第11話 アロイスの代理
ライナーと別れたイリスは、自分の部屋ではなく国王の宮殿に向かっていた。
アロイスが徹夜が続いていて辛いというので、代わりに仕事を頼まれてあげたのだ。彼は今頃、研究室でひと眠りしているだろう。
イリスが頼まれたこととは、国王に解毒魔法を掛けること。毎日一度、魔法を掛けて毒から国王の身を守るのだとアロイスは言っていた。
まだ判明して三日目。
どこから毒を摂取させられるかわからない以上、それしか今のところ手段がない。
誰もいない廊下で立ち止まると、イリスは懐からたたまれた紙を取り出した。慎重に開き、その上に描かれた魔法陣をじっと眺める。
(これがアロイスの解毒魔法……)
ぐるりと波のように呪文が刻まれた円の中に、植物の葉が渦巻くような構造になっている。中央には花の蕾の図形が描かれていた。
アロイスの説明では、毒に侵されていると魔法の花が開いた時に浄化するらしい。何もなければすぐに散るからわかるよ、と教えられた。
『君ならできるだろう』と言われたが、この魔法陣を発動させるのは難しい。ライナーに描いてもらった魔法陣はイリスの得意な闇の精霊を使うものだが、こちらは木の精霊に呼びかけるものだ。しかも、高度な呪文を使っている。
「木はあまり得意じゃないのよね」
魔塔の学校では一応全ての属性の魔法を習う。
もちろん学生それぞれに得意不得意があり、精霊との相性により使える魔法の幅も違ってくる。
イリスは闇と水との相性が良く、他はどうもイマイチだった。首席だったのは座学が優秀だったのと、その二つの属性に特化して非常に優れていたからだ。次席以下の生徒の方が、まんべんなく様々な魔法が使えていて羨ましかったのを覚えている。
仕方ない、と思いつつ紙を再びたたんで歩き出し、宮殿の入り口まで来た。
扉を護る衛兵に、身分証代わりのペンダントを見せる。すると、すぐに侍従がやってきて、イリスを中へと案内してくれた。
ホールから上階へと上がる階段を登り控えの間を抜けると、飾り彫のされた天井まである木の扉の前で侍従が足を止める。両脇に控える近衛騎士に軽くお辞儀をすると、侍従が扉を叩いた。
ややあって、中から返事がある。
キイと扉が内から開かれ、丸い身体の男が顔を覗かせた。
「ルイス様」
侍従長のルイスは色白のつるんとした肌の持ち主で、福々とした体型にいつも人の良さそうな笑顔を浮かべている。だが、今日はイリスを見ると怪訝そうに首を傾げた。
「陛下のお話では、アロイス殿が来るとうかがっていたのだけれど」
「今回は私が代理で来ました」
なるほど、とルイスは扉を大きく開き、イリスに中へ入るように示す。
「陛下、宮廷魔術師が参りました」
「失礼いたします」
頭を下げて入ったイリスは、顔を上げた途端びくりと小さく身をすくめた。
部屋の中央の楕円形のテーブルを挟んで、豪華な赤い布張りの二脚の肘掛け椅子と一脚のソファーが向かい合うように置かれている。壁には美しい風景画が描かれ、金の装飾で飾られた高い天井からは、透明に輝くシャンデリアがぶら下がっていた。
椅子に座っている黒髪の男性は、この国の王、フリードリヒ。
がっしりとした肩でわかるように、彼は常によく鍛えているのであろう。軍事国であるフロイス王国に相応しい威厳のある美丈夫だ。
「待っていたぞ」
国王はイリスを見ると、体調を崩しているようには見えない快活そうな笑みを見せた。
そしてもう一人、部屋の奥の窓のそばで腕を組み、静かに立っている男がいる。
(宰相がいるなんて聞いてないわ)
頂点を過ぎた太陽の光が窓から入り、カーテンの陰に立つ均整のとれた身体を浮かび上がらせている。王よりもやや細身ではあるが、その姿はまるで芸術家が美の粋を追求して創った彫刻のようだ。
彼は国王の方へ顔を向けたまま、ただ視線のみを来訪者に向けた。端正な横顔は感情を感じさせず、冷ややかなサファイアの瞳にイリスはこくりと喉を鳴らす。
「さあ、治療を始めるのだ」
立ち止まるイリスを侍従長がうながした。
「はい」
呪縛が解けたように、イリスは座っている国王の側へと歩み寄る。
頼む、とフリードリヒが頷いた時、黙っていたエアネストが口を開いた。
「魔術師長はまだ治療魔法の研究中だと言っていたが、何の治療をするつもりだ?」
「陛下は十分に睡眠が取れていないとの事ですので、疲れを軽くする魔法を掛けさせてもらっています」
イリスは胸がドキリとするが、平静を装い顔を伏せて答える。エアネストが警戒していると思ったのか、フリードリヒが安心させるように声を掛けた。
「アロイスが魔法を掛けてくれてから調子が良いのだ。医師の薬では全く効果がなかったのに、ずいぶんと身体が楽になっている」
「まだ魔術師長の完治させる魔術は完成しておりませんので、これは一時的なものなのですが」
「…………」
納得したのか、エアネストはそれ以上口を出す事はなかった。その代わりに探るように、じっとイリスを見つめている。
「で、では、始めさせていただきます」
居心地の悪さを感じながら、イリスはローブの中から杖を取り出した。




