第27話 磨けば光る?
国王の依頼を引き受けた公爵夫人は、改めてイリスと向き合った。そして、まじまじとその男装を観察してから、今度はエアネストを振り返る。
「宰相閣下、彼女のお名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「イリス・フォン・クライストだ」
公爵夫人はそれを聞くなり、目玉が飛び出るのではと思うくらいに目をむいた。そして、飛び付かんばかりにイリスに迫る。頬に手をやって顔を覗き込み、そして魔術の実験で荒れた手を掴むと顔をしかめた。
「クライストといえばザクルス王国の伯爵家ではございませんか。その名家の令嬢が、どうしてそんな髪も眉もボサボサでいるのです! お肌の手入れは? え、してない? 爪も磨いていないなんてありえないわ……これは虐待では、閣下!」
「違うんだ、夫人。彼女は事情があって、長く家を出て異国に——」
「まあ、それでこんなに酷い状態に?」
公爵夫人の言葉にイリスはしゅんとなる。
(そんなに酷いかしら……)
ふと周囲を見ると男性陣が皆、落ち込むイリスを気の毒そうに見ていた。
一方で、公爵夫人はなぜかうきうきとしている。
「大丈夫です、わたくしにお任せくださいませ。母国にいらっしゃる御家族が、さすがフロイス王国だと驚かれるように教育させていただきますわ」
「いや、夫人、そこまで気合いを入れずに頼みたいのだが……」
エアネストの制止の言葉は、ヤル気に燃える彼女の耳にはまるで入っていないようだ。イリスの淑女にあるまじき姿に、夫人は余計な使命感に駆られてしまったらしい。
——目的が違う。
完璧な淑女になるために、侍女になると言ったわけではないのだが。
イリスは助けを求めて周囲を見るが、誰も彼女を止められないようだ。
フリードリヒが、『しまったな』と小さく呟いたのが聞こえる。エアネストはイリスにすまない、と言うように目を閉じた。
「素材はよろしいようですから、ぜひ期待をしていてくださいませ、閣下。陛下、また日が開かないうちに王妃宮へいらしてくださいね。では、イリス嬢をお預かりいたしますわ」
「え、もう?」
「王妃様の御前に出られるようにするには、準備にだいぶん時間がかかりそうですからね」
「準備とは……」
「さあ、行きますよ!」
あたふたとするイリスの腕を引っ張って、公爵夫人はいそいそと暇を告げて出て行った。
*****
「よくもまあ、女性がこんなにお手入れもせず、ほったらかしでいたものね」
イリスを王妃の宮殿まで連れてきた公爵夫人は、手を叩いてメイドを呼びつける。
「この男装のご令嬢を綺麗な淑女に仕上げてちょうだい」
夫人付きのメイド達は、お辞儀をするとイリスを奥へと案内した。
王妃宮は王の宮殿とは違い、女性らしく柔らかい装飾の施された柱や、白色を主にした色調の壁の建物だった。派手なものを好まない国王夫妻らしく、華美な装飾がなくシンプルで上品だ。
中へ入り使用人達が普段使う裏廊下を通ってイリスが連れてこられた場所は、夫人に与えられた私的な部屋のようだった。
「さて、まずは湯浴みからお願いね」
夫人に指示をされたメイド達が、さあさあと言いながらイリスを浴室へと押し込む。手際のよい彼女達によって、あれよあれよとひん剥かれたイリスは、ジャボンと浴槽に放り込まれてしまった。
「きっちり磨き上げるのよ」
「はい」
イリスは声もない。公爵夫人はなんて力強い女性なのかと圧倒されたままだ。
さすが、女官長。
テキパキと仕事が早い。
イリスが浴室にいる間に、夫人は衣装係のメイドに持って来させたドレスを見ながら、あれがいいこれの方がと話をしながら選んでいるような声が聞こえてくる。
一方、人に洗われるなど十年ぶりのイリスだが、呆然とされるがままになっていた。恥ずかしさもあるが、有無を言わさずてきぱきと仕事をこなすメイド達に抵抗できる隙はない。
絡んだ髪も丁寧にほどいて洗ってもらい、全身に香油をつけてマッサージされる。鏡の前で顔のうぶ毛を剃り、眉を整え、爪を磨き、髪をとかされ、終わったときにはもうぐったりしていた。
「あら、くせっ毛かと思っていたら、まっすぐな髪だったのね」
浴室から出てドレッサーの前に座らされたイリスを見て、ソファーでお茶を飲みながら待っていた夫人が驚いた声をあげる。
イリスの絡んでもしゃもしゃだった金髪は、香油のせいか艶々のストレートヘアになっていた。まだ目を覆う前髪はそのままなのを見て、眉をひそめた夫人はメイドに命じる。
「髪も切って整えるのよ」
髪を切ると言われて、ぼーっとしていたイリスはハッと我に返った。
「髪も切るのですか?」
「結う前に少し揃えなくてはね。王妃殿下付きの侍女は、家柄も良い選りすぐりの淑女ばかり。王妃様に失礼のないように、常に装いに気を配るのは当たり前のことです」
メイドが銀色に光るハサミを持ってくる。イリスは慌てて前髪を押さえた。
「お願いします。前髪だけはこのままで!」
「駄目に決まっているでしょう」
「ああっ!」
ジョッキン
はらはらと髪の束が床に落ちて、目の前を遮るものがなくなった。
ショックで固まるイリスには構わず、彼女達は主人の言う通りに毛先を整える。それがすむと夫人の見立てた淡いブルーのドレスを着せ、顔に粉をはたいて化粧をほどこす。
そして、全てがすむ頃にはイリスは口もきけないほど疲れ切っていた。
「完璧よ、貴女達。素晴らしい出来栄えだわ」
夫人は満足気に頷く。
ほとんど放心状態だったイリスは、夫人に肩を叩かれて気がつくと、目の前の鏡に映る自分を見た。
「私、こんな顔してましたっけ」
「何を馬鹿なことをおっしゃっているのです。さあ、これで準備は出来ました」




