第39話 外出の誘い
公爵夫人に仕える敏腕メイド達によって、イリスは再び淑女らしい姿に整えられた。王妃の侍女である時よりも若干おとなしめのドレスである。
可愛らしいサーモンピンクのストライプの生地に、首から胸元は白く透けるフィシュが包み込むシンプルな七分袖。キュッと絞られたウエストラインからふんわり広がるスカートの前裾は靴が見えるほど少し短い。
長い金髪はハーフアップにしてピンを留めている。
出来上がりを見た公爵夫人は満足そうに頷いた。
「王妃様が外出に適したものをとおっしゃるからこれにしたけれど、うん、可愛いわね」
「外出?」
フリードリヒはイリスをどこかに連れて行くつもりなのだろうか。
ますますわからなくなってくる。
「侍従長、出来ましたわ」
「女性の仕度は時間が掛かるねえ」
座って待っていたルイスがよっこいしょと立ち上がる。
そして、出てきたイリスを見て、ぽかんと口を開けた。
「ご主人様——」
(あ……、マズいかも)
頬をピンクに染めて目を見開くルイスに、イリスは聞こえなかったふりをして微笑みかける。
「ルイス様、ささ、早く行きましょう。陛下をお待たせしてはいけません」
「ん、あ、そ、そうだね」
首を捻りながら歩くルイスの後ろについて、イリスは王宮へと向かった。
知らない方が良いことは往々にしてあるものなのだ。イリスは固く口を閉ざすことをルイスの背中に誓う。
王宮に着くとイリスは国王の執務室へと向かった。ひとときだが小姓として働いた場所。しかし、イリスはそれがずいぶん前のように感じる。
扉を開けたルイスが深々とお辞儀をした。
「陛下、イリス嬢を連れて参りました」
「ああ、待っていた」
イリスも中に入ってルイスにならう。
顔を上げると、そこにはフリードリヒの他にエアネストの姿もあった。
「仕事中にすまなかった、イリス。王妃が早くしろとうるさくてなあ」
「王妃様が?」
不思議そうにするイリスに向けて頷くと、フリードリヒは自らの従兄弟へ声を掛ける。
「エアネスト、さあ」
「…………」
うながされたエアネストは、無言でイリスに近付いた。
「閣下、これは一体?」
「イリス、国王夫妻の命令だ。君を街へ連れ出して楽しませるようにと」
「ええ?」
目を丸くするイリスに、エアネストはそっと手を差し伸べる。
「報酬とは別に、私も君に礼をしたかった。君の時間を貰って良いだろうか」
そういえば王妃宮で侍女達が話していた時、クリスティーネ王妃が言っていた事を思い出す。まさか歌劇場にでも連れていけとエアネストに命令したのだろうか。この状況を考えるとそうとしか思えない。
「非常にありがたいのですが、お忙しい閣下のご迷惑では……」
わたわたと狼狽えながら答えると、フリードリヒがきらりと笑みを浮かべて親指を立てた。
「心配するな。こいつの仕事は俺が代わりに引き受けた。気にせず行ってこい」
「ええ?」
「馬車を待たせてある。どうぞ」
エアネストがイリスに腕を差し出す。
おそるおそるその腕に手を伸ばしたイリスは、彼の横顔を見上げた。冷たい、と皆に評される美しい顔は、初めて会った時とほぼ変わらない。しかし、触れると暖かいと、イリスはもう知っている。腕の上にそっと手を置くと、じわりと彼の体温を感じた。
歩き出そうとした二人に向けて、フリードリヒが思い出したように呼び止める。
「あ、イリス、そいつにクライスト伯爵からの手紙を預けている。帰りに受け取って読むといい」
「家からの、ですか?」
首を傾げるイリスに、フリードリヒはひらひらと手を振った。
エアネストはいつもの無表情に、僅かな緊張を浮かべる。
(どんな内容なのかしら?)
不思議に思いつつエアネストを見つめていると、彼はそれに気がついて安心させるように微笑みを見せた。
「後で渡す。さあ、行こう」
エアネストのエスコートで王宮を出ると、すぐに馬車がとまっているのが見えた。御者が二人の方へと馬を進める。そして、馬車は二人を乗せて走り始めた。
「どこに行くのですか?」
馬車に揺られながらイリスが尋ねる。王妃の命令なら、人気の喜劇でも観に行くのだろうか。そう思っていると、窓の外を見ていたエアネストは『うん?』とイリスを振り返った。そして、くすりと小さく笑う。
「すぐに着く。君を連れて行きたいところがあるんだ」
「は……、はい」
逃げるところのない狭い馬車の中で、エアネストの氷の溶けた笑顔は心臓に悪い。イリスは内心ドギマギしながら、大人しく頷いた。歌劇場でもどこでも、彼となら楽しいに違いない。
カタカタと揺れる車内から市街を見ていると、大きな広場が見えてくる。さほど話をする暇もなく、本当にすぐに馬車は止まった。
「ここは——」
先に降りたエアネストに手を貸してもらい馬車から降りたイリスは、目の前の巨大な石造りの建物を見上げる。
「王立図書館だ。君は歌劇よりこちらの方が喜ぶかと思って」
先々代の国王からの王家の蔵書を所蔵しているという王立図書館。その中に入れるのは王族か、許可を得た学者のみだ。ライナーが入った時に魔術の蔵書もあったと聞き、イリスも一度中にはいってみたいと思っていた。
「入っても良いのですか?」
キラキラと目を輝かせるイリスに、エアネストは頷く。
「もちろん。魔術書に関しては魔塔の書庫ほどは数がないと思うが、貴重な資料も集めてある」
「嬉しいです、閣下」
「君に喜んでもらえると、私も嬉しい」
ほっとしたような微笑に、イリスの胸がどきりと音をたてる。
『行こう』と差し伸べられた手にそっと触れながら、イリスは自分の顔が赤くなっていないか心配になった。




