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魔力ゼロの辺境伯令嬢、アーティファクトで覚醒する~ユニークスキル「超能力」を使っていたら、いつの間にか救国の聖女と呼ばれていました   作者: 楠 冬野
第1部 聖女誕生

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第5話 勇者ダリア

 彼女は、その場で片膝をつき、騎士の作法に従い深々と首を垂れた。

 

「アイラ様、騎士として最後を迎えられることは、私にとって望外の喜びなのです」

 ダリアは、下を向いたままアイラと目を合わせることなく話し始めた。


「死ぬことが、喜びなのですか?」


「はい。このように騎士として死なせてもらえる。これは辺境伯様の温情でもあります」


「殺すことが、このような、なぶり殺しを温情と?」


「既に落ちぶれた家名ですが、それでも、そこに泥を塗らずに済むのです」


「あなたにとって、家名は命よりも大切ということですか?」


「はい」


 ダリアの淡々と話す様子を見て口をぎゅっと引き結ぶ。アイラは不満を募らせながら強く眉根を寄せた。


 ――もう、怒ったわ!

 武士道だか騎士道だかは知ったことじゃないわ。

 この石頭の分からず屋どもめ。命をなんだと思ってんのよ。

 死んだら人生終わりなのよ、くだらないわ!


「お父様! 分かりましたわ」


 おもむろに父親の方を向き、アイラはとびきりの笑顔を見せた。

 父は、何が起こったのか分からない様子で、「ん?」と目を丸くしている。


「お、おお、そうか。分かってくれたか。それならば、屋敷に戻って――」


「お父様、ダリアに、私を助けてくれたお礼として、何かご褒美をあげたいのですが」


「刑は刑、法は法だよ。この決定に変更はない」


 父の様子が変わった。そこには、先ほどまでの「父親の顔」はなく、領主という統治者としての厳しい顔があった。アイラは、そんな父親をまっすぐ見つめた。


「承知していますわ」


 フン、と息巻いてダリアの傍に行く。

 アイラの堂々とした様子を、その場にいる全員が固唾を呑んで見つめた。

 九歳の子供が何をしようとしているのか。好奇の視線が一斉に向けられる。

 アイラはぐるりと周囲を見渡したあと、両手を腰に当てて胸を張った。

 ――見ていなさい。あっと言わせてやるわ。


「お父様、この女は嘘をついています」


 言い放った瞬間、父がきょとんとする。

 何を言い出すのやらと身を固めたまま、口をぽっかりと開けていた。


「ア、アイラ?」


「お父様、このただ一人の証人である、この私が証言します。この女は嘘つきですわ」


「あ、いやいや、アイラ?」


「お父様! そもそも、この女が賊である証拠は?」


「いや、それはダリアが――」


「この女は、ただ死のうとしているだけですわ! 彼女は没落貴族として世を憂い、あげく八方塞がりになり生きることに飽きた。この者は、先の出来事に便乗して名誉ある死を望んでいるだけです」


「アイラ? そんな小難しい台詞をまた――」


「お父様、そんなことはどうでもいいのです! それよりも事実を言いますわ。ダリア・アッカリーは私を賊から救い出し、ここへ連れてきました。私を攫った賊は三人。たまたま女神様の祠の近くで賊を目撃したダリアは、賊を退治し、魔獣の襲撃を退け領主の娘を救ったのです。――ダリアは勇者ですわ!」


 物音一つ聞こえてこない。稽古場は、しんと静まり返っていた。


「はっはっはー!」


 アイラは高笑いを放った。

 どうよ! とばかりにフフンと鼻を持ち上げる。


 父は呆然とし、騎士団長は下を向いて必死に笑みをこらえている。

 ダリアは肩を落とし、信じられないものを見るように瞬きを繰り返していた。


 ――よし、この場は支配したわ。

 ならばと、アイラは一気に追い打ちをかける。


「勇者ダリアは、今回のこの一件により、一族の汚名をそそぎました。この私を救った功績により、褒美として、これ以降は私の『専属騎士』としての地位を授けたく、お父様にお願い申し上げますわ」


