第31話 神器起動
「せいせいしたわ! これで気兼ねなく冒険ができるってものよ」
街の食堂で祝杯を挙げる。
「アイラ、なにも冒険者にならなくても……ヒューゴ様がちゃんと手配してくれたのだから」
ダリアが苦笑する。父親は精一杯のことをしてくれた。領民である身分を用意し、当面の資金、それから、以後の生活についても苦労がないようにと街の方々にも声をかけてくれていた。
「感謝はしているわよ、でも、私はそれほど厚顔無恥ではないわ」
もごもご言いながら、アイラは口いっぱい肉を頬張る。
「聖女様ってば、やけ食いしているのが見え見えですよ」
「違うわ、お腹が減っているだけよ!」
「もう、聖女様は素直じゃないですね。身分証も、頂いたお金まで置いてきちゃうし」
ソフィアは、呆れ顔でスープを口に運ぶ。
「アイラ・シトラスは死んだ。もうそれでいいじゃない」
今度はパンにむしゃぶりつく。アイラは無理にでも食事を続けようとした。
胸にぽっかりと空いた穴、領地に迫る危機、どれもこれも一足飛びで解決できることではない。
できること、できないこと、やりたいこと、頭の中を整理しようとすればするほど胸が締め付けられるように苦しくなる。――忘れることができれば、どんなに楽でしょうね。
「聖女様、これからどうなさるおつもりですか?」
「これからか……二人はどうするの?」
アイラはそっと二人の顔を見た。当面の目的だった帰還は果たしたが……さてと、どうしたものか。
「アイラの傍にいるよ。私はアイラの騎士だからな」
「私も、聖女様のお傍に。御身はまだまだ幼い、保護者は必要ですからね」
「保護者って……」
アイラは目を細めて庇護を主張する二人を見る。――あなた達、私より年下なんだからね。
「まぁ、アイラは、冒険者になりたがっていたし、旅をするのも良いとは思うけどな」
ダリアは、食堂の中を見回したあと真顔になり口を引き結ぶ。
「魔獣騒動、ダンジョンの制圧、それに……」
アイラは周囲を眺めて溜息をついた。聞こえてくる噂話にうんざりとした。
「随分と有名になりましたね、アイラ様」
ニッコリと微笑むソフィア。
「そもそも、誰のせいでこうなったと?」
むっとしたままソフィアを見る。相次ぐ魔獣の襲撃により人心は浮足立っている。そこに奇跡の聖女の話だ。人々が縋る気持ちを抱くのもやむを得ないだろう。だが、当人としては不服がある。
「それでも、何かしたいと考えているのだろう? アイラ」
ダリアが優しく微笑みかけてくる。アイラは掛け値なしで寄り添ってくれている彼女に感謝していた。けれど、巻き込んでいいのだろうか。
「ご実家の危急存亡のときです。及ばずながら私もお手伝いいたしますよ、聖女様」
ソフィアは、全て承知と言った感じで胸をポンと叩いた。月の巫女、ソフィア。アイラを聖女と崇める彼女が率先して同行することに不自然さはない。行動にも言葉にも嘘は感じない。それでも思う、都合がよすぎると。
――彼女も何か抱えているのだろうか。
いま、彼女の手に触れれば、その心を、思考を読み取れるかもしれない。いや、できるだろう。……でもそれはしたくない。サイコメトリーは便利な力だが、身勝手に乱用するのはダメだ。そんなことを繰り返していれば、きっと心が壊れてしまう。
「ライアンも言っていたけど、これはかなり危険なことだわ、そんなことに二人を巻き込めないわよ」
アイラは素直に自分の気持ちを伝えた。
「祠から溢れ出てくる魔獣か、厄介だな」
「もう既に、相当数が森の中を跋扈しているとも聞きましたわ」
「ソフィア、村は大丈夫だろうか」
「聖女様、あそこは月の女神様の結界で守られておりますので。それにアイザック達もおりますし」
「ここらでも、村人たちは、最寄りの街、防壁の内側に避難している。城塞には兵が派遣され守りを固めている。対処はできるはずだ。けれど想定外のことが起きれば……」
「大丈夫よ、ここの騎士団は強い。それにあれだけの冒険者も揃えたし、武器もあるわ」
軽い口調で言ったものの、アイラは心配していた。モヤモヤと嫌な予感が胸を騒がせていたからだ。
――直感が、何かが来るといっている。でも、その正体が見えないことが嫌だ。
「アイラ、何か感じているのか?」
ダリアが心配そうに見つめてきた。彼女の察しの良さに呆れつつ、アイラは微笑を返す。そうして務めて明るく返事をした。「何もないわよ」と。
