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宮廷魔術師の転職事情  作者: 藤夜


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第14話 女王様になりました

 侍従長ルイスは丸い身体をまるめて、神に祈る時のように両手を組んでイリスを見上げていた。

 

「ご主人様、お許しください……」

 

 そう願うと頬をピンク色に染め、うるうると瞳を輝かせている。

 膝をついていたイリスは思わずのけぞった。

 

「ルイス様、どうしたのですか」

「ルイスはご主人様の従順な僕《しもべ》でございます。どうかわたくしめのことは犬とお呼びください」

「いぬ??」

「はい、犬でございます。ワフン」

 

 ルイスは四つん這いのまま、尻尾があるかのようにお尻を振る。

 

「麗しい女王様、どうか口ごたえをする犬にはお仕置きをしてくださいませ」

 

 アロイスの言う通り、魅了を掛けられた者は主人に服従するらしい。それはよくわかった。

 だが、この様子は非常におかしい。

 とても変すぎる。


 イリスは恐る恐る口を開いた。


「お仕置きはいいので、聞きたいことがあるんですけど」

 

 すると、ルイスはなぜか悲しそうに顔を歪める。

 

「お仕置きしてくださらないのですか」

「それより、さっきの話の続きを……」

「ご主人様はわたくしより陛下のことがお気に召しているのですね」

「いいえ、そうわけではなくて、調べているだけ……」

「わたくしは哀しゅうございます!」

 

——ウザい。

 

 よよ、と泣くルイスを見る目が平坦になる。

 けれど、彼はイリスが冷ややかに見下ろしているのを知ると、嬉しそうに身をよじらせた。

 

「ああ、もっと睨んでください。この犬を軽蔑してくださいませ!」

「わぁ……」

 

 イリスは立ち上がって後退《あとじさ》った。

 イリスの脳裏に『変態』の文字が浮かぶ。

 ライナーはこの事を知っていたのだろうか。

 

(たしかにこれはキツいわ)

 

 彼は真性の下僕体質だった。

 そういう嗜好の人間がいるとは知っていたが、まさか彼がそうだったとは。

 常識人だと思っていた侍従長のとんだ性癖を知ってしまったことに、イリスは少しだけ罪悪感を覚える。

 

 しかし、今はそんな事はどうでもいい。

 イリスは開き直って侍従長の前に仁王立ちになった。

 

「ルイス様」

「犬でございます」

「呼び方はどうでもいいの」

「はい、ご主人様!」

 

 イリスが顔をしかめると、ルイスはますます嬉しそうに目を細める。

 

「侍従長は国王の身の回りのことは全て知っているのよね」

「はい、そうでございます」

「最近、陛下の体調が良くないこと、何が原因かも知ってる?」

「わかりません。よく眠れないとおっしゃるのですが、宮廷医のバルウィンには過労なので休ませるように言われました」

「何か変な薬とか飲んでいない?」

「薬も食べる物も飲むものも、全て私や他の侍従が口にして確認しておりますのでそれはありません」

「誓って本当?」

「本当でございます。ご主人様に偽りは申しません」

 

 ハッハッと息を荒げながら答えるルイスに、イリスは首を傾げた。

 彼には魅了魔法が掛かっている。嘘は言っていないのだろう。では、一体どこから毒は飲まされていたのだろうか。

 アロイスが国王に探りを入れたところによると、彼自身にも覚えはなさそうだった。

 

「じゃあ一体誰が……。ねえ、国王陛下を狙う人物に心当たりはある?」

「陛下は幼少の頃から、非常に聡明で清廉な方でございます。国の為に昼夜を問わず働いていらっしゃる。ですが、お立場上、厳しい態度を貫かねばならないことも多々あり、良くは思わない人物も非常に多いでしょう」

「思い当たる人物はいる?」

「ぶっちゃけ多すぎてわかりません」

「そう——、よくわかったわ」

 

 イリスが口元に指を当てて考え込んでいると、足もとから期待を込めた視線を感じる。

 ちらっと見ると、ルイスが子犬の様に鼻を鳴らした。

 

「ご主人様、お教えしたご褒美をいただいてもよろしいでしょうか」

 

 なに、とイリスは手を離してルイスを見下ろす。

 

「ご褒美?」

「はい、左様でございます」

「私、何も持ってないわ」

「欲しいのは物ではございません」

 

 物ではない——。

 ほんの少し考えて、イリスは嫌な予感にゾクリとした。

 まさか身体で……?

 おぞましい想像をしてしまい、イリスは思わずルイスを睨みつける。

 

「ああ、その侮蔑の表情も最高にゾクゾクいたします。どうぞ『このブタ野郎』と罵ってください!」

「豚? 犬じゃなくて?」

「どちらでもご主人様のお好きなように。このブタめに鞭を振るってくださいませ」

 

 ルイスがそう言った途端に、ポンっとイリスの手のひらの上に短い革製の乗馬鞭が現れた。

 

「何これ?」

 

 どうやらここはルイスの夢の中の為、彼の願望が現れるらしい。鞭を握りしめたイリスの顔が赤くなる。

 鞭を見たルイスは、嬉々としてお尻を差し出した。膝丈ズボンの生地がぱつぱつにはち切れそうな丸みが、イリスの足もとで揺れる。

 

「さあ、ご主人様、お願いいたします」

 

 興奮してうわずった声に、イリスの全身に鳥肌がたった。

 

「いやぁ!」


 焦って手を振り回した拍子に、勢いよく鞭がルイスのお尻に当たり、パシンと小気味良い音が響く。その感触がイリスの手に伝わり、頭の先から足の爪先までぞぞぞと寒気が走った。

 

「気持ちいいです、ご主人様!」

「あっちへ行って、このヘンタイ!」

 

 鞭を手から放り出して、イリスは丸いお尻を思い切り蹴飛ばす。

 

「ああっ」

 

 蹴り飛ばされたルイスは、テーブルの脚に頭をぶつけて動かなくなった。すると、みるみる目の前が白く霧に包まれてゆく。


「あら……?」


 気がつけば、イリスは自分の研究室の床に横たわっていた。

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