第38話 国王の呼び出し
フリードリヒ国王の毒殺未遂事件が公となり、犯人達が捕えられてから二週間が経った。その間、オステン、マルヴィッツ男爵の二名は法務官による取り調べを受け、シュトイベン大尉については軍による追求がなされている。
どちらもマルヴィッツ男爵令嬢の証言と、宮廷魔術師による毒物の鑑定が証拠としてあげられた。犯行に使われたベラドンナは、オステンが所有する領地に出入りする商人から買い受けたことも後の捜査で判明し、国王の改革に反対する彼が首謀者であると結論づけられた。
男爵令嬢の証言の中で、彼等が国王の命までも狙っていたわけではなかったことは認められていたため、ある程度の減刑がされるのではという予想は巷で流れている。令嬢についても、脅迫による実行であること、命をかけて脱出・証言したことにより、特別に国王による恩赦が決まっていた。
そして、彼等の裁判も始まるであろうという頃、イリスは再び宮廷魔術師としての勤務に戻っていた。
しばらくライナーの補佐はアロイスがする事になったので、イリスは別の案件に手を貸している。それは昨年オーディル川が氾濫したため、水路を新たに作り治水しようというものだ。そこにできた干拓地を農地にする、一石二鳥の事業である。一緒に仕事をしているのはまともな役人達なので、イリスのストレスは限りなく少ない。
今朝は出勤後にもらった川の地図を広げていると、ズモモモと何やら地響きが聞こえてきた。
(もしや、これは……!)
ドッカーン
爆音とともに、白い煙がもうもうと空に向けて登るのが窓から見える。
「ライナー様、またですか!」
慌ててイリスが駆けつけると、壁が抜けて小さな瓦礫が転がる部屋にアロイスが倒れていた。
「アロイス、大丈夫?」
「イリス、た、助けて……」
真っ白い埃まみれになったアロイスを助け起こし、イリスはぱんぱんとはたいてやる。ライナーはまた自分だけ無事だったようで、平然として立っていた。
「どうやったらそんなにしょっちゅう爆発するんです!」
「研究に失敗はつきものだ」
「危険予測しながら実験してください。ルイス様が見に来られたら叱られますよ」
「もう来ているよ」
「わっ!」
背後からルイスの声がして、イリスはぴょんと飛び上がる。振り返ると短い腕を組んだルイスが、渋い顔をして立っていた。
「たまたまこちらに来たら地面が揺れて驚いたよ。また魔術師長がやらかしたのだね」
「すまんな、侍従長」
「いくら直せるって言ったって、建物が傷むからやめなさいって言ってるだろう?」
「何しに来たんだ」
全く堪えていない返事に、ルイスはもう諦めたというふうに鼻から息を吐く。
「僕はイリスに用事があるんだよ」
「私に?」
イリスが首を傾げると、彼はうんと頷いた。
「陛下が君に用事があるらしい。呼んできてくれと言われたんだ」
「陛下が?」
王妃の寝室で別れたあれ以来、フリードリヒとは会っていない。
忙しい国王の邪魔はできないと思って挨拶もできていなかったので、イリスは少し気になっていたのだ。
「すぐに参ります」
「夜までかかりそうな用事なのだけれど、大丈夫かい?」
「え? ええ」
頷くイリスに、ルイスはついて来るようにといって先に歩き出した。
その後ろを追いかけながら、イリスは気になっていた事を尋ねる。
「急に私がいなくなって、王妃様は不審に思われていませんでしたか?」
「うーん、事情は陛下が説明していると思うけど、それもあるんだろうね。陛下のところへ行く前に、宮廷女官長のところで服を着替えて来るようにって」
「公爵夫人のところで?」
魔術師に戻ったイリスは、前髪は短くなったものの、また髪は適当にとかしたままだ。もしゃもしゃではないが、ふわんふわんくらいにはなっている。服も黒ずくめで地味な喪女に戻っていた。
謁見する前に服装を整えよ、と言われても仕方ないかもしれない。
「それがね、魔術師のイリスではなくて、クライスト伯爵令嬢として来て欲しいとおっしゃっているんだよ」
「?」
「クライスト伯爵から手紙が届いているらしいんだ」
「うちの家からですか? ゾフィー嬢の件で手紙は書きましたが、どうして陛下に?」
ゾフィーの身柄をクライスト伯爵家で預かって欲しい。そう手紙を書いて送ったのは十日ほど前のことだ。そろそろ返事が返ってくる頃だとは思っていたが、自分に直接返さず国王宛てとは一体どういうわけだろう。
「僕もよくわからないけれど、陛下はご機嫌だったから良い知らせなんだと思うよ」
「はあ……」
イリスはまだ腑に落ちないが、ルイスはあまり気にしていないようだ。
良い知らせといえば、ゾフィーを受け入れるという返事だが、それをなぜ国王に? 首を傾げているうちに、王妃宮に着いてしまった。
出迎えた公爵夫人は、イリスを見るなり頬に手をあてて呆れた顔をする。
「あらまあ、ひと月も経たないうちにまたみすぼらしくなって! イリス嬢、宮廷魔術師でも女性は綺麗にしておくものよ」
「すみません……」
いつもながら年齢を感じさせない美貌を保つ夫人に叱られ、イリスはしょぼんと頭をたれた。




