第16話 毒薬の種類
ライナーにも困ったものだ。
イリスはぶつぶつと文句を言いながら廊下を歩く。
「ライナー様の性格は今に始まったことじゃないよ」
その隣で並んで歩きながら、アロイスがおかしそうに含み笑いをする。それを横目でジロリと見ながら、イリスは唇を尖らせた。
「全く、さっさと解決して、こんなとこ早く辞めたいわ」
「えっ、イリス転職するの?」
アロイスは驚いて立ち止まる。イリスの腕を掴むと、アロイスは男性にしてはえらく可愛らしいその顔に悲しげな表情を浮かべて懇願した。
「いなくならないでよ、イリス。ここ、結構良い方だよ? イリスは攻撃魔法の方が得意だけど、平和なとこがいいって言っていたじゃないか」
「対外的には平和でも、毒殺だなんて宮廷内は結構危険ってことじゃない。それに上司が異常に変人なのはどうにかならないのかしら」
「宮廷内の権力争いのゴタゴタは、どこの国でもよくあることだよ。でもまあ、ライナー様みたいなのは珍しいかも……」
アロイスもごにょごにょと言葉を濁す。
イリスはほらね、と言いながらアロイスを置いて歩き出した。
「ああ、待ってよ、イリス。僕も一緒に行くから」
慌ててアロイスも追いかける。
そして、二人は宮殿内にある研究室の専用食堂へ来た。
イリスの前に、アロイスがパンとスープ、そして紅茶のカップを置く。時間が少しずれているせいか、食堂には誰もいない。厨房の奥にいつも食事を提供してくれるシェフが、のんびりと腕を組んで寝ているのが見えた。
濃い赤の液体がなみなみと注がれたカップを一瞥し、イリスは口をとがらせる。
「それで、毒って解析できそうなの?」
「うーん、さっきも言ったけど結構難しいんだ。アルカロイドを含む植物はすっごくたくさんあるだろう? 陛下の症状から少しはどれが怪しいかは絞り込んでいるんだけど、まだ特定するまでにはとても時間がかかりそうなんだ」
「それがわかっても、またどこから手に入れたのかを探らないといけないのよね」
「そう。だから、イリスの方が早いかもってライナー様がいうのは本当だと思う」
毒物の入手経路から探るのが早いか、それとも怪しい容疑者を除外していくのが早いか。やはり、今はイリスも後者の方が良い気がする。
薄いスープを一口すすって、ルイスの夢の中の料理を思い出した。あれを味見してみたかったと少し残念に思う。
「イリス、次は大佐の夢に入るの?」
「うーん、そのつもりだけど……」
「危なくなる前に早めに魅了を掛けて、逆らえないようにするんだよ」
ヴィルヘルム大佐は軍人だけあって、強面の大男だ。イリスも遠くから見ただけで尻込みするほど怖い。
果たして彼に魅了を掛けても、ルイスの時のように聴き取りが出来るだろうか。
「不安はあるけど、やらないわけにはいかないし」
「気をつけるんだよ」
うん、とイリスは頷いた。
食事がすむと、二人は席から立ち上がる。
「アロイス、少し貴方の研究室へ行っていい?」
「え、どうしたの?」
アロイスは何故かドキッとしたような顔をしてイリスを見返した。
「使われた毒の候補は集めているんでしょ? どんなものがあるか見ておきたいの。尋問する時役に立つかもしれないから」
「なんだ、そういうことね」
「なんだって何よ」
「いやー、なんでもないよ」
ふくれるイリスに、アロイスは誤魔化すように軽く笑って見せる。
イリスはさして気にせずアロイスの部屋へとついて行った。
アロイスの研究室の扉を開くと、やはりテーブルの上には分厚い本が山積みになっている。その奥の部屋の扉の向こうには、光が入らないよう黒いカーテンの閉められた部屋が続いている。
その中に入ったアロイスは、籠に入った植物の山を持って出てきた。
「これが今のところ有力かなと思っているものだよ。魔塔の長に頼んで送ってもらったんだ。外国にしかない植物もあるけど、貴族なら隠して輸入も出来るからね」
「チョウセンアサガオ、マンドレイク、タバコ、ベラドンナ、ハシリドコロ……」
一本一本手に取りながら、イリスは確認していく。
この辺りの毒性学は魔術師学校でも習っている。薬にもなる植物だが、過去に色々な国で毒殺に使われたものばかりだ。
「まだこれのどれを使ったかは、解析出来ていないんだ。毒の特定には試料がたくさん欲しいんだけど、陛下の尿から採れたのは微量だったから」
「いいわ。だいたいわかっていたら参考になるから」
「役にたつといいんだけど」
「役に立つわ。アロイスのおかげでこの国の王は今、死なずに済んでいるんだもの」
国王の治療に関わっているアロイスは、犯人に狙われるかもしれない危険と隣あわせだ。それを考えると、イリスは物怖じする自分が恥ずかしくなった。
「勇気を出して、ヴィルヘルム大佐を問い詰めてみるわ。彼ならきっと、宰相が犯人なら知っているはずだから」
「頑張って、イリス」
「任せといて。私、ルイス様のおかげで強くなれた気がするの」
あのとんでもない痴態を晒した彼に比べたら、自分の容姿など恥ずかしがっている場合ではない。そう思えば侍従長には感謝しないといけないかもしれない。
「どうせ夢だもの。なんでもやってやろうじゃない」
イリスは拳を握りしめて、今夜の対決に向けて決意を新たにした。




