第9話 覚醒
「何してるの? ダリア」
「な、何って」
「あなたも、とっとと脱いでしまいなさい。石鹸もあるし、ほら」
何を躊躇しているのだろうか、もしかしたら……
アイラは少し前に聞かされたダリアの生い立ちを思い出した。
ダリアは身をやつしたとはいえ、元は貴族の令嬢である。
他人に肌を見せることに忌避感があるのかもしれない。
だが、今このとき、この状況で、お風呂に入らないのはあり得ない。
他人とはいえ、相手は九歳の子供だ。なにを憚ることがあるものか!
アイラはニヤリと笑う。
ダリアを水際まで呼び寄せると、そのまま温泉に引っ張り込んだ。
――その後、二人で並んで湯船につかる。
裸同士の付き合いもいいものだと悦に入りながらお湯をすくっていて気付く。
剣士だから引き締まったプロポーションだけど……
「ダリアって、着痩せしているのかと思ったら、案外と小さいのね」
アイラは自分のペラペラの胸板の前で胸を持ち上げる仕草をした。
「な、な、なにを」
顔を真っ赤にして胸を隠すダリア。
拗ねた女剣士はそのまま鼻まで湯船に沈んだ。
「ねぇ、ダリア、気が付かない?」
「む、胸はまだ成長過程なのです。まだまだ大きく――」
「あ、違うの、自分の肌を見てみて」
アイラは、腕を突き出し小さな力こぶを作った。
そのあとで全身を観察する。
キレイになったのは石鹸のせいだろう、しかし、疲労の回復と、取り戻した肉体の張りはどういうことか。女神は石板にて心身を整えよと指示した。それは、この温泉に入れと示唆していたのだろうか?
顎に手を当て少し考える。
心身、心と体、か……湯口を見て閃く。もしかしたら。
アイラは思い付きのまま湯船を出て、荷物の中からコップを、革の鞄の中からスプーンを取り出した。
これがただのスプーンであるはずがない。
これはなんだ? なんとなく、用途を示せと念じると、頭の中に御馳走の映像が浮かび上がった。
温泉の中に戻り、湯口でコップにお湯を汲んで一口飲んでみる。
――やはり、そうだ。
アイラは、ダリアを呼び寄せ、お湯を注いだコップを渡した。
「な、なんですか、これ」
ダリアが、お湯を一口飲んで目を見開いた。
「驚いたでしょう」
「はい、ただのお湯なのに空腹が満たされていきます。それに、体力も回復して……力が漲ってくる」
「そうね、でも、驚くのはこれからよ」
言ってアイラは、コップの中のお湯をスプーンですくって飲んだ。
「やっぱり、これもアーティファクトだったか」
「アイラ様?」
「あなたも、同じようにして飲んでみて」
ダリアが言われるままにお湯をすくってスプーンを口に運ぶ。
「あ、味が! や、野菜スープの味がします!」
「あなたは、野菜スープ、私はミルクのスープの味がしたわ」
当初はただのガラクタだと思っていた。
けれどどれもみなこのイベントをクリアするためのキーアイテムだった。
――ここまでは、女神様の指示通り全てをこなせた。
灯し、身を清め、心身を整えて、あとは剣と杖、そして宝玉。
「さてと、元気も取り戻したことだし、いよいよ仕上げね」
湯から上がると、アイラは革の鞄から二枚の布を取り出した。
見た目はボロ布であるが、これもアーティファクトに違いないだろう。
二枚あるということは、二人分ということだが。
一枚をダリアに渡し、もう一枚を自分で手にする。
アイラは、とりあえず、その布で体を拭くように伝えた。
「アイラ様、この後は、どうしますか?」
尋ねられて、少し頭の中を整理する。
この布が、ただの拭きものであるはずがない。
――これはどうだ? なんらかのアイテムではないのか?
手に伝わってくる波動。思い浮かべたのは神話に出てくる巫女の姿。
アイラは、とりあえず、自分の体を布でくるりと巻いてみた。
すると、たちまち布が一枚布の衣服に変化した。
――あちゃ、これ体を拭くものじゃなくて服だったのか。
でも、まぁいいか、すぐに乾くでしょう。
「ところでダリア、ちょっと聞いていい?」
「はい、なにか?」
「巫女って、生娘だと聞いているのだけど……」
「そうですね、神聖な儀式、ことに女神様の神殿に仕える巫女ならば、そうあるほうが好ましいかと」
「あなた、そうよね? それとも?」
「な、な、な、アイラ様、何を――」
「あ、大丈夫そうね。一応、ほら、私達、巫女のようなものだから」
自分は言うまでもないが、と隣を見ると、ダリアが、顔を赤らめてモジモジしていた。
――さて、これで準備は整ったわ。アイラは、ダリアを促し前に進んだ。
右側に剣を持ったダリアが、左側には杖を持ったアイラが、二人はさながら巫女のような様相で祭壇の前に立った。
息を合わせて、剣と杖を所定の位置と思われる枠にはめ込むと、祭壇の真ん中にオーブを収める場所であろう台座が現れた。
「アイラ様、ここまでは女神様の啓示どおりにできましたが、最後の最後、肝心のオーブが」
「ダリア、心配はご無用よ、オーブはここに」
言ってアイラは、革の鞄からオーブを取り出した。
輝くコバルトブルーの玉、覗き込むと星をちりばめたように光の粒が煌めいていた。
アイラは、台座にそっとオーブを収めた。
刹那、アイラの頭の中に無機質な声が響く。
――愛麗・橘を確認しました。
アップデートします。アイラ・シトラスを再設定します。
完了しました。
ユニークスキル・ESPを確認しました。
完了しました。
制限を解除します。
完了しました。
アイラ・シトラス、Life force、∞
警告:現在リミッター解除はできません。
ESPレベル5、
念視レベル5、念動力レベル5、未来視レベル5……
――な、なんだこれ?
言葉が、次々と魂に刻まれていく。
「私は、橘 愛麗、そうか、私は、死んで、異世界に転生したのか……」




