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re:gret  作者: 石阪カナタ
3/5

Re:3 電話帳

ロングシートに腰掛けていると反対側の窓から太陽が照りつける。

もはや当たり前のように休日だというのに仕事場に向かうため、こうやって大阪環状線に揺られている。

案の定、悠からもらった紙片のことなど、一晩眠ってすっかり忘れてしまっている。


10分ほど電車に揺られ、休日の独特の空気を纏ったホームへ降りた。

昨晩のせいか、普段より少し気だるい身体で建設作業が進むターミナルを抜け、高層ビルに位置するオフィスの入口をくぐり抜けた。


「おはようございます」


休日の午前中にオフィスへやってきて律儀に挨拶するのも何だか変な話だが、癖のようなものだ、仕方がない。

すると、扉の死角から応える声がする。


「あ、新見君。おはよう」


そう応えたのは、隣の部署の部長だ。

休日よろしく、いつものスッとしたスーツ姿とは程遠いカジュアルなジャケット姿だ。

それでも風格というか、できる男感を纏う姿に30年後自分もこうありたいと心の隅で呟いた。


「休みの日なのに仕事かい、お子さんとは遊ばなくても良いのかな?」

「ええ、今妻の実家に里帰り中で期間限定の独身生活です」

「なるほど、それで仕事を選択するあたり君も好き者だね」


そう言われ確かにそのとおりだなと、心の中で苦笑いするしかなかった。

この歳になると大学時代の友人なども各々忙しく、このところ数ヶ月に一度食事をする程度になり、休日もこれといって会うこともない。

それよりも、平日の仕事で否応無くたまっていく書類の束を片付けて、週明けを綺麗な机で迎えたいと書類整理をする。既婚のアラサー男子の休日なんてそんなものだ。


そんな何の物語にもならない休日を過ごし、陽が傾き始めたというのに少しも涼しくならない街へ歩みを進める。

気付けば朝軽くサンドイッチを口にしてから、何も食べていないことに気付く。


……少し早いけれど夕飯を食べてかえるか。


そう思い、職場のすぐ近くにあるショッピングモールへ足を伸ばす。

いわゆるフードコートがあるため、あまり食い気が無い気分で訪れても何となく口にすることができる。

さて、何を食べたものかとコート内をぶらぶらとしたものの、結局大して食い気が起こらず“たこ焼き”でも食べるかと販売ブースへ歩みを進めた。


「あれ、お兄さん…??」


目の前から歩いてきた見覚えのある女の子が声を挙げた。


「あれ、もしかして」

「はい、昨日はありがとうござました」

「まさか、こんなところで会うとは」

「普通の服ってことは、今日はお休みなんですね」

「いや、仕事帰りだよ。まぁ本当は休みだからこんな格好だけどね」

「そうなんですね。あ、お兄さん連絡先返してくれてないですよね!」

「あー、昨日直ぐ眠ってしまって忘れてたよ」

「あ、ひっどいなー。まだかなーって思って携帯電話チェックしてたのに」


そう言いながらわざとらしく悠は拗ねてみせる。


「“また来て下さい”って営業しなきゃだもんね?」

「もう、そんなんじゃないですー!!」


そんなやり取りを交わしながら、こんな大勢がいるフードコートで見かけた“客”を無視することも彼女はできた訳で、そうしなかった彼女の姿勢は嫌いじゃないなと思い、僕は財布に紛らせている仕事用の名刺を取り出した。

そして、裏面へアドレスを走り書きにする。


「はい、連絡先。書いてる携帯番号は個人のだから、裏面にアドレスも書いておいたよ」

「え、良いんですか!?これ会社名も書いてますよ」

「良いよ。君がそれを使って会社に電話してきたりしなければ」

「そんなストーカーみたいなことしませんよ、もう」

「じゃあ遠慮なくどうぞ」


そう言って彼女へ名刺を手渡した。


「え、この会社名普通にCMで流れる会社じゃないですか」

「まぁ、それなりの会社だよね」

「お兄さん、もしかして凄い人ですか?」

「凄いのは会社であって、俺はただの社員だよ」


その姿に、肩書き一つで人の印象なんて良くも悪くもなることを嫌というほど実感した場面を思い出した。

数年前、新卒2年目で結婚をするという話を進めていた際、少し早いんじゃないと渋り気味だった、妻の両親に挨拶に行った時のことだ。

少し警戒した面持ちの妻の両親は、僕の勤め先を聞いた途端にどうぞ結婚してくださいと言わんばかりの態度に変わった。


悠も“この人なら良いお客さんに”なんてことを思っているのではないだろうか。

実際にこの手の勤めをしている友人は自分の稼ぎに繋がるかどうかでしか人を見ていないという。

あくまでビジネスを前提とした関係、自分に酔わせて払わせての世界なのだ。


そんなことを考えていると、少し離れた所から悠を呼ぶ声がする。


「悠、何してんのー?席見つかったよ、こっちこっち」

「ごめん、今行くー!……それじゃあ、お兄さん。いや、新見さん、またね」

「良いから、早く友達のとこに行きな」

「それじゃあ!」


そういうと慌しく友人の元に駆けていく悠。


「“悠”って呼んでたな…もしかして、源氏名ってやつじゃ無かったのか、変わった子だ」


そう、思いながらお目当てのたこ焼き屋へ足を進め、注文を済ませるとタイミングが悪かったのか、焼き上がりまで少し時間がかかると店員から告げられた。

仕方のないことなので飲み物だけを受け取ると、近くの席に腰掛けてなんとなく件の友人へメールを打つ。


【なぁ、源氏名を本名にする変わった子っている?】

【短期間で辞めていくような子にそういう子いるけど、どのみちプロ意識の薄い子だよ】

【そっか、サンキュー】

【何かあったな、今度聞かせて】

【そんな面白い話でもねえよ、またな】


そんなやり取りを交わしている間に、手元の呼び出し用端末が震えた。

端末を片手に取りに行く途中、メールの中身を反芻しながら、少しだけ悠のことを気に留めている自分に気がついた。

昨日の今日だ、そりゃそうかと特に気にすることもなく、焼きあがった球体を頬張る。

出来立てのソレは勿論熱く口の中で大暴れする。


そう、冷ますことを忘れるぐらいにはボーっとしていたようだ。

そんな自分は結構単純だなと笑い、今度は充分冷ました後2つ目を口に運んだ。


来た時とは違う車窓の空はすっかり暗くなっている。

こうやって今日も休日という名のタダ働きの日が過ぎていく。

いつもとは違うメールを受信した携帯電話を僕の手に残して。


【今日はびっくりしました!

 あ、ウチは“野上 悠”って名前だよ、よろしくね、新見さん】


そう書かれたメールのアドレス欄をクリックし、”野上 悠“と電話帳に登録した。

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