臨時収入
臨時収入を得た日だった。
ある朝、三ノ宮姫乃が下駄箱を開けると──ばさささ⋯⋯と音を立てて、封筒のようなものが床に撒き散らされた。
「なにこれ⋯⋯」
そのうちのひとつを拾う。それは赤いペンで、【祝ってやる】と書き殴られたご祝儀袋だった。
いったいどういう風の吹き回しかと思い、三ノ宮はその中身を確かめる。
どうせまた何か嫌がらせのようなものが入っているのだろうと、彼女は考えていた。
しかし──中にはなんと、300円が入っていた。数が数なので、全て回収すればそれなりの金額になりそうだ。
これらの犯行は言うまでもなく、美男綺麗ファンクラブ一同であることには間違いない。
「おはでーす、三ノ宮先輩。それ、茨先輩のお兄さんに乗り換えたお祝いとかなんですう?」
たまたま下駄箱の近くを通りかかったのか、逆瀬川青菜がひらひらと手を振って近付いてきた。
「おはよう、青菜ちゃん。少し分け前あげるから、これ回収するの手伝ってもらってもいい?」
「わー、先輩もワルですねぇ。別れてもいないくせに、お祝いだけちゃっかりもらうなんて」
そう言いながらも、青菜は床に散らばった封筒を集め始めた。分け前が欲しいようだ。三ノ宮も、その場でご祝儀袋と金銭の分別を始める。
「知ってるなら、さっきの開口一番のあれはなんだったの?」
「えへ、お姉ちゃんから聞いてたので。美男先輩がー、あれをちっとも気にしてないってこと!」
「それはどうかな。もういつ別れを切り出されてもおかしくなさそうだよ」
「そうなんですねぇ。⋯⋯それなら近いうちに青菜が、三ノ宮先輩のお下がりもらっちゃおうかなー⋯⋯」
三ノ宮は紙幣を数えるのに夢中だったために、最後の青菜の呟きはまるで耳に届いていなかった。
くじ引きで当たりを引いた子供のように、目を輝かせて言う。
「見て! これだけ三千円入ってる!」
そうしているうちに回収と仕分けが終わり、青菜の取り分が支払われることになった。
「はい、これ青菜ちゃんのぶんね」
300円だった。
「低賃金!!」
そこそこの手間をかけたのだからもう少し寄越せや、と青菜が手を広げると──楽しそうに笑いながら、三ノ宮が三枚の千円札を差し出した。
「冗談だよっ」
合計、3300円。青菜が想定していたよりもうんと高い金額だった。
千円ほど手に入れば上々と考えていた彼女には、濡れ手に粟のような幸運だ。
「わー、こんなにいいんですかぁ? 三ノ宮先輩のこと、一瞬でもしみったれたドケチとか思ってごめんなさいですう」
「それはまったく酷い言いようだね⋯⋯。この残りはありがたく、報奨金に使うとするかなー」
「報奨金?」
何の話かと青菜が首を傾げると、三ノ宮は苦笑まじりに説明した。
「実はこの前、ファンクラブであろう女子に階段から突き落とさちゃってね。その時に助けてくれた一年生の男の子に、これはそのまま渡そうかと思うんだ」
また違う男とのロマンスかと、青菜は呆れつつも──とんでもないクズ(無自覚)という先輩に対し、同族としての仲間意識がすくすくと育っていくのを感じた。
「誰なんですう? もしかしたら、青菜と同じクラスだったりするかも!」
「クラスは聞いてないけど⋯⋯名前は桜花春くんっていう子だね。見た目は可愛い系で、髪も瞳も真っ黒な男の子だよ」
「桜花春⋯⋯?」
──そんな男子、一年生にいたかな。
入学時に見た生徒の名簿を青菜は思い出そうとするも、上手く記憶を辿ることができなかった。いたような気もすれば、いなかったような気もする。
「なんかよくわかんないけど、三ノ宮先輩のこと心配かもです⋯⋯」
言いようのない、猜疑心だけが青菜に残った。
「こんなとこにいたんだ! 桜花くん、ちょっと受け取ってほしいものがあるんだけどー!」
