待ち伏せ作戦再び
待ち伏せ作戦再び、の日のことだった。
「自販機、使わないんですんかぁ? 悩んでるなら邪魔なんで、どいてもらえます?」
港未来は、自販機にお金だけ入れたまま悩んでるふうを装って、三ノ宮姫乃にジュースをご馳走するという姑息な作戦の途中だった。打率はそこそこ高く、既に何回か成功している。
教室内でふたりで話していると、だいたい途中から彼氏の美男綺麗が割り込んでくるし、ふたりきりで話せるこの時間は貴重だった。
「なんだきみか⋯⋯」
同じクラスである逆瀬川水菜の一学年下の妹である、逆瀬川青菜だった。港は分かりやすく、がっくりと肩を落とした。
「なんだって失礼な⋯⋯あ、そういうこと」
遠巻きに自販機のある、中庭へと向かってくる三ノ宮の姿を捉えた青菜は、素早く状況を理解した。
せせこましい努力をする男だな、と彼女は港を哀れみの目で見つめた。
「二番さんって、やっぱり三ノ宮先輩のこと好きなんですねぇー」
前々から怪しいとは思っていたが、まさかのドンピシャだった。
勝ち目のない戦いに挑むにしても、他にもっとやり方がありそうなものだったが──こんな世にも分かりづらいアプローチをされようものなら、異性からの好意には鋭敏な方の青菜にだって気付けそうにない。
「そ、それは⋯⋯もごもご⋯⋯」
こいつ童貞だな、と青菜は確信した。
見た目は悪くないが、積極性がまるでない。美男と付き合う前にでも三ノ宮に好意を伝えておけば、結果は違ったものになったかもしれないのに。
恋愛というのは、タイミングでしかない。ただしどんでん返しがありうるために、単純に早い者勝ちというわけではないということを青菜は知っている。
両思いだって、付き合っていたって、婚約していたって、結婚していたって、子供がいたって。
いつ、どこで、だれと、どうなるかなんて分かりやしない。
ロマンスとは、何の前触れもなく訪れるものなのだ。春に降る雪のように。
逆瀬川家の両親には、それぞれに恋人がいる。
しかし、両親の仲が悪いわけではない。むしろその逆で、とても仲が良い。
青菜が中学一年生になるまで、まったく気付くことすらできなかった。その事実が判明した経緯も、薮をつついた姉妹への罰のようなものだった。
青菜や水菜がクリスマスを家族以外と過ごす年頃になると、両親はこれからはふたりきりで出かけてもいいか、と聞いてきた。
そしてある、クリスマスの日。
両親を驚かせようと、サプライズで使ったケーキをプレゼントするつもりで、姉と一緒にクリスマスに出かけていく父と母を尾行したのだ。
ところが、両親は途中で二手に別れた。姉妹は分担して青菜は母を、姉は父を追った。追いかけてはいけなかったのだと、今でも思う。
その後に姉妹が分かったのは、母は『女』で、父は『男』ということだった。
「あたしたちは何も見なかった。いいわね?」
姉に手を引かれ、家に帰ってからふたりきりで食べたチョコレートケーキは少し苦くて、大人の味がした。
きっと、ラム酒のシロップを使いすぎてしまったせいだ。
この日から青菜は、誰の彼氏でも関係なくちょっかいをかける悪癖ができてしまった。それが許されるんだと、知ってしまったから。
姉が付き合っていた彼氏でも、いいなと思ったら手を出した。
そして次のターゲットは、三ノ宮姫乃と、その彼氏の美男綺麗だ。
「あたし、美男先輩のこといいなって思ってるんですよ」
青菜は、三ノ宮のことを自分とは異なるタイプの《悪い女》と認識していた。自覚のないクズというのは、本当にタチが悪い。
彼氏がいる身の上で、堂々と他の男とデートするような豪胆さには、同族としての仲間意識が芽生えるものの──男の取り合いとなれば、話は別だ。
正々堂々、どんな手を使ってでも奪ってみせる。
「三ノ宮先輩の浮気現場がすっぱ抜きされて、チャンスきたかなー、って思ってたんですけどねぇ。あんなの見て、まだ彼氏やろうって思えるのはびっくりですよう」
青菜のその発言に、港は得意げに肩を竦めた。
「やれやれ、妹ちゃんは知らないのかい?」
「なんです? 急に」
