第25話 犯人の手掛かり
フリードリヒに断りを入れて退出し、イリスは急いで宰相の執務室へと向かった。部屋の扉をノックすると、既に彼も出勤しているようで返事が聞こえる。イリスは中へ飛び込むように入って、エアネストに報告した。
「閣下、陛下に毒の反応がありました!」
エアネストはイリスの報告に目を見開き、そしてすぐに厳しい顔付きに変わる。
「なぜ毒だと?」
「申し訳ありません。陛下に掛けていた魔法は、実は解毒の為のものでした」
イリスは両手を胸の前で組み、深く頭を下げる。
「最初に陛下を治療したアロイスが、陛下の体調不良は毒を盛られているせいだと気付いたのです。あの魔法は毒に反応すると輝くように作られていました」
「なぜすぐに報告しなかった」
「魔術師長の判断です。誰が陛下を狙ったのかが判明しない間は、危険なので魔術師のみで調べていました」
「そうか……、わかった。すぐに陛下のところへ向かう」
エアネストはそれ以上は追求せず、身をひるがえして部屋を出て行こうとした。彼は国王の容体の確認を優先するつもりのようだ。イリスは顔を上げ、彼の背に向けて尋ねる。
「あの! アロイスを呼んできてもよろしいでしょうか。彼は毒物のスペシャリストです」
「ああ、出来るだけ早く」
「はい!」
宰相の執務室を出たイリスは、魔術師の研究室がある棟へ走る。すれ違った先輩の魔術師がイリスの小姓姿に驚いて振り返るが、今は相手をしている暇はない。廊下を駆け抜けてアロイスの部屋の前まで走った。
「アロイス、来てる?」
返事を待つのももどかしく思いながら、イリスはどんどんと扉を叩く。すると、中からがちゃりと扉が開いて、眠そうなアロイスが顔を出した。また研究室で泊まっていたのだろう、寝癖のついた頭をかきながらあくびをする。
「やあ、おはよう、イリス。久しぶりだね。なんなの、その格好?」
「説明している場合じゃないの。アロイス、陛下がまた毒を盛られたわ」
「なんだって?」
アロイスは眠気が一気に吹っ飛んだようだ。目をぱちくりさせて、すぐに真面目な顔に戻る。
「イリス、すぐに陛下に会えるかい? 毒のサンプルを取りたい」
「解毒したのに取れるの?」
「あの魔法は血液中の毒を消して症状を抑えるものなんだ。代謝されて糞便中や尿中にあるものは残る。もともとアルカロイドは体内に入ると数日で消えてしまうから、早くサンプルを採取しないといけない」
毒の特定にはたくさんの試料が欲しい。アロイスがそう言っていたのを思い出す。
「ちょうどいいわ。私も貴方を連れに来たのよ」
行きましょう、と声を掛けて二人は宮殿へと向かった。
イリス達が国王の執務室へと着くと、そこにはフリードリヒとエアネストの他に、侍従長のルイスの姿もあった。ヴィルヘルム大佐も扉の横に影のように立っている。
革張りの椅子に腰掛けたフリードリヒは、顔色は戻っているのものの表情は強張っていた。エアネストはいつもの冷静な無表情だが、内心は穏やかではないはずだ。ルイスも無言で重い空気を漂わせている。
「陛下、閣下、アロイスを連れて来ました」
イリスがアロイスを連れて入ると、二人はそろって頷く。アロイスが急いたように口を開いた。
「申し訳ありません、陛下。お身体に残る毒の検体を取らせていただけますでしょうか」
「ああ、わかった」
フリードリヒはアロイスの言葉に立ち上がる。そのまま彼はアロイスと連れ立って、隣の寝室の方へ姿を消した。
「いくら陛下の周囲を探しても毒が出ないはずだ」
二人が隣へ消えるのを見送りながら、エアネストが低い声で呟く。
「閣下も毒が原因だと疑っていらしたのですか?」
イリスが尋ねると、エアネストは離れた所に立っている侍従長の方を目で示した。
「初めはルイスが陛下は毒を盛られているのではないかと言ってきたのだ。夢の中でそう言われたと。やけに鮮明な夢だったので、神の啓示ではないかと心配に思ったらしい」
なるほど、とイリスは思う。
夢の中でイリスが尋問した時の事を、ルイスは覚えていたのだろう。それで気になってエアネストに相談したらしい。
「毒を入れられるような人物と接触した覚えはないと陛下は否定されていたが、私もあの体調不良はなんらかの薬物が原因ではないかと疑っていた」
「それで私に護衛の依頼を……」
「ルイスには部下も多い。常に陛下のそばにはついていられない。小姓ならいつもそばにいられるので、魔法が使える君に頼んだのだ。黙っていたのは悪かったが、確証のないことを口には出来なかった。だが、まさか王妃経由だったとはな」
エアネストの説明に、イリスは改めて彼の真意を悟る。誰よりも彼は国王の事を考えていた。フリードリヒが彼を信頼していたように、エアネストもまた、自身の王の為に最善を尽くしていたのだ。
ヴィルヘルム大佐が重々しくエアネストに尋ねる。
「閣下、王妃の宮殿を調べますか」
「いや、まさか王妃自身の仕業ではあるまい。彼女の周囲にいる者の企みだろうが、ただ……」
エアネストは口籠る。ルイスが後を継ぐように大佐に告げた。
「王妃の宮殿の使用人達は、全て王妃殿下の管轄。いくら国王でも勝手に手を出す事は許されません」
「侍女達は高位貴族の出身の者ばかりだ。ただ取り調べると言っても納得はするまい。下手をすれば王妃が責任を問われることになる」
「陛下はいつ毒を盛られたのかおっしゃっていませんでしたか?」
イリスが問うと、エアネストはああ、と頷く。
「王妃と共に過ごされた翌朝に、いつも寝室に来る侍女から水をもらうらしい。おそらく、その水に毒を混入しているのではないかと言っていた」
「なるほど……」
最も怪しいのは、その寝室担当の侍女という事だ。しかし、彼女は水差しとグラスを運んだだけだというかもしれない。
「証拠が欲しいですね」
「せめて毒の種類がわかれば、入手経路を探れるのだが」
アロイスが国王から採取した試料をもとに、毒の特定をするのを待ってから調べるという手もある。しかし、今回毒を盛られても王がぴんぴんしているのを相手が知れば、不審に思うかもしれない。国王にしばらく寝込んだふりをしてもらっても良いが、彼にはなすべき仕事が多く、そう長くは休めない。
ならば——。
イリスは決心した。
「私が、王妃宮へ参ります」




