ママ友ネットワーク
それは平和な日常のひとコマである、三ノ宮家での夕飯時のことだった。
現在の三ノ宮家は母、姉、弟の三人で食卓を囲んでいる。
大黒柱である父はというと、マイホームを購入してからというもの、待ってましたと言わんばかりに会社から地方転勤の勅命が下り、全国各地を転々として滅多に家に帰って来られない単身赴任での生活を送っている。
「そういえばお母さんね、このあいだ綺麗くんママとホテルのアフターヌーンティーに行ったのよ。それでせっかくだからそのうち、家族ぐるみで一緒に旅行でも行かない? って話になったんだけど──」
この母の発言により、三ノ宮家の食卓の空気が一瞬にして凍りつく。
姫乃は飲んでいた味噌汁を盛大に吹き出してしまい、口の周りが味噌汁まみれになっていた。
「⋯⋯ど、どどどどういうことかなお母さん!?」
知らないうちに彼氏である美男綺麗の母と、自身の母が交流を深めていたことに姫乃は驚愕した。
ママ友としてちょっとした連絡を取るくらいならまだしも、そんな親しい友人レベルに母親同士が仲が良かったなんて話は全く知らない──姫乃が事の詳細を追求すると、母はあっけらんかとして答える。
「あらやだ。姫乃が同じクラスの綺麗くんとお付き合いしてることくらい、お母さんも綺麗くんママもその日のうちに耳にしてたんだからね。綺麗くんママとは、それからよく一緒にお出かけするようになったの」
「え⋯⋯怖⋯⋯」
「ふたりの馴れ初めも知ってるわよ。姫乃がほら、放課後の教室で⋯⋯」
「やめてっ! もうそれ以上はゆるしてっ!」
姫乃は声を荒げ、顔を真っ赤にしながら大慌てで母親を静止する。
なんということだ、ママ友ネットワーク(回線速度:2000Mbps)の情報網を甘く見ていた──。
「は⋯⋯⋯⋯?」
からんからーん、と食器が床を転がる音がした。姫乃の弟である時乃が箸を落としたのだ。
先ほど味噌汁を吹き出した姉を蔑んだ目で見ていたこの弟だったが──今はもう信じられないようなものを見た直後の人間のように、目を丸くして硬直していた。
「あらあら。そんなに驚くことでもないでしょ、時乃。お姉ちゃんもこれでいて、なかなかやり手の女の子なのよ? 相手の男の子も──」
「お、か、あ、さ、ん!!」
これ以上、余計なことをべらべらと喋らせてはならない。姫乃は母に対して、ひたすらに静止をかけた。
「⋯⋯なにそれ。この前、出かける相手は男子のクラスメイトだって言ってたじゃん。嘘ついてたのかよ、母さん」
「彼氏じゃないとは言ってないわよ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
時乃は母親との短い問答に押し負けて、沈黙した。
「と、時くん? どうしたの?」
「うるさい! 死ね!」
なんだか様子のおかしい弟に対して姫乃が心配げに声をかけると、いつもの反抗期ムーブが返ってきた。
姫乃は、『1+1は?』とふざけて聞きたくなる気持ちをぐっと堪える。火に油を注ぐのは、あまり得策ではないと考えたからだ。
「ブスのくせに彼氏なんか作るな、ブス!」
「ひどい! ブスって二回言った!」
姫乃の二歳下の弟である中学三年生の時乃は、男の子とは思えないような可愛いらしい顔立ちをしており、そのチョコレートを思わせる髪色がいっそう彼の魅力を際立てている。
そんな時乃に、『怒った顔も可愛いね』と姫乃が冗談で言ったことがあるが、その時は一ヶ月ほどまともに口を聞いてもらえなくなった。
しかし姫乃はこの状況を姉としての尊厳を取り戻すいい機会かもしれない、と再び考え直し──売り言葉に買い言葉を投げつけた。
「まぁ? 彼氏は可愛いって言ってくれるんだけどね?」
姫乃は続けざまにファサッ、とわざとらしく髪を後ろにかきあげてから、首を折れそうなくらいの角度で斜めに傾ける。
「──わたしはキメ顔でそう言った」
「死ね!!」