「結論から言うと、あれはそもそもデートじゃなかったんだよ」
「そういうことにしたい気持ちは分かりますけどぉ、きちんと現実に向き合った方がいいと思いまーす」
「まぁ、聞いてよ。あれは風紀委員が、校門前で朝の挨拶をしていた時のことだったんだけど──」
港は、ことの経緯を説明し始めることにした。
「おはようでござるよ、港殿。ややっ! タイが曲がっておられるぞ?」
校門前にて。茨白雪たんファンクラブ会長兼、風紀委員長の甲賀に、港は声を掛けられる。
【挨拶強化月間】と書かれた看板が近くに立てられていた。どうやら、風紀委員としての活動自体は真面目にしているらしい。
「おはよう、委員長くん」
「タイの乱れは風紀の乱れなり!」
甲賀はそう言うと、港が朝に急いで結んだ乱雑な仕上がりのネクタイをささっと一度解いてから、丁寧に結び直した。
まるでどこぞのお姉様が妹にするように。
「まさか男にネクタイを直される日が来るとはねー⋯⋯」
げんなりとしつつ、港は感謝の言葉を伝える。そういえば、と疑問に思っていたことを聞いてみた。
「きみたちとしては、あれはいいのかい? いくらお兄さんだからって、男は男なんじゃ?」
校門の近くに張り出された、例の校内新聞に指を指す。もう既に絡みに行った後なのかもしれないとは思いつつも。
「ククク。港殿は情弱でござるな」
苦悶の表情を浮かべてハンカチを噛み締めるのかと思いきや、甲賀は余裕たっぷりの態度を見せた。
「あれはただのボディーガードに過ぎない。真の目的はそう⋯⋯白雪たんと姫乃たんのデェトなのだからっ!」
急に妹の方の名前が登場して、港は何がなにやらと困惑しながら尋ねた。
「いったいどういうこと?」
「百聞は一見にしかず。これを見るがいい」
スッ⋯⋯と、どこからか甲賀は一枚の写真を取り出す。
その写真には──ふたりでおさかなの餌やり体験をする、茨白雪と三ノ宮姫乃の姿が写っていた。
「あれぇ!?」
「港殿が驚くのも無理はない。我らも風紀委員としての権力をあくよ⋯⋯げふん、行使するまでは知りえぬことだったのだから」
詳しい話を聞くと、例の校内新聞が散布されたその日のうちに、風紀委員総出で新聞部まで押しかけたとのことだった。
この風紀委員長の並外れた扇動力には、港も脱帽する。
「監査という名目で新聞部に立ち入り、強制捜査を行った。この日の写真はもれなく全て押収済みである」
「マルサもびっくりな強引さだね⋯⋯ぼくはてっきり、委員長くんが前みたいに嫉妬の炎で燃え上がっているものかと思っていたよ」
港は平然を装いつつも、内心は安堵の気持ちでいっぱいだった。あの水族館デートはただの勘違いで、取り越し苦労だったのだと。
「白雪たんのお兄たまが、この世の全てを手に入れるのはどうなのかという議論はあるものの──しかしお付き合いの事実もなく、ボディーガード枠ということなら、我々も溜飲を下げるしかなかろうて⋯⋯」
「なんか、ぼくらの時と対応がぜんぜん違くない?」
じっとりとした目で港が甲賀を見やる。
「然り。水面下では白雪たんの彼氏ポジを巡る戦いが日夜繰り広げられている。拙者も、いずれは義理のお兄たまになられるお人に嫌われるのは避けたいのだ」
「ただのえこ贔屓じゃないか! そもそも義理ってなにさ、付き合ってもいないのにその先まで見据えすぎなんじゃないの?」
「いやはや、童貞の港殿には及びもつかぬ事かもしれないが⋯⋯」
「なんで知ってるのさ!?」
戸惑いを隠せない港に対し、甲賀は微笑を浮かべて軽く首を横に振ってから──童貞の肩をぽんと優しく叩いた。
「顔を見れば分かる。同士なのだと」
「どどどど同士ちゃうわっ!」
「リア充の美男殿は論外だが、我々はいつでも港殿の入会を受け入れる体制は整っているぞ?」
やたらと友好的な甲賀に、港は苦々しい顔をして首を振った。
「遠慮しておくよ、ぼくはべつに茨さんのファンとかじゃないし。この前なんか廊下ですれ違った時、すごく睨まれてちょっと怖かったな」
「ほほう。それはなんともうらやま⋯⋯げふんげふん、災難なことであったな」




