第13話 夢の中で尋問します
侍従長ルイスは温厚な人柄で知られている。
常に国王の私生活の世話をし、宮廷で働く職員達を統括する重職にありながら、末端の給仕や衣装係にまで丁寧に仕事を教えるなど評判も良い。気難しいであろう王族の機嫌を上手くとり、仕事をスムーズに進めさせてくれる気遣いのプロフェッショナルである。
イリスがこの宮廷に初めて来た時、ライナーに連れられてルイスに挨拶した時も、彼はニコニコと宮殿内の説明をしてくれた。貴族らしい高慢さは微塵もなく、イリスも好感を持っている。
ライナーは何かと口出しされる(おそらく宮廷の建物をよく壊すから)ので鬱陶しいと思っているふしがあるが、それは仕方ないことだろう。
「さて、ルイス様はさっさと容疑者からはずさないとね」
深夜になって月が空の中央を横切る頃、イリスはライナーの描いた魔法陣を床に広げた。
アロイスの解毒魔法もかなり細かい魔法陣だったが、ライナーのものはそれの更に遥か上をいく。模してどうこう出来るレベルではないのがわかっているので、いつでもイリスが使えるようにして描いてくれているのがありがたい。
イリスが魔法陣の狼の胸に杖でルイスの名前を書くと、ポウと図柄が白く光った。魔法陣の周囲を円形に囲む呪文を小さく読み上げてゆくと、みるみる黒い靄が周囲を取り巻く。
そして、ぐっすり眠っているだろう侍従長の夢の中へと入り、彼の夢から情報を得るはずだったのだが——。
夢に入り込んだイリスは、自分が宮廷の厨房にいる事に気がつく。
(なぜ厨房?)
不思議に思ったのも束の間、厨房に続く食堂に侍従長の丸い身体が見えた。そして彼の前にある大きなテーブルの上に、色とりどりの料理が並んでいるのを見て納得がいく。
ルイスはそれらの前で目を輝かせてフォークを持っていた。
パリッとした皮のガチョウの香草焼き、キツネ色に焼き上げた子羊のパイにえんどう豆のスープ。柔らかそうな白パンにキラキラと輝く蜂蜜、バターにチーズ。新鮮なサラダと洋梨のケーキに葡萄のデザートまでもが、何枚もの金色の縁の大皿・中皿にのせられている。
見た目の福々しい侍従長は、夢の中で豪華な宮廷料理に幸せそうに舌鼓をうっていた。
「おや、そこの美人さん、君も一緒にどうかね?」
イリスに気がついたルイスが、機嫌よく声を掛けてくる。
見知らぬ相手でも警戒しないところが、なんとも彼らしいというべきか。つられてイリスもひょこひょこと彼のそばまで寄っていった。
「すごく美味しそうですね」
「うちの料理長のディナーは最高だよ。ほら、そこにカトラリーがあるから食べるといい」
ルイスはフォークに刺したパイを口に放り込んで満面の笑みを見せる。それから湯気のたったスープをスプーンですくい、ふーふーと息を吹きかけた。
思わずよだれが出そうな食べっぷりに、イリスのお腹も鳴りそうになる。
(夢の中のものって食べられるのかしら)
王族に出されるような豪勢な料理につい手を伸ばしかけて、ハッと思いとどまる。
ここは他人の夢の中。下手に手を出すと何が起こるかわからない。
「ルイス様」
「ん、何だい?」
もぐもぐと幸せそうに口を動かす侍従長に、イリスはさっそく尋ねてみた。
「最近、陛下が夜に寝れないとおっしゃっていますけど、ルイス様はなにかご存知ないですか?」
「陛下?」
「昼間に誰と会っていたかとか、夜に寝室で陛下がどう過ごされているのかとか知りたいんです」
ごっくんと口の中のものを飲み込んで、ルイスは首を傾げる。
「どうしてそんな事を聞きたいんだい?」
「えーっと、ちょっと調べたいことがあって……」
どう言おうかと目を泳がせていると、ルイスはふるふると顔を横にふった。
「駄目だよ。僕は陛下の身の回りのことは全部知っているけど、誰にも教えてはいけないのだ。それが僕の仕事だからね」
「そこをなんとか」
「侍従は口が固くないと出来ない仕事だよ。無駄だから聞かないように」
「陛下がなにか毒のようなものを食べさせられたと言ったら?」
「陛下が口にされるものは全て僕がチェックしている。そんな事はありえない」
「ありえない……」
「そう、ありえないよ」
ふん、と鼻息を荒くするルイスを見つめてイリスは目を細める。
口が固いのはさすがだが、彼がありえないと言っても実際に国王は毒を飲んでいる。侍従長の目を盗んで国王に何かを口にさせることができないなら、やはり怪しいのは彼なのだろうか。
(これは直接問い詰めた方が手っ取り早いかしら)
ライナーも魅了魔法を上手く使えと言っていたし、とイリスは考える。
「ルイス様、私の目を見てください」
「目?」
ルイスに声を掛けて、イリスは身体の中の魔力に集中した。
不思議そうに振り向いたルイスの目の前で、パチパチッと小さく光が弾ける。
「私のお願いを聞いていただけますよね?」
本当に魔法が掛かったかを確認するため、イリスはゆっくりとした声色でルイスに尋ねた。
「…………」
彼は呆然とした顔でしばらくイリスを見つめる。そして、おもむろに椅子から立ち上がるとその場に崩れ落ちた。
「ル、ルイス様! 大丈夫ですか?」
焦ったイリスはルイスの様子を見ようとかがみこむ。
そして、背中を丸めている彼を覗き込んだ。
ルイスは額をこすりつけるように床にひれ伏している。イリスが恐る恐るその肩を叩くと、彼は懇願するように潤んだ目で彼女を見上げた。
その表情に、イリスは一瞬言葉を失う。
「これは一体どういう状況なのかしら……」
イリスは後悔した。
魅了魔法はやはりヤバい。
エアネストに続いて常識人のルイスまでこんなふうに変貌させてしまうのか、とイリスは顔を青くした。




