第26話 今度は王妃宮に転職です
王妃宮へ行く——。
そう決意したイリスは、ルイスを振り返り尋ねた。
「ルイス様、王妃様付きの侍女の方々のお名前と出身家門を、全て教えていただけますか」
「王妃殿下の侍女は今は少なくて、夫人と令嬢を合わせて全部で六人だよ。アルニム伯爵夫人フリーデリケ様、ビューロー男爵夫人シャルロッテ様、ボルケ男爵夫人ヘンリエッテ様、ハイデンベルク伯爵令嬢ルイーゼ様、シュヴェリーン伯爵令嬢ドロテア様、マルヴィッツ男爵令嬢ゾフィー様だ。後で名簿を持ってこよう」
「いえ、必要ありません」
「ええ? 今ので覚えたのかい」
「はい」
平然と答えるイリスにルイスが舌を巻く。
イリスは六人の侍女の名前を指を折りながら復唱して眉をひそめた。聞き覚えのある家門がある。国王に謁見を求めて来ていた保守派の中央貴族だ。
「彼女達に不審な行動がないかを調べます。王妃様をお守りするには、それが一番良いでしょう。陛下が頻繁に王妃様をお訪ねくだされば、犯人が毒を盛ろうとする機会は増えます。より早く犯人はわかるでしょう」
イリスがそう口にした時、奥の部屋から国王とアロイスが出てくる。
「陛下、では僕は戻ります」
「ああ」
アロイスが急いで部屋を退出するのを見送り、フリードリヒは再び椅子に座った。
「さて、声が漏れ聞こえていたが、イリスが王妃の宮殿を調べることになったのか?」
興味深々といったふうに身を乗り出している彼に、エアネストが渋い顔をする。他人事のように飄々とした国王の様子を見て、何を呑気に、と呆れているようだ。
「陛下、貴方が狙われているのですよ」
「いまに始まったことではない。王妃が面倒ごとに巻き込まれるのは俺も困る。なるべく早く犯人を捕まえてくれ」
「その為の策をこれから考えるのです」
エアネストがイリスを振り返る。
「イリス、本当に君が王妃の侍女達を探るのか?」
「はい。王妃宮で警戒されずに動けるのは女性だけです。小姓に化けたように、今度は私がメイドになって……」
下働きのメイドであれば、仕事をするふりをしながら彼女達を探ることもできるだろう。そうイリスは考えたのだが、そこで思わぬ待ったが入った。
「メイドよりもっと手軽に調べられる職がある。ルイス、シューレンブルク公爵夫人を呼んできてくれ」
「かしこまりました、陛下」
ルイスがサッと姿勢を正して返事をすると、急いで部屋を出ていく。
「シューレンブルク公爵夫人?」
イリスはその夫人が誰のことやらわからずきょとんとする。エアネストが怪訝な顔をしてフリードリヒに尋ねた。
「もしや、イリスを王妃殿下に?」
「ああ、コソコソ探るよりその方が手っ取り早いだろう。お前が後見人になれ」
「ですが、侍女達に直接会わせるのは……」
「なんだ、心配なのか。王妃にも教えずに探るのだろう? ならば、俺が度々行って様子をみてやる」
エアネストはあまり気がすすまない様子だったが、仕方ないと呟きイリスに説明した。
「シューレンブルク公爵夫人は王妃宮の宮廷女官長だ。王妃の宮殿の全てを管理していて、王妃の腹心であり侍女達の上司にあたる」
「その方を呼び出して取り調べるのですか?」
「いや、陛下は君の身柄を預けるつもりのようだ」
「?」
まだ飲み込めていないイリスに向けて、フリードリヒがにっこりと笑みを浮かべて伝える。
「イリス、君は王妃の侍女として宮殿に入るのだよ」
「侍女ですか!」
ギョッとするイリスに、エアネストもなだめるように話をした。
「君はもともとクライスト伯爵家の令嬢だし、何の問題もないだろう。ザクルス王国からしばらく行儀見習いで来たと言えば皆納得するだろうし、私のツテと言えば誰も文句は言わない。王妃の周囲を探ってくれ」
「で、できるかどうか不安ですが、承知いたしました」
「安心しろ。公爵夫人が困らないようにしてくれるはずだ」
フリードリヒもそう保証する。イリスはそれでも不安に思ったが、言い出したのは自分だ。今更やらないとは言えない。
そう話をしているうちに、ルイスがきりりとしたいかにも貴族という風情の女性を連れて帰って来た。
これが公爵夫人だろう。歳の頃は四十ほど。美しい亜麻色の髪を結い上げて、化粧は上品な薄化粧。隠す必要がないほど、肌はまだ少女のように美しく滑らかだ。キュッと腰の絞られた淡いクリーム色のドレスを着こなしている様子は、まるで清らかな百合が咲くようである。
部屋へ入った彼女は、非の打ち所がないカーテシーで国王に挨拶する。フリードリヒは微笑みをたたえたまま公爵夫人を出迎えた。
「よく来てくれた、公爵夫人」
「陛下がお呼びと聞き、急いで参りました」
「早速だが、貴女に頼みがあって呼んだのだ。そこにいる小姓を、しばらく王妃の侍女として預かって欲しい」
「小姓……をですか」
さすが宮廷女官長。
男の姿をしたイリスをちらりと見るが、動揺は見せずに国王に向かう。
「あの方を王妃様の侍女に、とは、どういう事情がおありなのでしょうか」
「彼女はあんな格好をしているが、他国の令嬢でね。あまりに淑女らしくないことを父君が心配して、宰相に相談してきたのだそうだ。自国では恥ずかしいので、フロイス王国で行儀見習いさせて欲しいらしい」
公爵夫人は『確かに』と頷いた。それはイリスの姿が恥ずかしいということを認めたのだろう。小姓姿はやりたくてしているわけではないのだけれどと、ちょっとだけイリスは傷つく。
「なに、短期間だけだ。王妃と侍女達は我が国の自慢の華。是非とも彼女に見せてあげたい。そして、彼女を最高の淑女にしてやってくれないか」
「承知いたしました。おまかせくださいませ」
にっこりと笑みを浮かべて、公爵夫人は国王の頼みを快諾した。




