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宮廷魔術師の転職事情  作者: 藤夜


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第29話 貴族の娘も大変です

 どうして自分がエアネストの婚約者だということになっているのだろうか。わたわたと焦るイリスに、王妃はゆったりと微笑んでみせる。

 

「あら、クライスト伯爵が貴女をエアネスト様に預けたのは、結婚のお話が決まったからでしょう。輿入れするフロイス王国の作法を習うために、わたくしの侍女見習いにして欲しいとお願いしたのではなくて?」

「ち、ち、違います! 閣下と私はそんな……」

「あら、まだ内緒の段階だったのね」

 

 王妃は口元に手をあて、ごめんなさいねと謝った。

 イリスは真っ赤になってふるふると首を横に振るものの、否定の言葉が思いつかない。それもそうだ。どうして最初に気付かなかったのか。

 

 王妃宮に入るのにクライストの家名を名乗りエアネストの後ろ盾をもらうということは、クライスト伯爵家がライゼル公爵家と親しい繋がりを持っているという事。そして、エアネストに令嬢の身柄を預けたということは、つまり、婚約を前提とした行儀見習い。王妃がそう判断するのは当然だ。

 

「ドロテアもルイーゼも彼を狙っていたから残念だと思うけど、イリスがお相手なら納得ね。イリス、エアネスト様は陛下以上にお仕事人間だから、しっかり甘えないと放っておかれてしまうわ。頑張るのよ」

 

 そう言って、王妃はうふふと楽しそうに笑う。

 

(違う……、違うのに!)

 

 ドロテア達の視線が痛い。

 

「今夜は陛下が来ると言っていたから、私からも頼んでおくわ。エアネスト様にイリスを連れ出してって言うようにね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 任せて、とウインクしてみせる王妃に、イリスは複雑な気持ちでお礼を言った。

 

 

     *****

 

 

 翌朝、イリスは厨房で手渡されたグラスと水差しを持って、王妃の寝室へと向かっていた。隣にはルイーゼが一緒にいる。

 昨夜はフリードリヒ国王が王妃のもとを訪れた。国王夫妻を起こして朝食をどうするか尋ねるのがイリス達の役割だ。


 今朝は王妃の指名でイリスにこの役目が与えられたが、普段は若い三人の侍女達が二人ずつで水差しを持って行くらしい。水差しの水は、手渡される前に毒味は済んでいる。

 だとすれば、この若い侍女達が——。

 

(毒が入れられるのは、この寝室までの間だけ)

 

 三人で交代だったら、三回のうち二回は毒が混入された可能性がある。三人ともが共謀しているとは思いたくないが。

 隣にいるルイーゼをちらりと見る。彼女は不機嫌そうに口をへの字にして、イリスの方を見る事なく前を向いて歩いていた。

 

「あの、ルイーゼ?」

「はあ?」

 

 呼びかけに、ルイーゼは緑の瞳に苛立ちを乗せてイリスを見る。イリスはびくっとなるが、ここで怖気付いていてはいけない。あえて不穏な空気に気付かないふりをしながら、ルイーゼに問いかける。

 

「いつもこうやって行くの?」

「何がよ」

「ルイーゼはこれ持たないの?」

 

 手に持ったトレイを目で示すと、ルイーゼはフンと鼻をそびやかした。

 

「どうして私が持たないといけないの。貴女が持ちなさいよ。私は陛下と王妃様にグラスをお渡しするのよ」

「ふーん……」

 

 イリスは少し考える。

 

「ねえ、ドロテアやゾフィーと一緒の時もそうなの?」

「ゾフィーは男爵の娘なんだから荷物持ちで当然でしょ。ドロテアなんて、朝は弱いからなんて言って毎回出て来ないわ。いっつも私とゾフィーに交代させているんだから」


 私は真面目なの、と言ってルイーゼは胸を張る。どうやら三人ではなく、ルイーゼとゾフィーの二人で毎回持って行っていたようだ。イリスは少し驚く。

 

「え、公爵夫人には?」

「バレないようにしているのよ。あの子は狡いから。王妃様の前では可愛こぶっているけど、高慢チキで性格悪いの。貴女、エアネスト様の婚約者なんでしょ? 隙を見せると虐められるわよ」

 

 どうやらドロテアとルイーゼの二人は仲が悪いらしい。こう言うところをみると、ルイーゼはイリスを虐めるつもりはないようだ。


「ドロテアとルイーゼは、宰相閣下が好きなの?」

「私はエアネスト様とお近付きになりたかったけど、お父様と彼とは派閥が違うから仕方ないわ。もともと諦めていたけど、正直貴女を見ると腹は立つわね」

 

 立ち止まったルイーゼにジロリと見られてイリスは竦む。その様子を見て、ルイーゼはふうと溜め息をついた。

 

「貴族の娘の恋なんて、思うようにはいかないわ。結婚も親の言う通りに従うだけ。貴女もザクルスから遠い異国のこの国にいきなり連れて来られて気の毒ね」

 

 そう言って、ルイーゼは少し表情を和らげる。一見華やかな生活を送る彼女にも、思うようにならない悩みがあるのだろう。実家を出てきたイリスにも、色々と共感できるところがある。


「陛下のように妻を大事にしてくれる夫を捕まえたいけど」


 そう小さく呟いたルイーゼに、イリスはついでにと聞いてみた。


「ゾフィーはドロテアと違って大人しそうね。顔も可愛いし、性格も優しそうだから男性にはモテるでしょうね。彼女は誰も虐めたりしないでしょ?」

「貴女、人を見る目ないわね。あの子も大概よ。確かに男性には人気があるわね。夜会で男に媚びるために、わざわざ目薬で目を大きく見せているんだから」

「目を大きく?」

「異国から取り寄せているらしいわ。目が潤んで見えて、綺麗に見えるんだって」


 なるほど、とイリスは頷いた。

 

「教えてくれてありがとう、ルイーゼ」

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