姫乃は校内をあちこち探し回って、ようやく桜の木の上に座っている桜花の姿を見つけた。彼女の手には、小銭がたっぷりと入った瓶が握られている。
「姫乃さんから会いに来てくれるなんてっ!」
桜花は顔を輝かせて、そのまま桜の木から飛び降りる。まず骨折は避けられないような高さだった。
「ちょっと!?」
いくらなんでもそれはと姫乃が駆け寄ると、彼は不思議そうな顔をしているだけだった。
「このくらいの高さなら、ボクはなんてことないですよ? でも、心配してくださってありがとうございます!」
「ほんとに? 下手したら死んじゃいそうな高さだった気がするけど⋯⋯」
かなり高い位置まで登っていたように見えたが──もしかすると、姫乃の見間違いだったのかもしれない。
彼女は気を取り直して、手にしていた瓶を桜花に差し出した。揺れる瓶の中からは、じゃらじゃらと小銭の音が鳴り響く。
「これは報奨金ということで。あげる!」
「ごめんなさい、姫乃さん。お気持ちはたいへん嬉しいのですが、それはいただけません⋯⋯。人間さんにとって、お金とは命よりも重いものなのですよね? そんな希少なものを、価値も分からないボクが受け取るわけには⋯⋯」
大金を前に遠慮しているのかと、姫乃はぐいぐいと瓶を押し付けるようにして渡そうとする。
「遠慮しなくていいよ。とりあえず受け取るだけでも!」
「どうしてもと言うなら、代わりに交尾してくださいっ!」
「だからなんでそうなるの!?」
「そういえば」と、桜花がふと思い出したように言った。
「小耳に挟んだのですが⋯⋯人間さんは交尾の際に、お金を払って場所を間借りするというのは本当ですか?」
「合ってるけど⋯⋯わたしたちくらいのお年頃だと、そういう所に出入りするのはまだ早いんじゃないかなぁー⋯⋯?」
「そうなんですね! ボク、どんな場所なのか知りたいです。よければ、ほうしょーきん? というもので、そこに姫乃さんが連れて行ってくださいっ」
困ったことにお金は頑なに受け取られず、かなり限定された使い道を提示された。
姫乃はうんうん唸りつつも、これまで桜花と三ノ宮家でふたりきりになる機会は何度もあったことを思い出す。たとえいかがわしい場所であったとしても、密室という点ではふだんと何も変わらない。
交尾だなんだと言い出すのはよくあるが、姫乃が嫌だと言うことは絶対にしない子だ。押し切られる形ではあるものの、頷いた。
「分かった⋯⋯でも、交尾はしないからね」
「はいっ!」
そして時は流れ、放課後。
この日は部活をズル休みした姫乃は、桜花と共に学校からかなり離れた場所にある歓楽街まで来ていた。臨時収入を使い切るために、ケーキやお菓子を大量に買い込んでの贅沢なパーティ気分だった。
高校生がこんなとこに来て本当に大丈夫なのかと、姫乃が周りをチラ見していると──他校の制服姿の男女が、堂々と怪しげな建物の中へと入って行くのを見た。
なんだよくあることなのかと少し安心して、無駄に豪華そうな外観をした建物の入口へ向かう。中から出てきた人間が全員そういうことをした後だと思うと、舐め回すような視線を向けるのが癖になりそうだった。
すると、中から出てきた一組の男女とすれ違う。同じ制服を着ていた。
「あんた、何してんの⋯⋯?」
逆瀬川水菜と、その彼氏の池澤先輩だった。
「完全にヤッてるーーー!!」
「声がデカイわ! あたしはあんたを見なかったし、あんたもあたしを見なかった。いいわね?」
ふだん通りのリアクションをする姫乃に、水菜は慌てて静かにするように言い聞かせる。驚いたことに、姫乃の隣には彼氏の美男綺麗ではなく、まったく知らない男子がいた。
