兄貴の手記(side 仁科誠司)
指示の誤り、減点十。危険の見落とし、減点十。迂回の判断の誤り、減点十。
停職三日目の朝、俺は台所の椅子に座って、自分に減点を付けていた。教習生の見極めと同じやり方で、北二番通路の十一秒を、頭の中で一秒ずつ巻き戻す。何度やっても、合計は百点から三十を引いた七十点にしかならない。七十点は、ぎりぎり合格の点だ。四人が倒れて、灰犬が五頭来て、それでも七十点になる。
採点の基準のほうが、おかしいのかもしれない。
そう思ったところで、点けっぱなしのテレビから、聞き覚えのある声が流れてきた。
「――現場の教官の指導に、不備があったと聞いています」
朝の情報番組だった。おとといの朝の報道番組と、同じことを言っている。銀色の髪。協会の徽章。教本の編纂委員長。俺が教習生に、教本の前書きを読ませるたびに、名前を読み上げてきた人だ。
あの人は、俺の名前を一度も出さない。出さないまま、指導の不備、と三回言った。
俺はリモコンを取って、テレビを消した。
◇
昼前に、スマホが鳴った。東都探索の測量班の、同期の男からだった。
「仁科、生きてるか。……いや、生きてるのは知ってる。配信で見た」
「何の用だ」
「慰めの電話だよ。お前、協会に売られたな」
同期は、遠慮のない声で笑った。
「教本どおりに歩かせて、教本どおりに倒れて、教本を作った人に指導の不備って言われる。うちの会社じゃ、ああいうのを『はしごを外す』って言う」
「……分かってる」
「分かってるならいい。それと、これはここだけの話な」
同期は、声を少し落とした。
「うちの深層班が、荒川第一の第三層を内々に調べてる。ここ三か月の、赤苔と岩鳴り。協会が公表してないやつだ。班長が、何かあるって言ってる」
「何かって、何だ」
「知らん。俺は測量の数字を回してるだけだ。班長は、数字が揃うまで外には言わない人だからな。協会より先に何か見つけて、会社の手柄にするつもりなんだろ。でもな、仁科。お前の班が倒れた北二番通路、三か月前の地図には、赤苔なんてなかったんだよ」
電話を切った後も、その一言が耳に残った。
三か月前の地図にはなかった。協会の地図にも、なかった。俺は、地図にない苔を、教本の手順で抜けようとした。
◇
午後、もう一度、戸川の配信の録画を開いた。
この三日で、何回見たか分からない。今日は、最初から最後まで、止めずに見ることにした。
画面は、戸川の胸の高さから、苔の通路を映している。俺の声が入っている。走るな。ゆっくり。声を出せ。足元、よし。村瀬さんの声。戸川の声。瀬尾の、はっきりした「よし」。
画面の隅に、配信の経過時間が出ている。俺が「ゆっくり」と言った秒数を、指で押さえた。
そこから、十一秒。
苔の表面が、煙を吐いた。
四人が、ばらばらに膝をつく。俺は「伏せるな、口を覆え」と怒鳴っている。怒鳴りながら、自分が先に壁にもたれて座り込んでいる。
それから、画面の奥から、あのおっさんが来た。
苔の手前で、一度だけ足を止めている。肩が大きく上がって、下がらない。息を吸って、止めたのだと分かった。胞子を吸わないためだ。そんな手順は、教本のどこにも書いていない。東都探索の内規にもない。
苔に入った瞬間から、一度も止まらない。村瀬さんと瀬尾を両脇に抱えて、来た方へ戻る。二秒とかからない。もう一度入って、戸川を肩に、俺の胴に腕を回して、持ち上げる。
俺の体重は、七十八キロある。装備を入れれば九十を超える。あのおっさんは、それを右腕一本で抱えて、戸川を左肩に乗せて、苔の上を走っている。
画面が揺れて、天井と壁が流れる。抜けた先の乾いた床に、俺が下ろされる。下ろされた俺が、口だけ動かしている。教本には、走るなと。
