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宮廷魔術師の転職事情  作者: 藤夜


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第4話 夢魔の呪い

 宮廷から出て少し歩いた街の入り口にイリスの自宅がある。大きな屋敷で育ったイリスだが、魔力があるとわかった時に貴族の家には入らず自力で生きていくと決心した。どうせ一人暮らし。贅沢はしないように心がけて、家も小さな空き家を借りている。

 

 家に入ったイリスは制服を脱いで壁に掛けた。黒い長衣(ローブ)は、あちらこちらが埃で白くなっている。これは洗濯しないといけない。中に着ていたシャツとペチコートも脱いで、部屋着にしている麻のワンピースに着替えるとやっと落ち着いた。


 やれやれ、と持って帰った本をテーブルの上に置き、台所で紅茶を淹れる。このところ連日研究室に泊まり込みで実験をしていたので、帰れたのは久しぶりだ。

 戸棚にしまってあったクッキーを取り出し、テーブルに腰掛ける。本を開いて読んでいると、ライナーの書いたメモが挟まっているのに気がついた。

 イリスは紅茶のカップに口をつけながら、メモに殴り書きしてある魔法陣を眺める。

 

(天才、と言えば天才なのかもしれないわね。こんな魔法陣、誰も思いつかないもの)

 

 世界を構成する元素、それを司る精霊の力を借りる事で魔法は発動される。それに必要なのがこの魔法陣だ。始まりも終わりもない完全なる円の中に呪《ルーン》を組み回路を創る、その術《すべ》を知っているのが魔術師だ。

 

 ライナーの書いた魔法陣には、あまり見ることのない黒魔術の呪が組み込まれている。黒魔術は使役する精霊の力が白魔術とは異なり、異界に近い所に棲む魔物の力を引き出すのがその特徴だ。

 黒魔術を記した書物は魔塔の書庫には保管されているものの、攻撃性が強く危険が大きいため使用は控えるよう教えられた。イリスも一応学んだが、戦闘以外では有用性に欠けるので使ったことはない。

 しかし、ライナーはその効果を極力抑えて治療に使おうと考えたらしい。

 

(発想はすごいけど、一体何の魔物の力を使おうとしたのかしらね)

 

 不眠に効く魔物っていたっけ? と考えながら本を閉じた。不眠に使う薬ならバレリアンとかあるけどな、と独り言を言っているうちにまた眠くなってくる。まだ魔法陣の影響が残っているのだろう。本当に迷惑な上司だな、イリスはそう思いながらあくびをする。

 目を閉じると、すとんと眠りに落ちた気がした。

 

 

 


(いつの間に?)

 

 目を開けたイリスはきょろきょろと周囲を見る。

 ついさっきまで自宅にいたはずなのに、イリスは宮廷に戻っていた。机の上には本が何冊も積み上げられている。その本の背表紙を見ると、『高等魔術の祭儀』だの『魔術に使う古代文字』だのという重苦しい題名が書かれていた。

 やはり自分は寝てしまったのだろう。せっかく家に帰ったのに、夢の中まで職場へ来るとはどれだけ仕事が好きなのか。我ながら感心するわと、イリスはぼやく。

 

(向こうに誰かいるのかしら)

 

 人の気配を感じて奥の実験室へ続く扉を開くと、そこには本を持った魔術師が立っていた。


「アロイス、貴方の部屋だったの」

「え……君、誰? どうして僕の名前を知っているんだ」

「どうしてって、私が誰かわからない?」

「その声、もしかして君はイリスかい?」

 

 イリスはハッと気がついた。自分の身体を見下ろすと、案の定ローブではなく、身体の形を強調するようなドレスが目に入ってぎゃっと驚く。脚には深くスリットが入り、胸も背中も限界ギリギリまで見せるデザインに、イリスは羞恥で全身が真っ赤になった。

 

「嘘でしょ! またあの変な夢の続き?」

「夢?」

 

 アロイスはぽかんとした顔で口を開けたままだ。

 

(ん?)

 

 彼と目が合わない。イリスがその視線の先をてんてんとたどると、自分の胸に行き着いた。アロイスはイリスの豊かな谷間に釘付けになっている。

 

「ちょっと、どこ見てるのよ!」

「どこって、すっごく目立つから……」

「どうでもいいから、貴方のローブを貸して!」

 

 奪うようにローブを受け取ると急いで被る。この布の少ない服では、胸やら脚やら隠したくても隠せない。

 いつもの服装に近い格好になって、イリスはやっと安堵する。そして、まだ固まったままのアロイスの胸ぐらを両手で掴んで、がくがくと揺さぶった。

 

「どうしてこんな変な夢が続くの!」

「ちょっと待ってよ。僕には何のことだかわからないよ」

 

 普通に会話ができる夢も珍しい。

 イリスは少し冷静になる。


「ここはあなたの研究室?」

「そうだよ。昨日眠れなかったから、仮眠しようと思って横になったはずなんだけど……。イリス、君はどうしてそんな姿でいるんだい」

「わからないわ。魔法陣が暴発してから……」

 

 かくかくしかじかと昨夜の夢を説明した。じっと聞いていたアロイスは、イリスの顔を両手で挟む。そしてしげしげとイリスの顔を見つめると、その紅い瞳の中を覗き込んだ。

 

「イリス、君は自分の家で寝たの?」

「そうよ。なのに気がついたらここにいるの。同じ夢って続くもの?」

「ライナー様の魔法陣、黒魔術を使っていたって言ったよね」

「そうよ」

 

 アロイスはイリスから手を離し、腕を組んで考え込む。

 

「起きたらライナー様に相談しよう。イリス、君には呪いが掛かっていると思う」

「呪いですって?」

 

 顔を上げたアロイスは、イリスに向けて頷いた。

 

「そう。きっとこれは『夢魔の呪い』だよ」

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