髪も瞳も真っ黒で、人形みたいに整った顔立ちをしている。
また別の男かと呆れると共に、水菜は面白半分で言い分を聞いてみることにした。
「──で、今回はどんな誤解があるわけ?」
「あ⋯⋯その⋯⋯」
現在、自分が置かれている状況を思い出したように、姫乃の顔がさーっと青くなっていった。
水菜に気を取られるあまり、自分のよろしくない立場を忘れていたらしい。
このやかましい反応に加え、手にしているケーキが入っているであろう箱と、ビニール袋の中にある山盛りのお菓子を見れば、水菜の方にはなんとなく想像はついていたが。
入った後はどうなるか知らないが、姫乃にはお菓子でパーティするくらいしか頭にはないのだろう。隣の男子は、その気しかないにしても。
「てかそっちの男子、なんかどっかで──⋯⋯」
とても、嫌な感じがした。その男子はニコニコと笑みを浮かべているのに、水菜にはまざまざと敵意を向けられているのがハッキリと分かる。
彼女もまた、その真っ黒な男子に本能的な敵対心を持っていた。なぜかは分からないが。
美男綺麗でも茨林檎でもどっちでもいいが、こいつだけはやめておけと口出しをしたくなる。絶対に何度か関わったことがあると思ったが、しかしどこで会ったかまでは思い出せなかった。
「⋯⋯ま、気のせいか。姫乃、そのお菓子ちょっとよこしなさいよ。そしたらこのことは美男には黙っといてあげるから」
「はい⋯⋯」
姫乃は、お菓子の入ったビニール袋の中身を差し出した。友の優しさに涙が出そうだった。
水菜はお菓子をわざとごそごそと音を立てながら、物色する。そのまま、そっと耳打ちをした。
「気をつけなさいよ。あいつはなんか、よくない感じがする」
それに対して姫乃は、能天気に答えた。
「やだなぁ、すごくいい子なんだよ? あ、これ友情の証にぜんぶあげる」
「こんなにいらないけど⋯⋯。ま、もらえるもんはもらっておくとするわ」
姫乃は、ついに足を踏み入れてしまった。大人の遊園地と呼ばれる、あの場所である。
2時間や3時間がお得そうだったが、今回は予算を使えるだけ使うことにしてフリータイムでの利用だ。カラオケかよ、と思った。
考えてみれば、別に家の中でだってできることだろうに──なぜ数多の男女はわざわざこの空間に来て、安くないお金を払ってまでいかがわしいことをしようとするのか。
その秘密を探るため、姫乃はジャングルの奥地(R指定)へと向かった。
「あっ、待って⋯⋯早すぎるよ!」
「そうですか? でしたら、もう少しゆっくり行いますっ」
「んー、左からの方がいいかな⋯⋯?」
「角度がやや斜めだと、いいところに当たりそうですね!」
ふたりで何をしているかと言うと、ビリヤードコーナーで遊んでいた。
「せいっ!」
ぱこーん、と気持ちのいい音を立ててから、コロコロと玉が転がっていく。
姫乃は、楽しんでいた。先ほどまで遊んでいた卓球は桜花にボロ負けして勝負にならなかったが、こういう身体能力だけを問われないゲームならいい勝負になっている。
まさかキラキラな建物の中がこんな、キッズも楽しめる遊び場だったとは思いもしなかったが、大人が入り浸る理由も納得できた。
あからじめ用意してきたお菓子やケーキは、口止め料として水菜に差し出して失ったものの──ロビーに置いてある軽食やスイーツはなんと食べ放題で、ドリンクバーまでもが設置されている。
手ぶらでもさしたる問題はなく、まさに致せり尽くせりの空間だった。
「休憩ついでに、次は足湯でどうかな?」
「ボクは姫乃さんと一緒なら、なんでも構いませんっ」
ふたりは部屋に入室することも忘れ、フリータイムの時間を終えるまで館内を遊び尽くして解散しましたとさ。




