第21話 小姓に転職します
脱げと言われて、イリスは仰天する。
「こ、こ、ここでですか?」
震える手でローブの襟元をつかんだまま、イリスは固まった。
ここは彼の執務室。整然と整理された壁の本棚に、書類の積み上げられた棚と、インク壷の乗った重厚な造りの書斎机。隅に来客用の椅子が二脚あるだけで、無駄なものは何もない。こんなところで下着まで脱がせて、一体なにをされるのか。
イリスが動揺しているのを見て、エアネストは『あ……』と気がついたように手を挙げた。
「すまない。女性に向けて誤解をうむことを言ってしまった。慣れていないので許してくれ」
しまった、というふうに額を手で押さえる。彼は意外にも狼狽しているようだった。
「君はこれからしばらく、魔術師ではなく陛下付きの小姓として働く事になる。君のサポートをする侍従長を呼んでいるので、彼と一緒に服のサイズを合わせてくれ」
「服……」
「その格好では魔術師の君だと丸わかりだ。小姓の制服に着替えてもらう」
あ、なんだ。そういうことね、とイリスは胸を撫で下ろす。
しかし、小姓として、と言われて今度は不安になった。宮廷の小姓はだいたい十代までの少年が務めている。イリスはとうに二十歳を過ぎた女性だ。
「閣下、私は一応女なのですが」
「わかっているが、国王のそばに護衛とはいえ女性をつけるわけにはいかない。王妃にあらぬ疑いを持たれると困る」
では自分でない方が良かったではないか。イリスはそう思うが口には出せない。
「大丈夫だ。君は華奢だからカツラを被って男装すれば少年に見えるだろう。それに、そう長い期間にはならないはずだ」
そう説明されて、イリスは頷く。
(大丈夫かしら)
いくら細くても、女性と男性では骨格が違うと思うのだが。これは中に着込む下着でなんとか調整するしかないな、と考える。いざとなれば闇魔法で幻覚を見せても良いだろう。
闇の精霊は人間の精神を操ることが得意なのだ。その割に、悪用しそうな人間には従わない。この辺が扱える魔術師が少ない理由でもある。
そんな事を考えていると、執務室に侍従長のルイスがやってきた。
福々しい彼を見た途端、イリスは夢の中での彼のお尻を思い出し赤面する。
(夢! 夢なんだから、思い出しちゃ駄目よ。可哀想だから!)
人には誰しも隠したい事があるものだ。あんなもの彼も知られたくはなかっただろう。ライナーに報告してしまった事に罪悪感を覚えて、イリスは心の中で謝った。
彼は本日は当たり前ながら、至極真面目な侍従長の品格を醸している。
「エアネスト閣下、彼女を連れて行ってよろしいですか?」
ルイスはあらかじめイリスの事を知らされていたらしい。
エアネストが頷くのを見て、ルイスはイリスへ向き直る。
「イリス、では服を渡すから一緒においで」
「はい」
ルイスに誘われて執務室を出て、イリスは彼の後ろについて行った。
扉を閉める時に振り返って見たエアネストが、なぜか複雑そうな表情をしていたのが気になる。
「ルイス様、宰相閣下はなぜ私にこんな役目を……。陛下の小姓はそんなに危険なのですか?」
問われたルイスは横目でイリスを見ると、うーむと難しい顔をして唸った。
「僕以外の陛下に近付ける人間を、閣下は一旦全て疑う事にしたのだよ。君は外部の人間だし、魔法が使えるから陛下を守れるだろう?」
「疑う?」
「陛下は素晴らしい方だが、その分だけ利権をあさる奴等には目障りに思われやすい。ちゃんと陛下を見張っているんだよ」
人差し指を立て、イリスに言い聞かせるようにいう。
「わかりました」
イリスは頷いたものの、なんとなく腑に落ちない。侍従達ですら疑うとはどういう事だろう。しかし、口の固いルイスにはこれ以上尋ねても教えてはくれなさそうだ。
ルイスに連れられたイリスは、宮殿にある侍従達の部屋についた。薄い水色のジュストコールに膝丈ズボンの小姓の服に着替えたイリスは、鏡で自分の姿を見て納得する。
胸は下着の上にベストを入れて押さえ、シャツとジレまで着込んでしまうとわからない。ジュストコールは丈が長く、ピッタリしたズボンでも腰回りが隠れる。頭に小さなカツラを乗せれば、小柄な若い小姓が出来上がった。
それからイリスは、ルイスと共に国王の部屋に向かう。勤務は明日からだが、一応挨拶をしておきなさいとの彼の指示だ。
「イリス、その前髪どうにかならないかい?」
カツラの下の髪は一つに纏めているが、目を隠す前髪はそのままだ。
「このままでいさせてください。前髪をあげると、多分人と喋れなくなると思います……」
「うーん、何かトラウマがあるのなら仕方ないけど」
「ありがとうございます!」
無理矢理了承してもらって、イリスはほっと胸を撫で下ろす。
ルイスは首を捻りながらも納得してくれたようだった。
国王の執務室の前に着いた二人は、扉を叩き中へ入る。部屋の中では、フリードリヒが椅子に座って、ペンを片手に書類を読んでいた。難しげな顔をしていた彼は、二人を見ると顔を上げる。
「陛下、『彼』は魔術師のイリスです。この姿で陛下の護衛をするようになりました」
「ああ、例の件で……。わかった」
ルイスの言葉に、フリードリヒは頷く。
「イリス、——ああ、イリスと呼んではいけないな。どう呼ぶことにしたんだ?」
「イリオン、とお呼びください」
「良い名だ。わかった」
「明日からよろしくお願いします」
「ああ、頼む」
イリスが深くお辞儀をすると、フリードリヒはそれに応えるように薄く微笑んだ。
「それでは失礼いたします」
ルイスに促されてイリスは国王の部屋を出る。
「宮殿に小姓としての君の部屋を用意しているから、着替えて家から必要なものを持ってくるんだよ」
「わかりました」
「今日はゆっくりしておきなさい。明日から朝が早いからね」
「ありがとうございます」
世話焼きなルイスの言葉に、イリスはライナーのとんでもない破戒上司ぶりを思い出しながら、にっこり笑って礼を言った。




