待ち伏せ作戦
中休み。三ノ宮姫乃は飲み物を買うために教室を抜け出し、自販機の設置されている中庭へと訪れていた。
そして三ノ宮が授業中にペットボトルの飲料を切らした瞬間を、隣の席から視認していた港未来は、彼女と話せるチャンスだとこの機会を目敏く逃さなかった。
おそらく次の中休みで飲み物を買うために三ノ宮が自販機へ向かうだろうと予測し、彼女よりも一足早く教室から出て、中庭で待ち構えるという作戦を取ったのだ。この待ち伏せ作戦は見事に的中し、三ノ宮はのこのこと自販機の前に姿を現した。
「うーん、どれにしようかなー⋯⋯」
港が自販機にお金だけを先に入れて、悩んでいるふりをしていると──
「あれ、港くん?」
──来た。獲物が罠にかかったことに、港は内心でガッツポーズをする。
「三ノ宮さんじゃないか! 奇遇だね、きみも飲み物を買いにきたのかい?」
「うん、さっき飲み終わっちゃったから⋯⋯」
「よかったら何か奢るよ。好きなの選んで」
「ええっ? 悪いよそんな!」
「いいからいいから。女の子に奢るのは、男の甲斐性だとも」
港は甲斐性のある男アピールにせっせと勤しんでいた。いくら美男綺麗という完璧超人の男でも、所詮は一介の高校生であり学生の身分である。
実情を知ることはできないが、仮に美男が巷によくいる割り勘系男子ならば、港にも勝機があると踏んでいた。
割り勘系男子と付き合う女の子は、奢ってくれる男に弱いと聞くからだ。現在の彼は、このワンチャンに全てを賭けていた。(ワンチャン(ス)=麻雀において、なんだかいけそうな気がする時に使われる言葉)
「本当にいいの? でもそれならご馳走してもらっちゃおうか──な⋯⋯」
自販機に目をやった三ノ宮の顔がほんの一瞬だけ、絶望の色に染まった。しかし港には気づかれてなるまいと、彼女はコンマ一秒で表情を切り替え、ポーカーフェイスと言える微笑みを浮かべた。
どうやら飲料の補充が間に合っていないようで、現在の自販機のラインナップは残り三つの飲み物しかない。残り物には福がある、という言葉があるが、その売れ残りたちはどう見ても厄しかなさそうな三択だった。
《ドーピングコンソメスープ》
《ペナル茶》
《炭酸抜きコーラ》
正直に言って、どれも飲むのが怖い。売れ残っているのも納得だ。断れるものなら断りたいが、意中の相手である港が奢ってくれると言うのだから、三ノ宮はその気持ちを無下にできない。
幸いと言うには不幸すぎるが、港は自販機のラインナップが終わっていることにはまったく気付いていなかった。
──問題はどれを選ぶか⋯⋯だ。
まず、《ドーピングコンソメスープ》は論外だ。飲んだら最後、人間を辞めてしまうような気さえする。
《ペナル茶》はなんとなく身体には良さそうなものの、その罰ゲームみたいな名前からしてとんでもない味がしそうだ。
よってこの中で最も無害そうな名称を持つ、《炭酸抜きコーラ》が安牌なのではないかと三ノ宮は推測した。(安(全)牌=麻雀における危険の無い牌のこと)
ただの炭酸の抜けたコーラと言うことならば、人体には何の影響もないはずだ。
「えっと⋯⋯それじゃあ遠慮なく⋯⋯!」
短い逡巡の後、三ノ宮が《炭酸抜きコーラ》のボタンを震える手で押すと──少し離れた所からその様子を見ていた二人の男子生徒が、けらけらと笑いながらこう言ったのを彼女は聞き逃さなかった。
「オイオイオイ」
「死ぬわ、アイツ」
──やだ、これも何かあるの!? 失敗した失敗した失敗した⋯⋯
「ぼくはお茶にしようかなー」
「あっ──!」
ノータイムで飲み物を購入しようとする港に、三ノ宮は思わず声を上げてしまった。彼女は知る由もないが、港の方は三ノ宮とふたりきりになれた喜びのあまり、周りが見えていない。
「ん? どうしたの?」
「な、なんでもない⋯⋯」
《ドーピングコンソメスープ》というあからさまな危険牌ならば全力で阻止せねばならなかったかもしれないが──先ほどの男子生徒たちの反応を見る限り、港の選択した《ペナル茶》はもしかするとこの中で最善の選択肢かもしれない、と三ノ宮は考えを改める。(危険牌=麻雀における危険度の高い牌のこと)
三ノ宮が《炭酸抜きコーラ》を、港が《ペナル茶》を手にして、二人で傍にあるベンチに腰をかけた。
「いっ⋯⋯いただきます!!」
三ノ宮は、突撃を命じられた兵士が死地へと赴くような覚悟で、《炭酸抜きコーラ》に挑む。そんな彼女の鬼気迫る表情を港は、
──こんなに喜んでもらえるなんて、作戦は大成功だ! ただのジュースでこんな反応ってことは、きっと美男くんとはいつも割り勘なんだろうな。ぼくにもようやく流れが来たかもしれないっ。
そんなふうに都合良く勘違いしていた。実際のところ、美男は三ノ宮とのデートの際には、一度たりとも彼女から金銭の類を出させていなかったのだが。
「なんともない⋯⋯?」
三ノ宮が《炭酸抜きコーラ》を口にした後、驚いたように小さく呟いたその瞬間のことだった。ばたり、と彼女の方に港が倒れかかってきた。
「港くん!? 港くん、しっかりして!」
既に彼の意識はなく──港の手を離れ、地面に転がり落ちた《ペナル茶》の飲み口からは、とてもお茶とは思えない真っ赤な色をした液体が流れ出ていた。




