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宮廷魔術師の転職事情  作者: 藤夜


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第22話 国王の役目

 イリスが国王の小姓になって数日が経った。

 宮廷で国王のスケジュールを管理し、来客の応対をするのは侍従の仕事で、小姓はその見習いである。来客を案内したり、書類を届けたりという小間使い的な仕事はあるが、新入りのイリスにできる仕事はほとんどない。

 ルイスに指示されたのはせいぜい国王の荷物持ちくらいで、フリードリヒの後ろにくっついているだけだ。


 今日も国王のもとには、貴族たちが謁見を求めてやって来ていた。そして、その大半は即位以来国王が行っている改革についての陳情だ。


「陛下、平民出身の者を採用するなど正気でございますか!」

「ああ、そうだ。地方では裁判官の質も数も足りていない。下級の裁判所では法学を学んでいない裁判官がいるうえに、裁判が遅延しているというではないか」


 なだめるでもなく淡々と返答するフリードリヒに、中央貴族らしい伯爵が顔をしかめながら声を荒げる。


「それでも、いくら大学(アカデミー)を卒業したとはいえ、平民を高等裁判官に採用するなどありえませんぞ」

「今、国内では裁判官の質に差がありすぎる。裁判官によって判決が変わるのでは、法の意味がないだろう。貴族も平民も関係なく、優秀な人材なら登用するのは国家の利益だ」

「しかし……」


 フリードリヒは静かに、だが強い態度を崩さない。


「地方の村でも平民の子供が通える学校の整備がようやく進んできたところだ。お前達も自分の領地で積極的に雇用を広げてくれ」

「そんなことをすれば、彼等がつけあがるだけです」

「大丈夫だ。能力にあった待遇を与えてやれば、むしろ嬉々としてお前達に忠誠を誓うだろう。労働に励めば生活が良くなると知れば、よく働くようになる。領地も発展するはずだ」

「そんなものは理想論です」

「理想が実現するように動いている」


(毎日毎日、大変だわ)

 

 国王の椅子の背後に控えて立っているイリスは、隠れて溜め息を吐いた。

 こんな文句を毎日聞いて、大量の訴状に目を通し、各省からの報告を聞いて、送られてくる文書を読み、フリードリヒには全く休む暇もない。

 

 エアネストには毎日訪問者との様子を報告しているが、彼は頷くだけで何も言わなかった。それが王の役割だと思っているのだろう。

 

 確かに国王には敵が多い。これまでライナーの言うようにエアネストが一番怪しいと思っていたが、それどころではなく怪しい人間ばかりである。

 国王の改革は旧王政の保守的な考えを持つ中央貴族と、庶民の負担を軽くした税制や貴族だからと優遇を受けていた特権を脅かされることに危機感を持つ地方貴族と、両方から反発を受けているらしい。

 国王に賛同する改革派の貴族の方が少なそうだ。それでも王権が揺らがないのは、大臣や顧問官などの側近達がよほど有能なのだろう。

 

(今日はシュヴェリーン伯爵とヘルツベルク殿、昨日はシュトイベン大尉、一昨日はハイデンベルク伯爵とオステン殿、その前はシューレンブルク公爵にヴィンターフェルト殿、その前は——、ああ、覚えておくのも大変!)

 

 旧態然とした貴族達は国王の改革についていけず、自分達の権利が削られるのではないかと恐れている。彼等は入れかわり立ちかわり、国王に忠言という名の不満を言いにくるのだ。

 これでは誰が犯人だとしてもおかしくない。

 

 謁見室から来客が退室するのを見送ったあと、フリードリヒ国王は大きく息を吐いた。

 

「陛下、ご無理をなさいませんよう」

 

 イリスは疲れた様子のフリードリヒに声を掛ける。


「ああ、心配いらない」


 彼は首を横に振るが、顔色が悪く明らかに消耗して見えた。

 イリスは解毒魔法ではなく、本当に疲労回復魔法を作ろうかしらと考える。浄化や治癒の得意な水の精霊魔法でならできそうだ。

 

「部屋に戻って休まれますか?」

「いや……」

 

 フリードリヒは少し考えると、イリスに向けて照れたような笑みを見せた。

 

「このところ忙しくて王妃に会えていないのだ。あんまり放っておくと拗ねられてしまう。今日は王妃の宮殿へ行く」

「承知いたしました。お伝えしてきます」

 

 ととと、と小走りで謁見室の入り口に立っている侍従の一人に伝える。侍従は頷いて部屋を出て行った。

 きっと王妃のところへ伝えに行ったのだろう。

 フリードリヒの妻は現在クリスティーネ王妃ただ一人。側妃も愛人も彼は作らず、王妃だけを深く愛していると有名だった。

 

 残っている侍従がルイスが来たことを国王に伝えると、彼は椅子から立ち上がる。

 

「イリオン、ルイスが来たから君は戻るといい。エアネストに今夜は不在だと伝えてくれ」

「かしこまりました」

 

 フリードリヒはルイスと連れ立って謁見室を出て行った。

 お辞儀で彼を見送ったイリスが顔を上げると、もう謁見室の中には自分だけしか残っていない。

 

「国王なんてなるものじゃないわね。毒殺されなくても早死にしそうよ。大好きな奥さんにもろくに会えないなんて」

 

 イリスはカツラをはずしてわしわしと頭をかいた。

 

「それにしてもカツラって蒸れるわ。よくこんなのみんな被るわね。ハゲそう」

 

 ぶつぶつと独り言を言いながら、仕方なくまた頭にのせる。

 そして、イリスはエアネストに本日の出来事を報告するべく謁見室を出て行った。

 

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