[Mission-020]
前回までのMission!
なーんだ全部夢じゃね? と物凄く強引に都合よく現実逃避した昴流は、同級生の手造りお握りを手に自室へと帰還を果たすのであった。
しかし――?
[Mission-020]
KR専科は軌道エレベーターに付随する形で建てられた無数の施設のほんの一つに過ぎない。しかしそれでも恐ろしいほどに広かった。それこそ生徒一人一部屋は当たり前、施設関係の従業員や、さらには旅行客用に部屋を貸してもまだ部屋が余るほどある。
さてとこれから徹夜で反省文か。上等じゃないか。今日一日で俺は日常と言うかけがえの無い存在のありがたみを知った。観言のたぶん手作りの塩加減が強過ぎる固いおにぎりでも美味しく頂きながらこなしてやろうじゃないか。
備品質によるついでに、報道科が配布している一日のニュース記事一覧にざっと目を通したのだが、そこには俺が体験した出来事に関係ありそうな事は唐突に起きた通信障害以外は、何も書かれていなかった。
場所的には結構軌道エレベーター付近で、かなり発光とか爆音とかしてたはずなんだけど、誰も気づいていない。やはり本当に夢を見たんだろうか。
自室の前までようやく辿り着いて、俺はもう今日の出来事を考えないように決めた。どの道誰かに話して信じて貰える内容でも無い、もう二度と関わる事も無いのなら忘れてしまった方が賢い選択と言えよう。
扉を開け、自室に入ると唐突に、多機能端末から通信が入った。
〈姫様、どうやら対象が拠点と思しき場所に着いたようですぞ、これより転送を開始します〉
その声は普段聞いているシステム音声とは異なっていた。そうだ夢で見たマスコットの音声だった。次の瞬間。
『――とう!』
「ぐぁっ!?」
突如上空から振ってきた何かに俺は押し潰された。
嫌な予感がする。
俺の中の生存本能が、最大音量で警告を発していた。
俺を押し潰した謎のやや柔らかい物体は、俺の身体をクッション代わりに踏み着けて軽やかな身のこなしで部屋の中央に着地を決める。
『ふむ、ここが貴様のねぐらと言う訳か、やや手狭だが潜伏任務と言う言葉には似合いのロケーションだ、雰囲気が出るな』
〈姫様! 敵情視察までは認めましたが、原住民の部屋に居座る事までは許しておりませんぞ!〉
あり得ない。信じられない事だが、しかし現実に目の前に怒っている事を否定したとしても事実は何も変わらない。俺は気合を入れて体を起こして、それを自らの目で確認した。
『ふむ我が戦士よ、足蹴にして悪かったな、何忘れモノをとりに来ただけだすぐに部屋からは退出しよう』
目の前には、まぎれもなく宇宙服の様な恰好のあの女が居た。
物の試しに頬をつねってみるが、この悪い夢は一向に覚める気配が無い。
〈姫様、コミュニケーション用外装の形成が完了したようですぞ〉
『おおそうか、ようやくこれが外せるな』
そう言って彼女は、自身の着けているヘルメットに手を掛ける。持ち上げた瞬間、ヘルメットの隙間から彼女等が乗る起動兵器が放つ物とよく似た光の粒子が舞い散り、零れ出るように長い銀色の髪が溢れだす。粒子は髪に纏わり付き、銀河の様な光を放っていた。
「さて昴流よ、そう言えば我の名を名乗っていなかったな」
ヘルメットが外され、部屋に透き通るような凛とした声が響いた。
鋭くもはっきりとした眼差しに、見つめれば吸い込まれ、未来永劫閉じ込められるかのような琥珀の輝きを放つ瞳。何処かあどけなく、そして気品を感じさせる小さな鼻筋や口元は触れれば壊れそうな砂糖細工の如き華奢で脆そうな印象と共に、迂闊に手を出せばその手を突き刺しそうな薔薇の棘を思わせる魅力を秘める。
通信でかわされた姫様と言う呼び名が、これほどまでに似合う人物だとは思わなかった。
確かにこの美貌でさらに上から目線で命令されれば、誰でも傅いてしまうだろう。これは傾国の美だ。真顔で囁かれれば嬉々として命を差し出し、笑顔を向けられればその魂すらも惜しげなく捧げ、悲しむ顔を見せればその身を焼く事も厭わない覚悟を負わす、まさに魔性だ。遥か古代に存在したとされる魔女の一種だ。そう思えば、今目の前に存在している事すら疑ってしまう。夢幻の産物。
「我は遥か彼方より来訪せし[カレント・スフィア]旅団の第三皇女アルカ・スートである。地球を侵略し、皇位を継承する為に来た」
威勢よく名乗りを上げた後、宇宙服、いや彼方より来訪したと名乗るアルカは、俺に向かって微笑を浮かべる。
「では忘れモノを貰い受けるとしよう」
「忘れ、モノ?」
その美貌にやや呆けつつ問い返す俺に、アルカは手を差し伸べた。
「貴様だ我が新しき戦士よ、先ほどの戦いは実に見事であったぞ……さぁ我が手をとれ昴流、そして共に地球を侵略しようではないか!」
それは抑えがたい内側の震えから始まった。
「そして我に勝利を捧げよ、全てはスフィアの元へ(オルシャルドリターントゥスフィア)!!」
この一方的な言葉には、もはや俺は彼女にとって手足に等しき戦力の一つとして既に組み込まれつつある事を示していた。そう考えると、あの敵とも再び刃を交える事になるのかもしれなかった。
冗談じゃない。
誰かに命令されて戦場で命のやり取りなど論外だ。
誰が大人しく戦士とやらになって戦うものかと普段の俺ならば、反発していただろう。しかし。
「期待しているぞ昴流!」
その笑顔が俺を貫いた。
俗に言う、恐怖の震えや武者震いの類では無い。例えるならばそう、恋煩いに近い。
衝動的な、能動的な、本能的な、胸の中枢、皮膚を抜け、胸骨をすり抜け、心臓のさらに奥、よもや心などと言うセンチメンタルな言葉を持ち出さずにはいられない。
そう、それは心の震えと言えよう。
鼓動は血を介して全身を駆け巡り、その感動を指の先にまで伝えてくる。
吐息は自然と熱を帯びてくる。
動悸が身体を昂らせる。
その言葉を聞いた瞬間から、胸の奥が痛いのだ。
ドクドクと脈拍は止め処無く。
全身が煮立つ様な。
全身が泡立つ様な。
自分の五感が全て統合され、周囲に溶けていく。
自分と言う枠組みが外れ、一つに集約されて再構成していく感覚。
私説ながら陳腐な言い回しをするのであれば、今この瞬間、俺は彼女に一目惚れしたのかもしれない。
ならばこそ、言葉は自然と口から出ていた。
「仰せのままに、我が姫君」
[Mission- continue……]
[アルカの手記-020]
「ふむようやく長い一日が終わったな!」
〈さようですな、驚くべきはこれまでの出来事がすべてたった一日に起きた事という事ですな〉
「あやつの日常も我に負けず劣らずハードスケジュールなのだな」
〈はて姫様の予定はそれほどギッシリでありましたでしょうか?〉
「何を言う、朝起きてから各ゲームのログインボーナスを受け取り、デイリーを回し、菓子を喰らい漫画を読み、深夜アニメを回し観ているとあっという間に夜が更けてしまうのだぞ! 恐ろしい……」
〈いえ恐るべきは姫様のだらけきった日常生活かと……〉




