第8話 セーフエリア
アイラの直感は当たった。
短い一本道を抜けると大きな空間に出た。
「暗くて何にも見えないけど、ここは随分と広そうね、ダリア」
「そうですね、声の響き方、どこからか水の流れる音も聞こえてきます。ここは何なのでしょう?」
ダリアは、アイラを背に庇いながら少し前へ出て、ランタンを持ち上げ辺りを見回した。
「魔獣の気配はある?」
「いえ、魔獣はいないと思います。それに、ここには……やはり魔素は感じられません」
「……そう、不思議なところね。でも、どこか清々しいわ」
「清々しい、ですか?」
「澱みがないっていうのかしら、ここには清浄な空気が満ちているわ」
両手を広げて澄んだ空気を吸い込むと、アイラの脳裏に映像が浮かんできた。
――石の柱、大きな建造物、これは神殿かしら?
「ダリア、真っすぐ進むと、きっと祭壇があるわ。それから、泉が見える。向こうの方にある、あれは……なにかしら? すごい、滝だ! それに川もある」
「アイラ様、あまり離れないでください。暗闇であなたを見失う訳にはまいりません」
ダリアは、前方を警戒しながら後ろのアイラへ声をかけた。
「大丈夫よ、なんとなくだけど、見えるの」
アイラは、ふと立ち止まり、もう一度、周囲を見回した。
――ん? なんだろう、嫌な予感がするわね。
思うと同時に先ほど通ってきた通路の方でガラガラと岩が崩れる音がした。
「アイラ様!!」
すばやく駆け付け、よろけたアイラを守るように抱きしめる。
ダリアがアイラを抱えたまま後方に飛んだ。
立ち込める砂ぼこりが収まるのを待ち、明かりで照らすと……
「どうやら、閉じ込められたようです」
ダリアが呟いた。
「面白くなってきたじゃない、これはいよいよ大詰めね。行くわよ」
アイラはほくそ笑む。
しばらく歩くと、思った通り石の柱が見えた。水の音が更に大きくなった。
「アイラ様、前方に橋が」
「了解、行ってみましょう。その先に、きっと祭壇があるはずよ」
更に進むと、石畳が敷き詰められた大きな円形広場に出た。
警戒しながら一歩一歩進む。
明かりに照らされて浮かび上がる石造りの祭壇、その後ろにある四角柱……これは、台座だろうか?
「石板があるわ」
アイラは祭壇の前方に刻まれた文字を見て目を細めた。
「暗くてよく見えませんね、なんて書いてあるのでしょう?」
首を傾げるダリアの顔が灯の明かりに揺れる。
アイラは、ランタンで照らしてもらいながら石板に刻まれた文字を指先でなぞりながら読んだ。
「これは、この国に伝わっているお伽噺ね。太陽の女神ソルディーア、月の女神ルナティース、姉妹神の物語。仲の良い姉妹の女神が、邪神を封じ世界を救った話ね。ただし」
「ただし?」
「指示があるわ」
ランタンを受け取り、アイラは祭壇の後ろにある台座を指さした。
「何をすればいいのですか?」
「ええっと、明かりを……灯し、身を清め、心身を整えて後に、右に聖なる剣を、左に聖なる杖を、中央に宝珠を供えよ……ってマジか! あっぶねぇ、初見でクリアできたのはラッキーだったわ、こんなの無理ゲーじゃん。ったく生身の体でやることじゃないわよ」
「ア、アイラ様?」
見るとダリアが、訳が分からないといった様子で目を丸くしていた。
「ダリア、さっさと謎解きするわよ。その台座にランタンを置いて」
指示を出しながら、くっくっくと笑いが堪えられないアイラ。
もうワクワクは止まらない。
恐る恐る歩みを進めるダリアにじれったさすら感じていた。
ダリアは、一歩、また一歩と慎重に歩み寄った。彼女は、真剣な面持ちでランタンをそっと両手で持ちあげ、台座の上にゆっくりと供えた。
コトリと軽快な音がしてランタンがぴたりとはまる。すると――
「すっごーい! なんだこれ」
天の中央に満月が昇った。
アイラとダリアは、天井一面にきらめく星空を見て息を呑んだ。
薄明りの中に浮かび上がる荘厳な石造りの神殿。灯された二対の篝火、その明るい光りに目を細める。ぐるりと見渡すと、向こうに滝があり、そこから来る水が神殿を囲むように流れていた。
「こ、これは……圧巻でございますね」
ダリアは呟きながら呆然としていた。
「さぁ、ダリア、次よ、次!」
「え、え? 次とは?」
「決まってるわ、剣と杖、そして宝珠よ、ギミックを完成させるのよ!」
「ギ、ギ、ギ? ええっと、アイラ様?」
「と、その前に、やることがあった」
アイラは、さあさあ、といってダリアの手を取り目的の場所を目指す。
「ちょ、ちょっと待ってください。今度はいったい何をするのですか」
「ミソギよ、ミソギ」
言ってアイラは、噴水のある泉を指さした。
泉の前に立ち、泥だらけのスカートを持ち上げる。
こんなに汚れて、ボロボロになって……
アイラは真っ黒に汚れた自分の手を見つめた。
――ここまで、よくやったわ。これからはご褒美の時間よ。
再び泉に目をやる。ふふ、ふふふ。ニンマリと笑った。体の芯から震えが来た。
「やった! 見つけたわよ!」
アイラはウキウキしながらガッツポーズをした。
けれど、ダリアは未だじっと棒立ちのまま泉の前で固まっていた。まだ状況が呑み込めないようだ。
アイラは、フフンと鼻を鳴らす。
ダリアが戸惑うのも無理はない。
よもやこんな場所に、温泉があるなどと誰が考えようか。
しかし、湯気が立つその水たまりは、まごうことなき温泉である。
さっそく服を脱ぎ捨て、頭から飛び込んだ。
なんて気持ちいいの!
アイラはお湯の泉の中を、右に左にすいすいと泳いだ。
――せっかくのお風呂なのだから、体もキレイに洗いたかったなぁと考えて思いつく。
剣も杖も必須のアイテムだった。……それならばあれもきっと。
アイラは、勢いよく飛び出すと一目散に革の鞄を目指す。
ごそごそと手を突っ込んで取り出したのはあの土塊だった。
濡れた手で触ってみてニヤリと笑う。
このヌルヌルとした感触は、そう、石鹸である。
少し擦るとほのかに花の香りもしてきた。
「なかなかやりますねぇ、女神様。身を清めろと、言うだけでなくアイテムまで。いたれりつくせりだわ」
早速石鹸を泡立て髪に馴染ませる。
――うん、きしみはない、上等なものだ。
鼻歌を歌いながら髪を洗っていると――
「ア、アイラ様」後ろから戸惑いの声がかかる。




