[Mission-055]
前回までのMission!
ジャングルに投げ出され途方に暮れる昴流。唯一連絡の付くのはアルカ達に助けを求めるが、徒労に終わる。我等が昴流のサバイバルが今始まる!
[Mission-055]
ネバ付く空気が肌を撫でる。
噎せ返る様な気温と相まって、妙に気味が悪い。
まるで近くに得体の知れない獣が潜んでいて、今か今かと隙を狙って鼻息を荒くしている様に感じた。
それも仕方あるまい、今現在俺はジャングルで遭難の真っ最中だ。いくら近代兵装に身を包んだとしても、ここでは異邦人だ。大自然に適応した狩人達からしてみれば、さぞ無防備にうろつく餌に見える事だろう。
だが俺もただでは殺られない。銃を腰に構えて、周囲に意識を研ぎ澄ませる。この緊張状態がいつまで続くか分からないのだ、無駄弾は使わずにしっかりと生き残りを。
〈ああ、そう言えば〉
「うをっ!?」
突如として響いたアルカの声に思わず引き金に手が触れ、枝葉を電磁パルス銃が薙ぎ払う。
早速無駄撃ちしちまった。
〈何だっ!? どうかしたか?〉
「いや……別に、それで何だ?」
〈生体波動の反応をもう一つ検出した、今居る地点から1500mほど南だ〉
もう一つの生体波動? これは確かCの反応を利用しているはずだから、俺以外のCの反応という事は……。
「観言か!」
〈恐らくはそうであろう〉
こんな猛獣渦巻く危険地帯に、あんな体のちっこい観言を一人放置しておけるはずが無い! 幸い携帯端末で方位は分かる。
「じゃぁ何かあったらまたこちらから連絡する!」
〈うむ、では体に気を付けよ〉
携帯を仕舞って、指示された方に俺は駆けだした。恐らく観言は目の前に広がる大自然に恐れを成して縮こまっているに違いない!
「今助けに行くぞ、観言!」
俺は南に向かって、叫んだ。
数多の木々を掻き分けて、ぬかるんだ地面を踏み抜いて、俺はアルカの指示した目的地にたどり着いた。しかしそこに待ち受けていたのは変わり果てた観言の姿であった。
「……くそ、手遅れだったか」
「どういう意味よっ!?」
俺の呟きに、パラシュートの紐に雁字搦めにされて木の枝に逆さで吊られた観言が突っ込みを入れる。
「いや結局こんな役割になってしまう事を避けられなかったなと思って」
観言はパラシュートの紐に手足をいい感じに縛り上げられ、さらには木の枝に引っかかったスカートとか上着が大胆に捲れあがってしまっていた。
跳ねた癖毛をぐっしょりと汗で湿らせながら、可愛い瞳を険しくして、顔を紅潮させて叫ぶ。
「ああもうっ! 何で解けないのよっ!」
「いやむしろここまで絡まる前に紐切ればよかったのに……」
観言は何とか脱出しようと体をくねらせる、もがけばもがくほど紐は絡まり、ピンクの下着が捲れた服の隙間からちらちらと見える。
「あの観言さん下着見えてますよ」
「判ってるわよっ!? ちょっと紐、解くの手伝っ……あ、ダメっ!」
そうこうしている内にも彼女は自重でどんどんとずり落ちて行く。今度は下着まで枝に引っかかって脱げる始末だ。
「ちょっ観言さんそれ以上は紙面に映せない!」
「見るなコラァァァ―!」
観言は樹海の木々と戯れるかの様に、紐と蔦で縛り上げられていた。露わになった白い素肌が、子供っぽい体形がむしろ森の妖精の様に美しく艶めかしい。
これはアレだ、むしろ芸術じゃないか? このままキャンバスに筆でも走らせたくなるような光景だった。この娘脱いだら凄いんですね。
絡まる観言を眺めていると、思いの外時間が過ぎた。
「ううぅぅ……ぐすっ……」
ようやく脱出を果たし、服の乱れを直した観言は小さくなって肩を震わせていた。
「大丈夫だよ観言さん俺何も見ていないから」
