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宮廷魔術師の転職事情  作者: 藤夜


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第20話 宰相の思惑

 ライナーに言われたとおり、その日の午後、イリスはエアネストの執務室へ向かった。準備ができたら、と言っていたが、何も思いつくものがなく身一つだ。

 一体、彼はなぜイリスを呼びつけるのか。攻撃魔法が必要というところが、なんとも不穏で向かう足が遅くなる。

 

 やっぱり解毒魔法を掛けた時、彼が同席していたのがまずかったのだ。イリスの名前を聞き出して過去の経歴を調べるとは、何か目をつけられたに違いない。

 不眠治療も拒否するあたり、どうにも彼が怪しく思えてくる。

 

 そんなことを考えながら長い廊下を歩いているうちに、宰相の執務室に着いてしまった。国王の宮殿とは別棟の、官僚達が集まる官庁の最上階にそれはある。

 流れる波のような飾り彫の縁取りが施された扉の前に立ち、イリスは大きく深呼吸した。

 

 危なくなったら逃げろとは言われたが、正式に部署の長に依頼してきているのだから、いきなり危険な事にはならないだろう。

 イリスは自分にそう言い聞かせて、扉をノックする。

 

「誰だ」

 

 中から氷のように静かな声で返答があった。

 

「魔術師長に言われてきました。宮廷魔術師のイリスです」

「ああ、入ってくれ」

 

 イリスは扉をゆっくりと開く。

 

 中に入り頭を深く下げると、部屋の奥の方で椅子から立ち上がる音がした。

 顔を上げると端正なエアネストの顔が見え、イリスは胸がどきりとして前髪の下で目を伏せる。彼は一人でイリスを待っていたようだった。

 淡々とした事務的な声色で、迎え入れたイリスに軽く挨拶をする。

 

「はじめましてではないが、一応自己紹介しておこう。私が宰相のエアネスト・フォン・ライゼルだ。イリス・フォン・クライスト、依頼を受けてくれて感謝する」

 

 それを聞いたイリスは内心ぎょっとした。

 十年前に魔塔に入って以来帰っていない、イリスの実家の名前まで調べてあるとは。

 クライスト家はフロイス王国からは少し遠いザクルス王国の伯爵家である。両親も兄も健在だが、貴族の家は面倒が多くイリスは実家に戻るつもりがない。なので魔術師学校でも家名を名乗らず、ただのイリスで通していたはずなのに。

 

 どこまで調べてあるのだろう。

 彼の情報収集力に怖さを感じながら、イリスは『はい』とだけ答える。

 

「君の高い能力を私に貸して欲しい。本日からしばらくの間、君の上司は私になる」

「承知しました」

 

 イリスの返答にエアネストは微笑を浮かべた。

 ほんの一瞬のわずかな間ではあったが、夢の中で見た彼の艶やかな表情を思い出し赤面する。

 

(鑑賞するぶんにはいいけど、彼は油断できないわ)


 急いでイリスは自分を諌(いさ)めた。

 あの優しい彼は夢の中だけのもの。この目の前の宰相は、自分達を陥れるかもしれない容疑者だ。

 

「それで、私は一体何をすればよいのでしょう」

 

 攻撃魔法を必要とする仕事。きっとそれなりに危険なものであるに違いない。

 気を引き締めるイリスに、エアネストは意外な言葉を口にした。

 

「君にはフリードリヒ陛下の護衛を頼みたい」

「護衛、ですか」

「魔術師長からの要望通り、危険手当もはずもう。君は明日の朝から、陛下の私室に出勤するように。しばらくの間、宮廷に泊まってもらうようになる。今日はその準備に充てて欲しい」

「では、陛下の治療も毎日私が行うのでよいでしょうか」

「治療、か……」

 

 イリスの質問に、エアネストは少し考える素振りを見せる。


「いくら疲労を取ろうが無駄だと思うが、やりたいならすれば良い」

「?」

「それよりも陛下に近付く者がいないかを監視するように。国王の周囲に少しでも怪しい変化があれば、すぐに私に報告して欲しい」

「どういう事でしょう」

 

 思わず口にして、イリスはハッと口を手で押さえた。

 エアネストは国王の命を狙っているのではなかったのだろうか。イリスがそう疑って発した言葉を、幸いなことに彼は国王が狙われていることを彼女が不思議に思っていると受けとったようだ。

 

「陛下には敵が多い。誰がどんな話をしにきたかを、そばに控えて聞いておくように」

 

 なるほど、とイリスは気がついた。

 要は自分は国王のもとに送り込まれる間諜《スパイ》なのだ。国王の行動を探るために雇われたに違いない。

 エアネストは魔法で治療を行っている魔術師を護衛にすれば、国王が疑いを持つことはないと考えたのだろう。

 

(さすが切れ者と言われるだけあるわ)

 

 心の中で感心しながら、イリスはエアネストを見つめた。

 政敵との会話を掴めれば一網打尽、国王亡き後の宮廷の掌握も簡単だろう。やはり怖いくらいに頭がまわる人だ。

 

「この指示で理解できただろうか」

「はい」

 

 エアネストの確認に、イリスは頷いて答えた。

 その様子を満足そうに見て、エアネストはイリスに伝える。

 

「さて、それでは準備に取り掛かろう」

「準備……、ですか?」

 

 一体何の準備が必要なのだろう。

 護衛というからには、ナイフなどの武器でもくれるのだろうか。それとも会話を記録するような魔道具でも渡されるのか。

 イリスが構えていると、エアネストは真面目な顔でイリスに指示をした。

 

「まずはその宮廷魔術師のローブを脱いでくれ」

「はい?」

 

 長衣(ローブ)を脱ぐ——。

 一瞬、言われたことがわからず、イリスは固まった。

 三秒ほど考えてから、やはり意味が分からず首を傾げる。

 

「あのう……、制服を脱いだら下着だけになってしまうのですが」

「全部脱ぐんだ。中の下着もな」

「えええ!」

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