第15話 侍従長の秘密
——とんでもない秘密を知ってしまった気がする。
イリスは床から起き上がりながら、髪をわしわしとひっかいた。
あの真面目で穏やかな侍従長が、あんな人だったとは。驚いたと思うと同時に、彼のプライバシーを侵害してしまった事に少々罪悪感を覚える。
「魅了魔法……、やっぱり危険なのでは?」
本物の夢魔は、あの魔法を一体どうやって使いこなしているのだろうか。
ふと、そんな事まで考えてしまう。
窓の方を見ると、カーテンの向こうはもう夜が明けているようだ。イリスは窓に近付いて黒のカーテンを横に引く。外の木の枝にとまっていた小鳥が二羽、驚いて飛び去った。
窓を開けると、ふうと大きく深呼吸する。木々の緑の香りが肺の中を満たして、夢の中のあの霧を洗い流してくれるように感じた。
*****
「あっはっは!」
イリスがライナーの研究室を訪ね昨夜の出来事を報告すると、ライナーは目を見開いて驚き笑い出した。
「ライナー様、知っていてルイス様のセクハラはキツいと言ったんじゃなかったんですか」
「はははは、可笑しいな。私が知るわけないだろう。しかし、根っからの飼い犬気質だとは思っていたが、まさか本当にそっちだったとはな!」
腹を抱えて笑い続ける上司に、イリスはしまった、言うのでなかったと後悔する。
「奴は小言が多くて困っていたが、いや、思いもかけず良い情報をもらった」
「ライナー様、本当、鬼畜ですね」
「何か言ったか?」
「いえ……。それより、これで侍従長の疑いは晴れましたよね。バルウィン様はどうでした?」
まだ笑いの止まらないライナーが、んん? とイリスの方を見る。
そして、こほんとひとつ咳払いをして笑いをおさめると、真面目な顔をつくって答えた。
「調べてみたが、宰相とバルウィンは本当にそういうやりとりをしていたそうだ。バルウィンはあちこちで過労に効く良い薬がないか尋ねているらしい。宰相が休ませる暇がないと言ったのも本当だ」
「では、ルイス様とバルウィン様のお二人は、容疑者からはずせますね」
ほうとイリスは息を吐く。
しかし、これで容疑者はあと二人。しかも、この二人は深く繋がっている可能性が高い。
(本当に宰相が国王を毒殺しようとしているのかしら……)
国王の部屋でのやりとりでは、国王は本当にエアネストを信頼しているように見えた。その信頼を裏切って、よもや殺そうとしているなど、どのように王に伝えればよいのだろうか。
間違いであって欲しい。
イリスはふと夢の中でエアネストに抱きしめられた事を思い出した。夢だったのに、触れた感触までもがよみがえり赤面する。
魔物というならば、夢魔になったイリスよりエアネストの方が、よっぽど魔物に近いだろう。
「おい、イリス」
ライナーに声を掛けられ、イリスは我に返る。
「なんですか、ライナー様」
「お前、宰相は苦手だったな。次はヴィルへルム大佐を攻めるのか」
「消去法で言えばそうですね」
「奴はムキムキの筋肉だるまだ。押し倒されないよう気をつけろよ」
「そんな楽しそうに言わないでください。本当に襲われたらどうしてくれるんですか」
「服従させればいいだろう。魅了出来るんだから」
「あれ、あんまり使いたくないんですけど……」
渋るイリスに対して、ライナーは期待を込めた視線を送ってくる。絶対変なことを想像しているに違いない。
そんな会話をしていると、コンコンと扉をノックする音がした。
「誰だ?」
「誰でしょう」
二人が顔を見合わせると、アロイスの声がする。
「僕です。ライナー様、イリス来ていませんか?」
「ああ、いるぞ。入れ」
かちゃりと音がしてアロイスが顔をのぞかせた。
「ライナー様、おはようございます。イリス、昨日はありがとう。おかげでゆっくり眠れたよ。陛下の解毒魔法は上手くいった?」
「ええ、花が開いてすぐに散ったから、昨日の時点では毒は盛られていないみたいよ」
アロイスはにこりと笑って頷く。
「良かった。また今日の夕方に陛下のところへ行ってくるよ」
「アロイス、毒の分析はいつまでかかりそうだ?」
ライナーの問いに、アロイスは顔を曇らせた。
どうも難しいようすである。
「試料が少ないのと、アルカロイドは種類も多いので、毒物自体が何だったのかの分析が進まなくて。まだしばらくかかりそうです」
「そうか。やはりイリスが聞き出す方が早いかもしれんな」
ライナーも腕組みをして考え込んだ。
「イリス、昨夜は何かわかったの?」
「侍従長のルイス様は犯人じゃないって事がわかったわ。バルウィン様もライナー様が裏付けをとったからシロよ」
「すごいじゃないか! ルイス様の夢で聞き出したのかい? 魅了魔法で操ったの?」
きらきらとした目でアロイスが尋ねてくるが、イリスは『ええ、まあ』と口籠る。さすがにこれ以上暴露するのは気の毒だろう。
そう思ったのに、ライナーはケロリとした顔でアロイスに向かって頷いた。
「イリスがルイスの尻を鞭で叩いて問い詰めたらしい」
「え、ちょ、ライナー様、違います!」
イリスはギョッと目をむく。
「ええ、どういうこと? イリスがお尻を?」
アロイスが何のことかわからず首を傾げた。
こんなことを言われたら、とんでもない誤解を受けてしまうではないか。イリスはあわあわと焦る。
「違うのーっ!」
ニヤつくライナーに目を吊り上げながら、イリスはアロイスに向けて大声で叫んだ。




