プリンセス
昼休み。三ノ宮姫乃と茨白雪が、食堂で昼食をとっている時のことだった。
「やぁ、妹よ。今日も私に似て可愛らしい⋯⋯ねっ!」
ファサッ⋯⋯と、長い銀髪をかきあげて、ふたりの傍まで近付いてくるひとりの男子生徒がいた。
「無視していいからね、姫ちゃん。あれは知らない人だよ?」
街中で変な大人を見かけた子どもに、『しっ! 見ちゃだめ!』という行動をする母親のように、白雪が言った。
「姫乃くんも、相変わらずチャーミング⋯⋯だねっ」
「はぁ⋯⋯」
そうは言われても、相手は親友である白雪の兄だ。姫乃は彼にぱちんとウインクをされてちょっと引きながらも、つい生返事をしてしまう。
茨林檎。 彼は三年生であり、茨白雪のひとつ年上の兄である。
その整った顔立ちを台無しにして、マイナス圏にまで持っていくほどの色物ぶりだ。
「林檎さんも元気そうだね⋯⋯」
上級生にタメ口をきくのはどうかと思うが──なにせ姫乃が一年の頃からの付き合いなので、長く接しているうちに『自分はなぜこの人に敬語を?』と疑問になって以来、こういった年上を敬わない接し方をしている。
「さすがは我がプリンセス。未来の夫である私の健康状態を気遣ってくれているんだね、ありがとう」
林檎はそう言うと、姫乃の髪の毛を一束取り──ちゅっ、とその髪にキスを落とす。まるでお伽話に出てくる王子様みたいな仕草だが、姫乃は何事もなかったかのように食事を進めていた。
「もぐもぐ⋯⋯やっぱりエビフライは、タルタルソースをつけるための棒だよねー」
一方で白雪は、ゴゴゴゴ⋯⋯!と、地の底から効果音が響いてくるほどの怒りようだった。
「兄さん⋯⋯!!」
次の瞬間には、林檎は妹である白雪にバールのようなものでノックアウトさせられていた。
「ごめんね、姫ちゃん。うちの愚兄がこの世に存在してて」
「それは問題ないんだけど、もうちょっとその⋯⋯手心というか、優しくしてあげてもいいんじゃない⋯⋯かな?」
姫乃はちらりと横目で、床に倒れ込んでいる林檎を見やった。
「林檎さんが変なのは、いつものことだしね」
茨林檎という男を一言で説明するならば、『乙女ゲームに出てきそうな人』である。美形でないと許されないような仕草を、彼は息を吸うように行う。
「姫ちゃんは優しすぎるよう。生きてるだけで迷惑です、って本当のこと言っていいんだよ?」
白雪が辛辣にそう言うと、むくりと起き上がった林檎がやれやれといった様子で、これ見よがしに肩を竦めた。
「冷たいじゃないか、妹よ。この兄が姫乃くんと結ばれることは、おまえにとってもそう悪くない話ではないのかね?」
「もう、知らないんですか? 姫ちゃんには最近、彼氏ができたんですよ。兄さんの出る幕はありません」
これでようやく鬱陶しくするのもやめてくれるかな、と姫乃が多少の希望を抱きながら林檎の反応を窺ったが──彼の返答は斜め上を行くものだった。
「フフ⋯⋯若いうちの火遊びなら目を瞑るとも。最終的に、プリンセスはこの私と結ばれるのだからね。その元彼くんとやらも、私たちの結婚式には招待してあげようじゃないか」
「わぁー、林檎さんの中では別れることになってるんだ⋯⋯」
なんとなく予想はついていたものの、姫乃はがっくりと肩を落とした。器が無駄に広い。