「嘘を付きなさいっ! 思いっきりガン見してたじゃない!!」
観言がコンパクトにまとめたパラシュートのバックをボスンと俺に投げつけてくる。
「あんな恰好見られたんじゃもうお嫁に行けないじゃない! どう責任とってくれるのよ!」
「分かったよ観言、責任をとって俺がお婿さん探してくるから」
「そういう事じゃないっ!?」
観言は両腕を振り上げて叫んだ。
するとその声に驚いたのか、やたらと大きな奇声と羽ばたく音が周囲に響き渡った。それでようやく俺達はお互いに冷静になって押し黙る。
「……とり得ず観言、無事で良かった」
「……そうね、先ずは安全な場所を探しましょう」
気が付けば日も随分と傾いており、間もなく一寸先も見え無い闇に包まれようとしていた。さらに追い打ちを掛けるように、森の気温が急激に下がり始め、霧が立ち込めてきた。木々の奥からはまるで巨大なバケツでもひっくり返したかの様な雨音が響いてくる。熱帯雨林特有の突発的な集中豪雨だ。
「うおぉぉぉぉっ!?」
「わひゃぁぁぁぁっ!」
俺と観言は、追い立てられるように襲い掛かる飴から逃れる様に木々を走る。しかし圧倒言う真に土砂降りの中に捕らわれてしまった。
「観言! パラシュートだ! 確か雨よけにもなったはず!」
俺はバックからパラシュートの傘の部分をとりだして、頭の上から羽織る。
「ちょ、ちょっと待って! 何か引っかかって」
「ああもうこっち来い!」
手間取っている観言を、俺の羽織るパラシュートの中に引き込む。
「あ、ありがと……」
濡れて縮こまった観言は、まるで風呂に入れた猫か子犬の様に一際小さく見えた。
「と、ともかく何処かに落ち着ける所は無いか……」
見渡す視線の先に、まるでおあつらえ向けとばかりに岩と木の間に入り込めそうな穴を見つけた。俺は迷う事無く観言を連れて、その穴の中に身を潜り込ませる。
羽織っていたパラシュートを、レジャーシート代わりに地面に敷いて、そこでようやく一息つく事が出来た。穴は身を屈めれば二人くらいは何とか寛げる広さがあった。穴の奥は洞窟の様になっておりさらに奥へと続いているようだが、今は洞窟探検をする気分には成れない。
「あーもう、びしょびしょ……」
そう言って観言は、徐に上着を脱ぎ始めた。
「ちょっ観言さん!?」
「何よ今さら下着くらいでドギマギするっていうの? このままじゃ風邪ひいちゃうじゃない。あと紳士ならこういう時は向こうを向いてくれると思うんだけど?」
「お、おう……」
むぅ普通に着替えたいから向こうを向いてとお願いされたのなら、否と答えてガン見するのに、そう言いお姉さんぶった言い回しはちょっと抗い難い。
確かに気温は急激に下がり始め、濡れた恰好ではマズイかもしれない。俺も観言に背を向けて上着を脱ぐ事にする。幸い荷物の中には課外学習という事で、KR専科指定の運動用のジャージが入っていたのでそれに着替える事にする(この狭い洞窟内で互いに背を向けたままジャージに着替えるのは至難の業ではあるが)。
着替えた事で多少寒さは抑えられたが、流石に下着を代えは無かったので濡れた感じはぬぐえない。さらに言えば上着もどうにか乾かしたい。
「火を付けるしかないな」
「え、着火剤とか持ってんの?」
「昔の文献で見た事がある、確か木と木を擦り合わせると摩擦熱で火が付くって」
「ええー?」
原始的と驚くなかれ、こういったサバイバルでは誰だってそうやって火を付けて生き延びてきたのだ。
俺は洞穴の中に落ちていた適当な枝と木の板を組み合わせて、擦り始めた。
それはもう全力で擦り始めた。
擦切れんばかりに擦りまくった。
擦って擦ってこれでもかと親の仇の如く擦り合わせた。
無論そんなに簡単に火が付くほど自然は甘くはなかったわけだが。
