孤立せよ
昼休み。この日は残念なことに、三ノ宮姫乃の親友である茨白雪が、体調不良で欠席していた。
よって、本日の三ノ宮は本当の意味での《ボッチ》だった。
楽しく話せる友人がいないとなると、賑やかな食堂へ向かう気も起きず、昼食は適当に購買でサンドイッチとから揚げを購入する。そのまま教室には戻ることはせずに、ひとりで過ごす際に最適な場所へと移動した。
──あれ? まだ咲いてる。
そこは体育館から少し離れた場所にある、桜の木の下だった。
人気があまりなく、三ノ宮は茨が不在の日の昼休みはいつもこの場所に来る。
もうとっくに桜が散るような時期かと思っていたが、『まだまだ現役ですよ』と言わんばかりに、桜はその生命力を見せつけていた。
「いただきます」
生きとし生けるもの全てに、圧倒的感謝をしながら食事を始めようとすると──それと同時に、声がかかった。
「ここにいたのか、三ノ宮」
優しい声の響きだった。三ノ宮がゆっくりと顔を上げると、そこにはお弁当箱を片手に微笑む美男綺麗がいた。
すると桜の木は突然、『サービスですよ』とでも言うように彼の元へと花弁を桜吹雪のように散らした。
三ノ宮はその幻想的な光景に目を奪われてから──しくじった、と思う。
想い人のいる自分が、こんな清廉潔白な男と安易に付き合うべきではなかったのだ。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるなんて話があるが、ビギナーズラックにもほどがある。
せっかく釣れた魚なのだからと惜しまずに、世間という大海へリリースするべきなのだろうと三ノ宮は改めて痛感した。
彼の時間を、これ以上無駄にするべきではない。
美男綺麗という薔薇のような男の恋人が、三ノ宮である必要はないのだ。代わりなんて、それこそ星の数ほどいるだろう。
「美男くん」
固唾を呑んでから、三ノ宮はその言葉の続きを吐き出した。
「⋯⋯別れようって言ったら、どうする?」
その問いに、間髪入れずにぴしゃりと美男は答える。
「断る。それでも駄目なら、そうだな⋯⋯復縁してくれるまで毎日、みっともなく公衆の面前で泣き喚くだろうな」
予想外の返答に、それは酷い脅し文句だと三ノ宮は思わず笑みを漏らした。
ここでわかったとすんなり言われれば、そのまま別れることもできたのだが──果たしてそれは叶わなかった。
彼の方から別れを切り出すのを待つ、耐久戦になりそうだ。
「⋯⋯すまない。何か不安にさせるようなことがあったか?」
困った顔をした美男が隣に座り、三ノ宮が行き場なく膝に置いていた手にそっと上から重ねるようにして──彼の手が触れた。
「!?」
──三ノ宮姫乃は、処女である。
しかも生まれてこのかた、異性とは付き合ったこともない本物の処女だ。
性的な経験はないものの、彼氏がいたことがあるようなファッション処女とも違う。
その経験値のなさゆえに、こうした『処女殺し』とも言える手練手管にはめっぽう弱かった。
顔から湯気が出ているような状態の三ノ宮を見て、美男は畳み掛けるように言葉を続けた。
「好きなんだ。だから、冗談でもそんなこと言わないでくれ」
「はい⋯⋯」
掴まれているのは手でなく、心だと思うくらいに心臓の鼓動が早くなった。その手を握り返さないことだけが、今の三ノ宮にできる唯一のささやかな抵抗だった。




