野良上がりは、まず教本を読め
「野良上がりは、まず教本を読め」
分厚い本が、俺の机の上に落ちてきた。
投げたのは、黒いジャケットの若い男だった。荒川指定探索者教習所、技能教官の仁科。胸の名札にそう書いてある。年は三十前くらいか。俺より十は下だ。
「真壁恭二さん。経歴、探索歴あり。二〇〇四年から二〇一一年」
仁科は名簿を読み上げて、わざとらしく間を置いた。
「つまり、免許のない時代に勝手に潜ってた人ですね。あんたらの時代と違って、今は決まりがある。決まりは全部、この本に書いてある。まずはそれを覚えてください」
第一教室にいるほかの十一人が、いっせいに俺を見た。
十八、九の若者が大半で、あとは二十代と三十代の前半が何人か。いちばん上は、斜め前の席の四十代の女の人と、三十八歳の俺だ。作業着のまま来た俺は、この教室では明らかに浮いている。
「……はい。読みます」
俺がそう答えると、仁科は鼻で笑って教壇に戻った。
後ろの席で、誰かが小声で言った。「野良だって」「初めて見た」。珍しい動物を見つけたような声だった。
怒る気は起きなかった。言われていることは、だいたい合っている。
◇
俺がここにいる理由は、単純だ。
十五年勤めた足立区の運送会社、丸新運輸が、九月の末で畳まれた。社長が七十五歳で、跡を継ぐ人間がいなかった。俺は大型のハンドルを握る以外のことを、この十五年、何もしてこなかった。
ハローワークの窓口の人は親切だった。大型の求人をいくつか出してくれて、その横に一枚、別の紙を並べた。
「真壁さん、こういうのもありますよ。探索者の指定教習所。教育訓練給付の対象なので、卒業すれば教習料の二割が戻ります」
浅層の探索者の稼ぎは、うまくやればトラックの運転手と変わらないらしい。
俺はその紙を、しばらく黙って見ていた。
二十二年前、この国の地面に穴が開いた。地下へ続く石の迷宮。ダンジョンだ。最初の七年は免許なんてなかったから、誰でも入れた。俺も十六で、近所の河川敷に開いた穴に潜り始めた。そして十五年前に、やめた。
理由は思い出したくない。
それでも気づいたら、教習料の三十四万八千円を、貯金から振り込んでいた。
◇
「教本の第三部を開け」
仁科の声で、俺は顔を上げた。
表紙には『探索者教本 日本探索者協会編』とある。第一部が法令、第二部が装備と魔物。第三部の扉には、こう書かれていた。
第一世代の手記。
「免許制度ができる前、二〇〇四年から二〇一一年までの七年間に潜っていた連中を、第一世代と呼ぶ」
仁科が教室を見回す。
「ほとんどは無茶をして死んだ。協会の推計で、国内だけで千人を超える。ただ、その中に一人だけ、正しく潜って、記録を遺した人がいた。荒川第一の第七層で殉職した英雄、瀬尾隆之さんだ。この手記は、瀬尾さんのノートから作られた百八項の心得だ。全部暗記しろ。学科の試験にも、そのまま出る」
ページをめくろうとした指が、止まった。
瀬尾隆之。
その名前を、他人の口から聞くのは十五年ぶりだった。
扉の裏に、短い前書きがある。「本手記は、二〇一一年に荒川第一ダンジョン第七層で殉職した探索者が遺したノートを、ご遺族の許可を得て編纂したものである」
ノート。
嫌な予感がして、俺は次のページを開いた。
心得一から順に、太字の一文と、その下に小さく「理由」が並んでいる。
心得三、スライムは右から打て。
理由、核は体の右寄りに沈む傾向がある。
頭の中に、汚い字が浮かんだ。十七歳の俺が、大学ノートに鉛筆で書いた字だ。
スライムは右から叩く(俺が右利きだから)。
……いや、待て。
心得十二、休憩は二十分を守れ。
理由、集中の回復に要する時間である。
休憩二十分。瀬尾さんの煙草一本半。
心得二十七、階段の最後の一段は踏むな。
理由、最下段に罠が仕掛けられた例がある。
最後の一段は飛ばす(瀬尾さんが二回こけた)。
