第4話 処刑
「何が、あったの? リリー、話して」
躊躇する彼女に迫る。すると彼女は仕方なしにという感じでゆっくりと事情を話し始めた。
「アイラ様、あの者は咎人でございます。屋敷からアイラ様を攫った不届き者でございます。今頃は審判を受け――」
審判? ……まさか、なんで!
「ダメ! あの人は」
アイラは跳ねるようにベッドを蹴り、メイドの制止を振り切って廊下に飛び出した。
走りながら、すれ違う使用人に事情を尋ね、女剣士の居場所を突き止める。
目的の場所は騎士団の稽古場だ。
アイラは心をざわつかせながら走った。
石垣に囲まれた円形の広場に人だかりが見える。
――あそこだ! 急がなきゃ!
さらに近づくと、ひときわ高い壇上に父の姿があった。
「お嬢様、アイラお嬢様!」と追ってくる声を置き去りに、騎士団員の間をすり抜ける。
前へ出ると広場の中央で騎士団長と女剣士が向かい合っていた。
騎士団長の手には真剣が握られている。
方や、女剣士は木剣を持たされていた。
あれ、お姉様、昨夜はもっと大人の女の人に見えていたのに。
うねりのある赤い長髪、高い背丈、猛々しい所作から大人に見えていたのだが……リリーと同じくらいか少し上か。だとすれば少女といって差し支えない。
「その盗賊のような出で立ち、お家のみならず、御身まで落ちぶれましたか。ダリア・アッカリー殿」
抑揚のない冷徹な響き、騎士団長の目は氷のように冷たかった。
「ダニエル・ライアン殿、貴殿により討たれるならば本望です。父もきっと喜びます」
うっすらと笑みを浮かべるダリア。その佇まいは静かで、彼女はまるで、これから起こる全てを受け入れているようだった。
「娘の、此度の所業には彼も嘆き悲しんでいるだろう、盗賊にまで成り下がるとは、紅炎の二つ名が泣いているぞ」
「私は、ただの賊です。そのような者に、このような死に場所を与えて頂いた温情に感謝いたします」
「剣技に優れた一族、アッカリー家の者に非礼は取らぬ。お前のその覚悟も認める」
――あのお姉様、ダリア・アッカリーは、没落貴族。たしか、あいつらも、そんなことを言っていたわ。お姉様の、あの所作の美しさはやはり育ちによるものだったのね。それから、あの上級剣士のような動き、それに卓越した炎の魔術、これは「紅炎」の二つ名を冠する家柄の血筋ゆえのものね。これほどの人材にはそうそう巡り合えるものではないわ。彼女は逸材よ。……それにしても、このような武名を貴ぶ優秀な貴族が、なぜ? 彼女の家はなんで没落したのかしら。
「さあ、もういいでしょう。今の私に家名など関係ない」
きっぱりと言い切ってダリアは木剣を構えた。
「わかった、それでは参ろう。知己の為にも苦しませずに送ってやる。俺の手で直々に」
騎士団長は、強い目でダリアを見て口を引き結んだ。
二人は魔力を抑える指輪をはめていた。
純粋に剣技のみで勝負をつけるということだろう。
だが、正々堂々の決闘と体裁は整えられているが、このハンデは間違っている。
「ダメです。こんなことをしちゃダメ!」
声を張り上げた。
アイラの存在に気付いた周囲の者たちが動揺し慌て始める。
「やめてください!」
人だかりから飛び出してダニエルとダリアの間に割って入った。
アイラを見て騎士団長はすばやく剣を収めて片膝をつく。
倣ってダリアも片膝をつき首を垂れた。
「お父様、お姉様を殺さないで」
「アイラ、お前、なんでここに」
父、ヒューゴ・シトラスは、突然姿を現した娘を見て動揺した。
このとき既に領主の顔ではなく、ただの父親になっていた。
「お父様、私、昨夜、このダリアに助けてもらったの」
「殊勝にも、盗賊を裏切り、お前を連れて自首してきたことは認めているよ」
「違います。違うの」
「違うって、何がなんだい? アイラ」
「昨夜、女神様の祠の前でビッグファングに襲われたの。ダリアは、魔獣から私を守ってくれました。それに、屋敷まで連れてきてくれたわ」
ビッグファングと聞いて、周囲からどよめきが上がった。
「祠の周囲は聖域だよ、魔獣が近づくことなど――」
「本当よ。女神様の祠に行けばわかるわ、私、嘘なんてついてない」
アイラは、必死になって訴えた。
上目づかいに表情を窺う。
父は口に手を当てて何やら難しい顔をして思案していた。
アイラは膝をつき、両手を組み、「お願いします」といって懇願した。
それでも父は難しい顔を崩さなかった。
場は浮足立っている。アイラは場を眺めながら唇を噛んだ。
なんとかしなくては、この死刑を止めなければ、命の恩人を見殺しにしてしまう。
――いやだ! 死はみたくない。
アイラは目に力を込めて、ざわつく場に乗じて言葉を続けた。
「ダメです! 怪我だらけなのに、それに、ダリアは立派な剣士ですわ」
「アイラ、もうお部屋にもどっていなさい。ここは――」
「い、や、で、す! こんなのあんまりだわ。苛めよ、ダリアを苛めないで!」
「アイラ、こんなところで、ワガママを言うものではないよ、ほら」
父親が必死に取りなしてくる。
叫び訴えてもどうにもならない状況にアイラはイライラをつのらせた。
なにか、この場の空気を変えるために、皆に何か言葉を、刺さる言葉はないか。
「お父様! それに騎士の皆さん!」
呼びかけると場が静まり返った。皆の目が身に注がれる。アイラは頬を膨らませながら意を決した。
――やってやるわ!
「こんな満身創痍の『騎士』をなぶり殺しにするなんて、これって、末代までの恥、シトラス騎士団にとっても良くないことだと思いますわ!」
――やったわ、言い切ったわ。
深く考えて出た言葉ではない。どこか借り物の言葉のような気がする。でも上手くいった。
これでどうだ! アイラは立ち上がり胸を張った。
娘の言葉に目を丸くして驚く父親。
「アイラ、いったいどうしちゃったんだい? そんな小難しい言葉をどこで覚えてきたんだい」
父親は目をぱちくりさせ首を傾げた。
「お父様、私、元からこんなですわ」
主導権を握った。これでどうにかなる、命を救えると考えた矢先だった。
「恐れながら」
とダリアが声を上げた。
一同の視線がダリアに向かう。
「シトラス辺境伯殿、厚顔無礼を承知で申し上げます。死罪の罪人への哀れみとして温情を賜りたく。何卒、ご令嬢様と話す時間を頂戴したいのですが」
ダリアの申し出に場が騒然としはじめた。
父がさっと手を翳し場を沈める。そのあとダリアに強い視線を向けた。
「分かった。いいだろう」
父は少し眉根を寄せたあとにフッと一息ついて許可を出した。




