんか最近押し相撲ブームね」
程なくして月夜さんとツバメさんも部室に入ってくる。
「あれぇ、白金の虹ヶ原じゃない。ちょうど良かったわ。こないだの決闘についてインタビューさせてよ。もちろんスイーツを食べながらでいいから」
鏑矢先生がキッチンに向かいながら、
「月夜ちゃん、とりあえずあたしら二人で始めよっか、スイーツ作り」
「はい」
楽しげで少し騒々しい。部活はこうでなくちゃ。