心得六十、口笛を吹くな。
理由、音に反応する魔物がいる。
口笛禁止(瀬尾さんがうるさい)。
あの人は、機嫌がいいと第三層の階段で口笛を吹いた。同じ歌の同じところを、何度も間違えた。俺が十七で、瀬尾さんが二十四だった。注意すると、瀬尾さんは「生きて帰りゃ勝ちだろ」と笑って、また吹いた。だから俺はノートに書いた。書いておけば、少しは静かになるかと思った。ならなかった。
ページをめくるたびに、俺の書いた文が並んでいる。言い回しは少し整えられて、どの項にも、もっともらしい理由が付いている。俺がそんなことを考えて書いた覚えは、一度もない。
俺の書いたメモだ。
それ、俺が十代のころに大学ノートに書いた、ただのメモなんだが。
十三冊あった。最初の十二冊は、瀬尾さんのロッカーに置いたままだった。地図と魔石の数を書き込むのは瀬尾さんの役目で、文章を書くのは俺の役目だった。あの日のあと、俺はロッカーにも、瀬尾さんの家にも行けなかった。
ご遺族の許可を得て、と前書きにはある。
つまり、そういうことだ。十五年のあいだに、俺の汚いメモは、英雄の遺した教えになっていた。
「真壁さん。顔色悪いっすよ」
隣の通路を挟んだ席から、小声がした。
二十歳くらいの、明るい色の髪の青年だった。胸ポケットに、小さなカメラを挟んでいる。
「あ、俺、戸川っす。戸川陽介。教習の毎日を配信してて。教習所には届けてあるんで、映っちゃっても大丈夫っすか? 顔はボカせるんで」
「……ああ。ボカしてもらえると、助かります」
「了解っす! いやでも、初日から教官に本投げられるの、絵的に強かったっすね」
強くなくていい。
休み時間になると、斜め前の席の女の人が振り返った。四十代半ばくらいで、髪を後ろで一つにまとめている。
「村瀬です。年寄り組、よろしくね。あ、飴いる? のど飴しかないけど」
「真壁です。いただきます」
「さっきの、気にしなくていいわよ。あの教官、誰にでもああなんだって。去年の卒業生のブログに書いてあった」
村瀬さんは笑って、袋ごと飴を置いていった。
俺は飴を一つ口に入れて、教本を閉じかけた。
閉じられなかった。
心得四十一。赤苔の通路は走るな。
その一文で、目が止まった。
俺が書いたのは、逆だ。赤い苔は走って抜けろ。止まると十秒で胞子が立つ。
言い回しを整えたのではない。意味が、ひっくり返っている。
誰がこれを書いた。前書きの最後に、小さな字で「編纂委員長 御子柴宗一郎」とある。聞いたことがあるような、ないような名前だった。
隣の席から、ページをめくる音がした。
窓際の、俺の右隣の席。黒い髪を肩で切りそろえた、十八くらいの少女だった。背筋をまっすぐに伸ばして、教本を読んでいる。その教本は、付箋で倍の厚さに膨れていた。百八項の全部に、色の違う付箋が貼ってある。
さっきから、俺が教本をめくる手つきを見ていたらしい。
「その教本、ずいぶん読み込んでますね」
俺が言うと、少女は少しだけこちらを向いた。
「全部、覚えています。番号を言っていただければ、文と理由を言えます」
「……そりゃすごい。その手記の――」
誰が書いたか知ってるか、と言いかけて、口を閉じた。
少女は、教本の第三部の扉に挟んでいた一枚の写真を抜いて、俺のほうへ向けた。
古い写真だった。河川敷の草むらに開いた石の口の前で、作業着の男が、煙草をくわえて笑っている。三十前の、日に焼けた顔。
俺は、その顔を知っている。
「瀬尾葉月です」
少女は写真を両手で持ったまま、静かに言った。
「この手記、父が書いたんです」
お読みいただきありがとうございます。教本に載っている「英雄の手記」は、隣に座る少女の父のものとされていて、書いた本人は名乗れません。続きが気になったら、ブックマークと、下の☆での評価で応援してもらえると嬉しいです。




