第30話 毒薬の特定
国王夫妻の寝ている寝室につくと、ルイーゼが扉を軽くノックする。間もなく返事があって、イリス達は中へと入った。フリードリヒはすでに起きていて、ガウン姿で肘掛け椅子の横に立っている。王妃はまだ寝ているようだ。
イリスはテーブルの上にトレイを置くと、水差しからグラスに水を注ぐ。ルイーゼはグラスをとると、慣れた様子で国王に手渡した。
「どうぞ、陛下」
「ああ、ありがとう」
「王妃様は?」
「まだ寝かせておいてやってくれ」
「ご朝食はいかがいたしましょう」
「後でこの部屋へ運ぶように」
「承知いたしました」
優雅に頭を下げるルイーゼに頷いてから、フリードリヒはイリスの方へ目をやる。そして、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「そっちの侍女は初めて見るが誰だ?」
「新しく見習いで入った者です。ザクルス王国から来たクライスト伯爵令嬢ですわ」
ルイーゼの紹介に、イリスは素知らぬ風で頭を下げる。
フリードリヒは、『はあ?』と一瞬驚いた表情を見せたが、ルイーゼに悟られないよう急いで平静を装った。
「君がエアネストが連れてきたというイリス嬢か。ルイーゼ嬢、少し彼女と話がしたいから、先に戻っていてくれないか」
「かしこまりました」
静々とルイーゼが部屋を出ていく。
扉が閉まった瞬間、フリードリヒはハッと大きく声をあげた。
「凄いな、イリス! なんて変貌ぶりだ。全く別人のようじゃないか」
「そんなに違いますか?」
「ああ、あのもしゃもしゃの魔術師がこんな可憐な美女に変わるとは、誰も想像できないぞ。この姿をエアネストに見せてやりたい!」
素直な賞賛にイリスは頬を染める。
確かに鏡を見た時、自分でも驚いたのだ。まるで夢の中の夢魔の姿が現実になったような、そこまで彼女は変わっていた。
「いやはや女性は恐ろしい。公爵夫人の腕が凄いのか、今までのイリスが酷すぎたのか……」
「陛下、驚かれているところで申し訳ありませんが、ご報告したい事があります」
「なんだ?」
イリスの深刻な声に、フリードリヒはスッと冷静な表情に戻る。
「思いのほか早かったな。それで、何がわかった?」
「予想される毒の種類と、その犯人が。動機を探りたいので、一度魔術師に戻ります」
「そうか。王妃にはエアネストが連れて行ったと言っておこう」
「ありがとうございます。後で閣下にもご報告に伺います」
踵を返したイリスが部屋を出ようとすると、フリードリヒはその背に向けて声を掛けた。
「それで、この水は飲んでも良いのだな」
「はい、大丈夫です」
イリスはにこりと笑って答えた。
*****
王妃宮を出たイリスは、ドレス姿のまま宮廷の魔術師の棟へと戻る。毒に詳しいアロイスに聞かねば。
廊下を足早に歩いていると、前方からライナーが歩いてくるのに出くわした。
「ライナー様!」
「おお? なんだ、その声はイリスか。しばらく見ないが元気でやっているのか? どうした、女みたいな格好をして」
「相変わらず失礼ですね。私は元から女ですよ」
ライナーは『はて』と首を傾げる。イリスはむかっとしたが、今は彼の相手をしている場合ではない。
「アロイスは毒について何かわかったと言っていました?」
「さあ、報告は聞いていないが、あいつの部屋に行ってみろ。また研究室に泊まっているんじゃないか?」
「はい」
イリスがライナーの横を抜けて行こうとすると、彼は思い出したように『そうそう』と言って立ち去るイリスを呼び止めた。
「イリス、例の解呪の魔法陣ができているぞ。ついでに解いていくか?」
イリスは足を止めて振り返ると、ライナーに向けて大声で答える。
「ちょっとまだ使わないといけないので、解くのは後でお願いします!」
どうやらイリスがせっつかなくても忘れてなかったらしい。珍しいこともあるものね、と思いながら、イリスはドレスの裾をつかむとアロイスの部屋へと急いだ。
「アロイス! いる?」
アロイスの部屋の前へ着くと、ドンドンと勢いよく扉を叩く。すると、中からちょっと待って、と眠たそうな声が聞こえた。早く早くとイリスが足踏みしていると、アロイスが目をこすりながら扉を開ける。
「なんだよう……、わっ、イリス、どうしたの! もしかして呪いが広がって、現実の君まで夢魔になっちゃった?」
「違うわよ! 公爵夫人の化粧のおかげよ」
「化粧? 女の子ってそんなに変わるもの? まるで詐欺じゃんか!」
眠気もぶっ飛んだ様子でアロイスが目を丸くする。イリスは立ち尽くす彼を部屋の中へ押し込んで、自分も中へと押し入った。
「そんなことより、アロイス、この間とった陛下の毒のサンプルは解析できた?」
「おかげさまで毒の成分はだいたいわかったよ」
「そう。なら、毒を押収できたら同定できるわね」
「ああ、出来る。イリス、誰が何の毒を使ったのかわかったんだね」
アロイスの問いに、イリスはこくりと頷く。
「ベラドンナ——。マルヴィッツ男爵令嬢の目薬よ」




