第19話 生贄にされました
イリスは愕然としながらライナーに尋ねる。
「エアネスト宰相がどうして私を……?」
「解毒魔法を掛けた時、国王のところに宰相が一緒にいたのだろう? 奴はお前の事を調べていたぞ。魔術師学校でのこともな」
「私の事を?」
ああ、と言ってライナーは頷いた。
「なんでも攻撃魔法が得意な魔術師が必要らしい」
「それでなんで私の名前があがるんです。もっと、火とか風とかの精霊を使える人がいるでしょう」
戦いにおいて重宝されるのは、使いやすい火や風の精霊と相性の良い魔術師だ。彼等は戦場で後方からでも敵を攻撃できると、どの国でも引く手数多だ。
イリスがそう抗議すると、ライナーはふんと鼻を鳴らした。黒髪をかきあげ、灰色の瞳で焦る部下を見据える。
「『闇のイリス』。魔塔の関係者の間でも一時噂になっていたぞ。新しい闇の精霊の使い手が、これまでとはレベル違いの魔法陣を生み出したと」
イリスはぐっと声を詰まらせた。
彼女の得意な闇の精霊魔法。それは他の魔術師はあまり使えない珍しいものだ。
魔術師学校でイリスは研究三昧の日々を送っていた。闇と水以外の精霊とはあまり仲良くなれなかったため、イリスは特にその二つの魔法に力を入れて学んでいた。
そこでちょっと興味が過ぎて、魔塔の書庫で見つけた魔導書をいじくっていたら、危ない魔法陣が出来てしまっただけのこと。その魔法陣を初めて発動させた時、学校中が大騒ぎになってしまったのを、魔塔の長のマーリンが慌てて鎮めてくれたのだ。
アロイスももちろんその事は知っていた。彼は何も言えない、といったふうに無言でイリスをみつめている。
「うちは基本、攻撃系は使わないから皆苦手でな。主席をとったその力を使わないとは勿体ない」
「私は平和主義なんです」
戦争なんてもってのほか。
イリスは穏やかな生活を送りたいのだ。のんびり研究をして、生活の役にたつ魔法を開発して、皆に感謝されながら老後を過ごす。そんな未来を思い描いているのだ。
ぶんぶんと首を横に振って拒否するイリスに、ライナーは諦めろと言う。
「国王に魔法を掛けさせろと言ったら、お前なら出来るだろうと言われた。奴にとっては一石二鳥らしい。なぜ魔術師を欲しがるのかわからないが、国王を狙ってのことかもしれん。お前が行って阻止しろ」
「私がですか? 何をさせられるかもわからないのに!」
悲鳴をあげるイリスを見て、それまで黙って聞いていたアロイスが口を挟んだ。
「ライナー様、これはさすがにイリスが可哀想です。どうにか断る事は出来ないのですか?」
「上からの命令だ。悪いが私の力では断る事はできん」
ライナーは溜め息を吐くと、覚悟を決めろとイリスを睨む。
「お前は魔塔の主席卒業者だろう。なんでうちに就職したのかは知らんが、お前なら何があっても死にはせん」
「そんな無茶苦茶な! 私だって死ぬ時は死にます」
「そうなりそうな時は頑張って逃げろ」
「……助けてやるって言わないところが、ライナー様ですよね」
イリスはがっくりと肩を落とした。
横からアロイスの気の毒そうな視線を感じる。
「宰相にイリスが了承したと伝えてこよう」
机から立ち上がるライナーに、イリスは慌てて駆け寄った。
このままではやってられない、その一言に尽きる。そう考えてイリスはライナーに縋りついた。
「危険手当——、せめて危険手当をいただきたいです!」
「よし、そのくらいなら宰相にかけ合ってやる」
立ち上がったライナーはニヤリと笑う。
「では決まりだな。宰相がお前を呼んでいる。午後になったら執務室まで来い、だそうだ」
そうイリスに告げて部屋を出ていくライナーの背中を見送り、イリスはへたりと床に崩れ落ちた。
「こんなの……、こんなの生贄みたいじゃない」
泣きそうになるイリスを、アロイスが心配そうに覗き込む。
「イリス、大丈夫? 僕も出来るだけ協力するから元気出して」
しかし、優しい同僚の言葉も今のイリスの耳には入らない。イリスは、座りこんだまま拳を握りしめて叫んだ。
「こんなとこ、絶対、絶対、転職してやるー!」