 誰もが息を呑んだ。

 ……暫しの沈黙のあと、アイラの言葉の意味を理解した場内が一斉に湧き上がる。大きな拍手と喝采が起こった。


 だがしかし、

 これで万事うまく事を運べたと悦に入ったそのときだった。

 地を這うような大きな声が、会場全体に凄まじい圧を掛けた。


「待て。此度の件、そう易々と認めてよいものか」


 場に声が響き渡ると、お祭り騒ぎだった空気が一瞬で凍りついた。


 声の方を向く。

 ぎっしり詰まっていた人だかりが、きれいに割れていった。

 そこに現れた人物は、アイラがこの世で最も苦手とする相手、祖父のルーカスだった。


「子供が、このような場所にしゃしゃり出て戯言を」


 祖父の蔑むような笑みに怖気を感じる。冷ややかな目がアイラを射抜き心を砕く。


「お、おじい様……」


「魔力もない無能の子供に、こうも丸め込まれるとはのう。ヒューゴよ、親バカもほどほどにせよ」


 祖父は吐き捨てるように話してヒューゴを鋭く睨みつけた。


「しかしながら、父上。アイラの言い分も筋が通っており――」


「証拠はなかろう?」

 

「いや、しかし」


「嘘をついておるやもしれんぞ。分別もわきまえぬ子供だからのう、これは戯言よ、戯言」


「おじい様、私は嘘なんてついていません!」


 圧に押されそうになりながらも、アイラは咄嗟に言い返してしまった。


「このわしに口ごたえするとはのう。じゃが安心してよいぞ、幼き子供の、しかも出来損ないの子供の言葉なぞ、真に受けることもない」


 鋭い眼力で押し込まれる。

 蛇に睨まれた蛙のように、アイラの心はどんどんと萎縮していった。


「父上、この場はお引きください」


 父の目つきが変わる。祖父を一瞥した父は騎士団に目配せをした。

 指示を受けた騎士団がすばやく祖父を取り囲む。


「は、離せ! おい、わしを誰だと思っているのだ。おい、ヒューゴ、お前、父親であるわしを」

 騎士に両脇を抱えられながら悪態をつく祖父。


「あなたは、隠居の身、ここは、あなたの出る幕ではありません」

 冷徹な目が祖父を見る。


「お前は、お前は!」


 祖父は歯噛みをしたまま父を睨みつけた。呻き声をあげながら引きずられていく祖父。

 皆が、飛んだ騒ぎだったと安堵しかけたとき、その場に涼やかな声が介入する。


「これは、これは、ヒューゴ殿、親子喧嘩とは、穏やかではございませんね」


 ベージュに金の刺繍、首から下げているのは太陽の女神ソルディーアの紋章。

 現れたのは、中央の神殿から視察に来ていた司祭のローガンだった。

 

