失恋とお土産
週明け。休日に初デートを終えてからというもの、第三者から見ても距離の縮まった三ノ宮姫乃と美男綺麗、両者の姿を矯めつ眇めつ眺める男がひとり。
──港未来は、どんよりと落ち込んでいた。
後ろ姿も頼りなく、背中に勝とうという強さがない。
『死ねば助かるのに』という、死神の囁き声すら聞こえてきそうだった。
港は知る由もないが、実際にその通りで。彼がほんの少しでも勇気を出すことができれば、現状は一転する可能性もある。
しかし、港にはそれはできない。彼は意気地無しだった。
自分から女子に告白したことなんて一度もないし、ましてや港が勝負を挑まなければならない相手は、人類の最高傑作と言っても過言ではない《美男綺麗》という完璧超人の男である。
そんな相手からの略奪なんて、港のようなチェリーボーイ、すなわち童貞の男子には異世界転生をするよりも難易度が高い。
美男ほどではないしろ、港の方もそれなりに女子にはモテる方だが──彼はこれまで、初恋というものすら知らなかった。
異性に好意を向けられることを嬉しいとは思うが、その相手を好きになることはできずに、ジレンマを抱えてこれまでの人生を過ごしてきたからだ。
そうして彼は、初恋を知る前に失恋の痛みを経験した。逃した魚があまりにも大きかったことに、ようやく気付いたのだ。
三ノ宮と美男はそんなことも露知らず、教室内で仲睦まじくお互いのスマホで写真を見せあっていた。
どうやら先日の休みの日に、動物園でデートをしたらしい。
「わたしはこの、《ゴリラの森》の親子ゴリラがとくによかったなー」
「ん? あぁ、仲よさそうにしてたな」
三ノ宮の視線は親子ゴリラがじゃれ合っている写真に釘付けだが、美男の方は違った。三ノ宮の顔をじっと見て、女の子なら誰でも好きになってしまいそうな熱い眼差しを彼女に向けていたからだ。
「あとこのオオサンショウウオが動くのって、すごく珍しくってぇー⋯⋯」
しかし三ノ宮は、画面の向こうにいるオオサンショウウオに夢中でそれには気付かない。
「あれは意外すぎる組み合わせだよな。まさかあの美男が、彼女作るとはなー⋯⋯」
美男と三ノ宮の方を見ながらそう言ったのは、千里雅だ。港のクラスメイトであり、親しい友人でもある。
『チャラい』という表現がよく似合う、ギャルゲーなどで主人公の親友ポジションに出てきそうなタイプの男だった。
「あいつ、恋愛に興味無いタイプかと思ってたわ。今までそういう話とか、聞いたことなかったし」
「ふん、人は見かけにしかよらないってことだよ⋯⋯千里くん」
「イケメンだもんなー、そりゃ彼女のひとりやふたりがいて当然か」
イケメンなだけなら別にいいさ、と港は内心で毒づく。美男は顔が良いだけじゃない、その心までもが美男子であることが問題なのだ。
「港は彼女とか作らないのか?」
「⋯⋯それ、聞いちゃう?」
「すまん、わざとだ」
千里はけらけらと笑いながら、港の肩を叩いた。
口にはしないものの──意気消沈している様子からは、なんとなく察するものがあるらしい。まったくいい友人を持ったものだと、港は嘆息した。
昼休み。それは学校生活の中で三ノ宮姫乃が唯一、永遠とも思える孤独から解放される時間だった。
「姫ちゃん! 遅れちゃってごめんね、体育の授業が長引いちゃって⋯⋯」
姫乃が自分の席でそわそわと忙しなくしていると、息を切らしながら茨白雪が教室の前に姿を現した。
茨白雪。彼女は腰まで伸ばされた艶やかな銀色の髪と、サファイアの宝石のような蒼い瞳に、恵まれた身長を持つ女の子だ。なによりもその、豊満な胸部には同性であっても思わず視線がいってしまう。
姫乃にとって白雪は、一年次の元クラスメイトであり──二年生の現在はクラスが別になってしまったものの、交流が続く親しき友人である。
「雪ちゃん!」
ぱあぁ⋯⋯! と誰が見ても分かるくらいに、姫乃は顔を輝かせて自分の席から立ち上がり、嬉々として教室の外へと足を進めた。
「ううん、ぜんぜん待ってないよっ」
こうしてふたりは、いつものように食堂へと向かった。
「ふむふむ、今日の日替わりメニューは《強欲で謙虚な定食》かぁ⋯⋯雪ちゃんはどれにする?」
「ゆきは、この週替わりメニューの《トマトのキラー定食》にしようかなって思ってるよ」
現在、姫乃と白雪は食券を買うための列に並んでいた。
日替わりメニューの《強欲で謙虚な定食》は、カロリーの高そうな大量の揚げ物に、キャベツと味噌汁だけを足したヘルシーと高カロリーの狭間をいく献立だ。白米なしというのは物寂しいが、カロリー面を考えると、なるほど確かに強欲と謙虚さのどちらも感じさせる。
一方で《トマトのキラー定食》は、ボリューミーなハンバーガーと、そのサイドには大量のトマトがポテト等の付け合わせの代わりに添えられている。
ふたりはそれぞれ、《強欲で謙虚な定食》と、《トマトのキラー定食》を注文した。
出来上がった定食を受け取ると、端の方の空いていたテーブルに着き、ランチタイムが始まった。
「あっ、そうだ! なんと、雪ちゃんにお土産があります!」
「んー? なにかなぁ」
三ノ宮は、手提げ袋からある物を取り出した。それは──
「じゃじゃーん!」
それはリアルなゴリラの姿を象る、まるでフィギュアのように立体的な形をしたチョコレートだった。パッケージの商品名にはその見た目の通り、《ゴリラチョコ》と書かれている。
「それでは、お納めください」
「ふふっ、ありがとう姫ちゃん。これすっごくリアルだね! ゆき、こんなのもらったの初めてだな⋯⋯」
まるで宝物のように、白雪は《ゴリラチョコ》をぎゅっと胸の内に抱いた。
「雪ちゃんったら、お土産くらいで大袈裟だよっ。あとね、それをホットチョコレートにすると、ゴリラが温泉入ってるみたいになるんだってー」
あははうふふ、とふたりして笑い合ううちに──白雪はふと、答えが分かっているような質問をあえて聞いた。
「動物園⋯⋯美男君と行ったの?」
「えっ? あー⋯⋯うん、一応⋯⋯」
もじもじと照れくさそうに、歯切れ悪く答える姫乃。
白雪は彼女のそんな反応に、一瞬喉まで出かかった言葉を飲み込んでから──天使のように微笑んだ。
「⋯⋯素敵な彼氏ができてよかったね、姫ちゃん」




