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宮廷魔術師の転職事情  作者: 藤夜


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第6話 怪しいのは誰

 十人いる宮廷魔術師は、宮廷内に各々自分の研究室を持っている。部屋を入ってすぐに仮眠もできる執務室、その奥に魔術の実験室が扉を隔てて並んでいる。このなかなかの高待遇も、イリスがフロイス王国を選んだ一因だ。

 ライナーに連れて来られたのは、そのイリスに与えられている研究室だった。

 

「どうして私の部屋に?」

「私の研究室は奴らがいつ入って来るかわからん」


 奴ら? と首を傾げるイリスに、ライナーは椅子をよこせと文句を言う。

 わがままな、と思いつつ差し出した椅子に座って、彼はどっかりと脚を組んだ。

 

「奴らとは、宮廷医と侍従長だ」

 

 さすがに名を出されてイリスも納得する。

 宮廷医のバルウィンと侍従長のルイス。彼らは国王が不眠症だと言ってライナーに相談を持ちかけた人物だ。アロイスが毒だとすぐに気付いた国王の症状に、ヤブでなければ宮廷医が気付かないわけがない。

 一方で、侍従長は王の私生活周辺を管理している。彼の目をかいくぐって毒を盛るのは難しい。

 今のところ一番怪しい人物達というわけだ。

  

「でもライナー様、こんな重大案件は私達の専門外です。陛下の身の安全をはかるなら、宰相にこの件を報告すべきでしょう。彼と枢密顧問官が犯人の捜索を行うはずです」

 

 宰相とその下の顧問官達は、国王直属のエリート官僚だ。国王が毒を盛られていたとわかれば、彼らは軍や検察を動かし容疑者を捕らえ尋問するだろう。国王の身に事件が起こった時には、それが普通のルートだ。

 しかし、イリスの提案をライナーは鼻で笑う。

 

「宰相には言えない」

「何故ですか?」

「彼も容疑者だからだ」

「はあ?」

 

 眉をひそめるイリスに、ライナーは声を低くして説明する。

 

「今、諸外国とフロイス王国の間には特に争いの種がない。王を害する事で利益がある者、そこをたどれば容疑者は何人か挙げられる。宰相はそのうちの一人だ」

「陛下が殺されれば宰相の彼の地位も危ないのでは? 王が変われば側近達は新王に一掃されてしまうでしょう?」

 

 イリスは国の権力構造には詳しくないが、一応基礎の歴史は習っているのでなんとなく理解している。王が変わるたび、擁立する貴族達の面子も入れかわるのが普通。ややこしい派閥はどこの国でもあるものなのだ。

 フロイス王国の王権は強い。現在の政権は国王フリードリヒの厳選した者達で固められているはず。しかし、ライナーはそうではないと言って首を横に振った。

 

「宰相エアネストはフリードリヒ国王の従兄弟だ。彼の父は先王の兄。体調を理由に弟である先王に位を譲ったが、裏ではいまだにその事は疑問視されている。顧問官達の中には国王ではなく宰相に忠誠を誓う者もいるくらいだ」

「ふーん……。ライナー様、よくご存知ですね」

 

 イリスはフロイス王国に来てまだ一年と日が浅い。平和に見えて意外と裏では問題があるのものだ。魔術研究にしか興味がない変人だと思っていたライナーが、意外と物知りなことに感心する。


「当たり前だ。研究の邪魔が入らないように、きな臭い人間はチェックしているからな。軍の大佐も父親は元宮廷元帥だが、先王の即位の際に任を解かれている。大佐は宰相と幼い頃からの友人だから、仮に宰相が容疑者ならばまともに捜査出来るとは思えない」

 

 捜査を行うべき中心人物が一番怪しい。これは困った、とイリスは額を押さえる。その様子を見ながら、ライナーは追い打ちをかけるようなことを口にした。

 

「一番の問題は彼が黒幕だった場合、申告した我々の身が危ない。下手をすれば宮廷魔術師の全員が国王暗殺の罪を着せられて処刑されるかもしれない」

 

 国家のトップは国王だが、国政を担う官僚達が敵にまわればどんな冤罪でも通ってしまう。一応法務官による裁判は行われるだろうが、証拠を捏造される以前に拷問で命を落とす可能性すらある。


 転職しようと決心したのに、このままでは逃げることもできない。急に辞めれば変に疑われるではないか。

 愕然としているイリスに向けて、ライナーは平然と指示をする。

 

「そこでお前のその能力だ」

「能力?」

 

 なんの事かと首を傾げるイリスに向けて、ライナーはビシリと指を突きつけた。

 

「アロイスに聞いたぞ。その夢魔の呪いは他人の夢の中へ入り込めるそうだな」

 

 嫌な予感がしたイリスは思い切り顔をしかめる。

 

「まさか、ライナー様。私に彼等の夢に入って調べろなんて言うんじゃないでしょうね」

「さすが、察しが良いではないか」

 

(やっぱり!)

 

 相変わらず発想が飛んでいる。無茶を言うなとイリスは慌てて制止した。

 

「ライナー様、誰の夢に入れるかはわからないんですよ」

「まかせろ。今夜までに制御できるように魔法陣を組み直してやる」

「そんなことより解呪を急いでくださいよ!」

 

 悲鳴をあげるイリスの声など全く聞こえていないようだ。

 ライナーは『待っていろ』と言い置いて、バタンと扉の向こうへと消えていった。

 

「嘘でしょ……」

 

 平和だと聞いて就職したはずだったのに。とんでもない災難に巻き込まれてしまった。そして、この変な呪いはどうなるのか。ライナーは犯人探しをするという。夢で証拠を集めるなんて出来るのだろうか。


(勘弁してよ!)


 こうしてイリスの転職はしばらくお預けとなったのだった。

 

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