「あ―手痛ってぇ……木が湿ってて無理だなこりゃ」
いつの間にか雨は上がっていたが、その代わり今度は火がとっぷりと暮れてしまい手元が見えない。携帯端末の明かりを使ってもいいが、無駄使いは控えるべきだろう。俺は痺れた手を揉みながら、洞窟に仰向けに倒れる。
「じゃこれ借りて良い?」
そう言って観言が俺の奮闘していた板切れに手を伸ばす。
「えー、あー観言じゃ無理だって」
俺がそう言って顔を背けた瞬間、バチッと音がして洞窟内が洸に明るく照らされる。
身体を上げると、洞穴の少し外側で観言が燃やした雑誌に着けた火を枝に移そうとしている所だった。
「……え、どうやって!?」
「電磁銃を高圧のスタンガンモードにして、持って来てた雑誌を千切って着火したのよ、やっぱ紙は良く燃えるわね♪」
むむぅ、やるじゃないですか観言さん。
俺と観言は周囲の枝などを拾って薪にくべていく。ほどなくして冷えた体を温めてくれる程度には火が大きくなった。とりあえずこれで暖が取れると、俺達は隣り合って火を囲む。濡れた服は火の近くの枝に干して乾かせている。
前人未到の樹海とはいえ、火があるだけで、見た目はサマーキャンプのワンシーンの様に成るのだから人類の文明の利器って素晴らしい。
ぼんやりと火を見つめていると、観言の頭が俺の肩に寄りかかってきた。驚いて顔を向けると寄りかかった姿勢のまま、観言の瞳が俺を射抜いていた。
「ねぇ……私達どうなるんだろう」
呟きはか細く、瞳や不安げに潤んでいた。薪の火に煽られてその表情は妙に愛しく見えたのだ。
「……大丈夫だ、何とかなるさ」
「……昴流のそういう根拠の無い自信って、私好きだなぁ」
思えば今日は、移動したり落下したり走ったり雨にぬれたり気を擦ったりで、物凄く忙しかった。だから体も心も非常に疲れていた。
だからだ。
普段元気な観言がこうも弱々しい姿を見せている事とか、いつもよりも距離が近いとか、顔が間近に迫ってるとか、火に揺れる瞳が綺麗とか、唇が妙に物憂げに誘っているように感じるのは、全部疲れから来るマヤカシに違いない。
もしかしたら疲労が限界にきて、半分眠って居るのかもしれない。その証拠に頭はぼんやりと霞掛かっている。
ゆっくりと観言が目を閉じる。俺も何だか自然と唇に顔を近づけて――。
「ハッハァー!? 良かった助かったよ!! 真っ暗闇で不安だったんだ―! おお―い僕はここだよぉ!」
視線の先に、泥まみれでよたよたと歩いてくるボサボサ頭の同級生、芦屋の姿を捕らえた。その直後。
「……チッ」
え、今観言さん舌打ちしましたか?
顔を戻すと真琴は目を瞑ったまま、浅く寝息を立てて居た。
うーむ、ジャングルとは実に恐ろしい。もしかしたら俺は今まさに、姿の見えないケモノに捕食される寸前だったのかもしれない。
と胸中で思った。
[アルカの手記-055]
「我が戦士は南国でばっかんすか、楽しそうだな!」
「……そんな気楽な感じじゃなさそうっスけど?」
「しかしそんな楽しそうな催しに我を置いていくとは、全くあやつは主人をなんだと思っておるのか」
「まぁ課外学習っスからね、クラスメイトでもない姫様を連れて行くのは無理っスよ」
「楽しそうな事をする時は常に我にお伺いを立てよというルールを知らんのか!」
「いやそれは僕も初耳っスけど……?」
「そうだな、来るなと言われた訳でも無いし我も行くと言うのも有だな!」
「それは事態がややこしくなりそうっスね」
「踏み入れた事の無い異国の地、触れた事の無い異国の風、未踏の地が我を呼んでいるのだ! ファルアタート! 出発せよ!」
「そもそもこの地球自体、僕等にとっちゃ全部異国の地っスけど」
[続く]