「ローガン司祭、このようなところに、何か?」

 温厚に話しかける父の顔に、垣間、険が浮かぶのをアイラは見逃さなかった。


「いえいえ、親子の諍いの仲裁、これもソルディーア様のお導き」

 能面のような顔でニヤリと笑うローガン。


「おお、ローガン殿、これはよき所に、このバカ息子めに、お説教をしてくだされ」

 騎士たちの腕を振り払い、祖父がこちらに戻ろうとする。


「恐れながら、ルーカス様」


 ここで、騎士団長がうやうやしく祖父の御前に進み出た。


「な、なんじゃ、ダニエル。構わんぞ、申してみよ」


「では申し上げます。法は法、刑は刑としても、両者に言い分がございますれば」


「真偽は分からぬ、と?」


 祖父が白い顎髭を撫で、フンと見下げる。


「ここは暫しの猶予を持って、真偽を確かめねばなりません」


「どうやって確かめるのか。痴れ者の女と、無能の子供の言質など計りようもないであろう」


 面倒ごとは早々に片付ける方が良い。権力を用いて済ませる、それこそが貴族の嗜みだろうと、祖父は目を細めた。


「お、おじい様、ダリアは――」


「おお、まだ言うか。面白いのう」


「め、女神様の祠へ行けば証明できます! そこには、魔獣と賊の……戦いの痕跡があります!」


「アイラ様、先ほどからの利発な行い、お健やかそうで何よりでございます」

 ローガンが、まあまあ、と取りなす様子でアイラとルーカスの間に割って入った。


「し、司祭様、ご、ご機嫌麗しゅう」

 ぬらりとした陰湿な視線にアイラはたじろいだ。


「さて、僭越ではございますが、わたくしに妙案がございます。いかがでしょう?」

 彼は白い歯をむき出して微笑んでいた。


「おお、それはいい、ローガン殿、是非とも聞かせてくれ」

 祖父が縋るように言った。


「両者の言い分、ごもっとも。なれば、皆でそこに行き確かめる。その上で、その者が真の勇者であるかどうか、試すというのはどうでしょう?」


「……試す?」

 アイラは、何を言っているのかと眉をひそめた。


「アイラ様、先ほど、女神様の祠の周囲に魔獣が出た、そうおっしゃりましたね?」


「はい」


「聖域に魔獣が出る。それが真ならば、これは一大事である。このような、些細な一件に構っている場合ではない。これは聖域に起きた異変。女神様の祠に起きた異変を調べるために、ここは勇者様にひと肌脱いでもらうというのは如何ですかな?」

 ローガンの提案を聞き、父が目を細めた。


「封印は私が開きましょう。勇者様には、単身にて祭壇に通ずるダンジョンに入り、最奥にある女神のレリーフを持ち帰ってもらうというのはいかがでしょう?」


「勝手なことを言うな、ローガン。いかな神殿でも、分を越えているぞ」

 父が強い目でたしなめた。


「万が一にでも聖域に異常があれば、それは神殿と騎士団が総出で行わねばならぬ厄介ごとですよ」


「本当に異常があればな」


「何もなければ、真っすぐに進んで戻ってくるだけで済む。簡単なことではありませぬか。これこそ温情。なに、紅炎のダリア殿ほどの腕があれば、鼻歌を歌いながらでも成せるでしょう」


「おお、まさに名案じゃな」


 祖父は満足げに手を叩いた。


 父は苦々しい様子で祖父とローガンを見ていた。

 祖父は、奔放な領地運営で統治を傾かせた。退かされた後も、なお権勢を振りかざしている。今もまたこうして、しゃしゃり出て領内をかき回す。


 けれど……アイラはローガンの言動を訝しんでいた。

 ――ここまでの話、出来すぎていないかしら? 誘拐、聖域の異変、危険を顧みない調査。これは祖父の仕業ではないでしょう。あの人には策を弄する能力なんかない。ならば、この司祭が仕組んだの? いや、彼は聖職者だし……やるとしても動機が分からない。


 ……一連のことが、もしも繋がっているとしたらどうだろう?

 聖域に魔獣が出た。だが、それを知るのはアイラとダリアだけである。

 ――この男の振る舞いは、まるで聖域の異変を確信しているようではないか。


 確かめなければならない。何か嫌な予感がする。

 それに、ダリアをむざむざ死なせるわけにはいかない。

 ……どうしたらいいの? 私に何ができるのだろうか。

 たとえ一族の血筋であっても魔力のないアイラでは聖域の封印は解けない。

 だが、幸いにして誰かが開けてくれるというのならばやりようがある。

 これは渡りに船かもしれない。私でも、聖域のダンジョンに入ることができる。

 こうなったら、やってやろうじゃない! アイラは、ダリアを救う決意をする。


 ――あれ? 私、なんでこんなにワクワクしているのかしら? ダンジョン攻略? 攻略って?



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