第24話 盟友
翌日、イリスが国王の部屋へ行くと、彼は既に戻って着替えも済ませ執務室に出てきていた。革張りの肘掛け椅子に腰掛け、書類に目を通している。
昨夜はゆっくり王妃と語り合えたのだろうか。どことなく機嫌が良さそうな様子に、イリスは夫婦仲の良さを感じる。
「王妃様はいかがでしたか」
「ああ、相変わらず美しくて癒されたよ。だが、このところ王妃宮に行けていなかったことに文句を言われた。公務のし過ぎだと」
にこにこと王妃を褒めるのを聞いて、イリスは少し羨ましくなった。王妃とは直接会ったことはないが、きっと優しい性格をしているのだろう。
ルイスから手渡された今日の予定表を確認しながら、イリスはふふふと笑う。
「宰相閣下にお伝えいたしましょうか」
「いや、あいつに言っても無駄だ。毎日仕事を山のように積み上げてくれる」
ふう、と溜め息を吐いてみせるフリードリヒに、イリスも『ですよね』と笑った。しかし、意外と彼もげんなりとはしていない。案外、国王自身も仕事が好きなのかもしれない。
「そういえば宮廷のメイド達が話をしていました。陛下が地方の税制を改革されて、庶民の生活が良くなったそうです」
「ああ、それか」
イリスがそう伝えると、彼はくすりと笑う。
「それはエアネストが行った事だ。私の名前を使って政令を出してはいるが、あいつの提案だよ」
「え、そうなのですか。てっきり陛下が考えられたものかと」
「私も一緒に考えてはいるが、即位後に行って成功した改革の大半はあいつの功績だな」
イリスは驚いて、予定表の紙をめくる手を止めた。
「知りませんでした」
「あいつは自分が目立つのを嫌うのだ」
どうやら彼は、イリスに従兄弟について教えておこうと思ったらしい。他にもあるのだよ、と言って語る。
「国内の問題に魔術師の力を借りると言い出したのも、エアネストだ。首都は街の整備も進んで発展してきているが、地方の農村部ではいまだ百年前のような昔の生活を送っている。だが、君達の研究のおかげで、国民の生活も少しずつ変わってきているようだ」
「そうだったのですか……」
「思うようにしてくれとエアネストには言ってある。俺はあいつが動きやすいように、反対派の貴族連中の文句をはねのける役目をしているだけだ。君を俺につけたのは、反発の矢面に立つ俺を守るつもりなのだろう。ルイスが常にそばで目を光らせてくれてはいるが、奴等はどんな手段をとって狙ってくるか分からないからな」
エアネストが警戒していたのは、反改革派の貴族——。
そこまで聞いて、ようやくイリスは腑に落ちた。やはり彼は国王の毒殺未遂の犯人ではないのだ。
「君は魔塔でも指折りの魔術師なのだろう? 可愛らしい女性だが、恐ろしい闇魔法の使い手だとエアネストから聞いている」
片目をつむって見せると、フリードリヒははっきりと言い切った。
「彼は俺の片腕だ。信頼していい。あいつが俺を狙う事は絶対にない」
「陛下は……、私が宰相閣下を疑っている事をご存知だったのですね」
「だって君は、あいつの前ではいつも怯えているじゃないか」
さすが、国王。
人を見る観察眼の鋭さにイリスは舌を巻く。
「あいつは仕事の鬼で女性を近付けないだろう? 君を連れてきた時には驚いた」
「どうして普段は冷たくしているんですか?」
「特に冷たくしているつもりはないようなのだが、いつもあの仏頂面だ。本人はどうして令嬢たちに怖がられるのか、全くわかっていないみたいだな」
「意外と天然でアレなんですか」
「そうだぞ。人気があるのが嫉ましいから、あいつには教えてやらないが」
なるほど、いろんな謎が解けた。
実際にエアネストの下で仕事をしてみるとわかる。彼は決して冷酷ではない。ただ不器用なだけで、あの容姿のせいで誤解されているのだろう。
さて、とフリードリヒは立ち上がった。
「そろそろ朝食に行こうか」
「はい。もう準備は整っている時間です」
懐中時計を確認して、イリスも頷く。
フリードリヒはイリスが開いた扉へ向けて歩き出したが、足をふらつかせたかと思うとまた座り込んだ。
「大丈夫ですか、陛下!」
「少しめまいがしただけだ。王妃の部屋を訪ねたのが久しぶりで、少し疲れているのかもしれない」
少し顔色が悪い。
彼を助けおこしながら、イリスはハッとする。
まさか、いや、しかし——。
「そういえば昨夜は魔法を掛けていませんでした。疲労をとるいつもの魔法を掛けさせていただきますね」
イリスはなんでもないふりをしてポケットから杖を取り出すと、床に素早く魔法陣を描く。
「陛下、どうぞこちらへ」
フリードリヒが魔法陣の上に立つと、イリスは呪を唱えた。
(どうか、杞憂であって!)
魔法陣が緑色に薄く輝き、光の蔦が立ち上る。蔦はフリードリヒを包み込んで、淡い紅色の花を咲かせた。蓮の花のように幾重にも重なる花びらが、散ることなく強い光を放ち紅く輝く。
イリスは目を見開いた。
国王の身体から透明な何かが花に吸い込まれ、それが消えた瞬間、魔法陣が弾けて霧散する。
「なんだ? いつもと違うようだが」
不思議そうに尋ねるフリードリヒに、イリスは唇を震わせて答えた。
「陛下——、毒物が検出されました」