俺は、そこで録画を止めた。
自分の顔を、あれほど見たくないと思ったことはなかった。
◇
夕方、郵便受けに、協会の封筒が入っていた。
停職の初日に、俺は協会に一つ請求を出していた。二〇〇八年の、荒川第一ダンジョン第三層の事故記録の写し。協会ができる前の事故は、警察と消防の調書を協会が引き継いで保管していて、遺族が請求すれば写しを出してもらえる。速達で返ってきた。十八年、一度も請求しなかった記録だ。
見れば、兄貴を殺した野良の名前が分かると思っていた。分かったところで、どうにもならない。だから見なかった。
台所のテーブルで、封を切った。
紙は三枚だった。一枚目に、四人の名前。仁科達也、二十歳。ほかの三人も、十九と二十と二十一。全員、学生か、フリーターだった。三十を過ぎた「野良」の名前は、どこにもなかった。兄貴を誘ったのは、兄貴と同じ年頃の、同じように何も知らない連中だった。
二枚目に、発見の状況。
荒川第一ダンジョン第三層、北の回廊。赤苔の生えた通路の、ほぼ中央。四名とも、通路の中に座り込んだ姿勢で発見。死因は、胞子による行動不能の後の、灰犬による咬傷。
その下に、一行だけ、手書きの書き込みがあった。現場を見た誰かが、あとから書き足したらしい。
足跡の間隔、狭い。走った跡なし。
俺は、その一行を、何度も読んだ。
兄貴は、苔の上で止まった。四人で、止まった。誰も、走れと言わなかった。走れと言える人間が、その場にいなかった。
二〇〇八年の八月。俺は十一歳だった。
兄貴は、ホームセンターで買った千円の懐中電灯と、親父の長靴を借りて、朝の六時に家を出た。玄関で靴ひもを結びながら、「一週間で十万だってよ」と笑っていた。夏休みの終わりに、中古の原付を買うつもりだった。俺が「お土産に魔石」と言うと、兄貴は「小さいのな」と言って、俺の頭を一回叩いて出ていった。
それが最後だった。
兄貴が帰ってこなかった夏から、俺は「野良」を憎んで育った。決まりのない時代に、決まりのない連中が、子どもを穴に誘って死なせた。だから決まりが要る。決まりを守らせる人間が要る。二十で東都探索に入ったとき、俺は教本の百八項を一週間で全部覚えた。英雄の手記は、野良の時代に一人だけ決まりを作った人の言葉だった。
その決まりの四十一番に、走るな、と書いてある。
英雄は、本当にそう書いたのか。
それを確かめる方法を、俺は知らない。知っているのは、十八年前に兄貴たちが苔の上で止まって死んだことと、三日前に俺の班が苔の上で止まって倒れたことと、そのどちらでも止まらなかった男が、一人いることだけだった。
俺は、教習所で、何を教えていたんだろう。
走るな。ゆっくり。足元を確かめて。声を掛け合いながら。
十八年前に兄貴たちが死んだのと、同じやり方だった。
◇
夜の土手は、風が冷たかった。
教習所から駅へ向かう道は、この土手の上の一本しかない。第二段階の学科は、木曜は六時に終わる。あのおっさんは、毎日最後に教室を出て、この道を一人で歩いて帰る。三週間、教官として見てきたから知っている。
街灯の下で、俺は待った。ジャケットの内ポケットに、三枚の紙を折りたたんで入れていた。
六時二十分。土手の向こうから、大きな影が歩いてきた。トラック時代の帽子を目深にかぶっている。俺に気づいて、足を止めた。
「……仁科さん」
あのおっさんは、帽子のつばを少し上げた。驚いているようには見えなかった。
俺は、ポケットの紙の上に、手を置いた。
聞きたいことは、いくつもあった。なぜ十秒を知っていた。なぜ二人を抱えて走れる。なぜ、あの教本のほうが間違っていると言い切れる。
口から出たのは、一つだけだった。
「あんた、何者だ」