――その夜。
宿に戻ったあと、アイラは眠れぬまま考えごとをしていた。
窓から差し込む月明かり。見上げると、向こうの屋根の上から半月が覗いていた。
「お父様、お母様……」
寂しさのまま呟く。抱える膝に顔を埋め涙を堪えた。
――こんなの、9歳の子供には重すぎるわよね。
アイラは、革の鞄から木の枠を取り出した。
――あのとき、祖父に投げつけられたレリーフの枠。
アイラは髪の生え際をさすった。小さなたんこぶと傷跡。痛みはもうないが、心は疼いている。
娘の傷を見て激昂する父と狼狽える母。両親の温もりは、もう手に届かないところにいってしまった。これから、どうなるのか……アイラは、声を抑えて泣いた。
「眠れないのか、アイラ」
後ろからそっと抱きしめられた。
「ダリア、起こしてしまったのね、ごめんなさい」
「気にするな、私は友だ。痛みは分かち合えばいい」
「……私、どうしていいか分からないの。何をすればいいのか、何ができるのか」
嗚咽を堪え、こぶしを握り締める。噛みしめる唇が痛い。
「どこか……そうだな、望むなら、遠くに行ってみるのもいいさ」
「でも、みんなが……」
「祠に向かった精鋭の騎士達、率いているのはライアン殿だ。彼なら大丈夫だ」
「そうね……」
「もう、果たす義務はないんだよ、アイラ。でも」
「でも?」
「アイラが行きたいと言うのならば、行こう。後悔しない道を進むといい」
「ダリア……」
「それにしても、短い期間だったが、色々とあったな」
ダリアは笑った。そのあと、身振り手振りを交えて思い出を語っていく。
「聖女様、ダリアさん、仲間外れなんて酷いじゃないですか」
ソフィアが眠気眼を擦りながら文句を言う。
「ごめん、ソフィア。積もる話もあるのよ」
アイラは悪びれず言う。気が付けばベッドの周りに獲得アイテムを並べていた。
ランタンに、
木剣、
木の杖、
木のスプーンでしょ、
あと、この布。
それから、オーブね。
「すっごいわ、それ」
ソフィアが青いオーブを見て目を輝かせた。
「こんなこともできるのよ」
言ってアイラが、寝巻の上からアイテムの布を巻く。アイラは瞬時に巫女になった。
「……月の神殿の、神官様」
ソフィアが目を丸くした。
「そういえば……」
アイラは、革の鞄からクリスタルの板を取り出した。これはいったい何なのか、逆ルートを辿ってしまったので分からない。月の塔で得たレアアイテム、これが鍵になるはずなのだが……これは?
「ねぇ、ソフィア、これって何? 一応、鍵になるものだと考えていたのだけど……でも、扉はこれがなくても開くのよね」
「うーん、分かりませんねぇ、何かしら? 私もそこまでは……」
「順路では、月の塔に行って、クリスタル。番人を討伐して女神様のレリーフでしょ」
片手に木枠を持ち、もう一方にクリスタルの板を持つ。そのときアイラは閃いた!
「アイラ、その顔はまた、下らないことを考えているな」
「へっ、へーん!」
それはただの思い付き、遊び心だった。けれど……アイラが木枠にクリスタルの板を合わせると。
カチッ。――ん? カチッて?
「うわっ! ちょっとなに!」
アイラの掌の上で閃光が迸った! 直後、あの音声が脳内に響き渡る。
アップデートします。
完了しました。
アイラ・シトラスを再鑑定します。
完了しました。
現在のESPレベルを確認します。
完了しました。
「ESPレベルが15に上がった。でも相変わらず、リミッター解除の警告は消えていない。あとは……アセンド(身体強化)レベル15? おお、来た! 新しいスキルだ! 身体強化、これは使えるわ」
「聖女様? なにをブツブツと?」
「あ、いいや、なんでも」
どうせ説明しても分からない。アイラは笑ってごまかした。
「アイラ、もしかして、それが鍵だったんじゃないのか?」
ダリアが、アイラの手元を指さした。ん? アイラは改めて掌に載せていたレリーフもどきを見る。
「これが、鍵? ではあのレリーフは?」
思い当たらなくもない。神殿の重要アイテムは、みな木製だった。……なるほど、こっちが本体だったのか。
「凄く神秘的、それにキレイですね」
ソフィアが、すごーいと感心する。
「もしもし、あたし、アイラよ」
重さも、サイズもあちらで見た通り。アイラは面白がってレリーフを耳にあてて遊んだ。
「またやってる」
呆れるダリア。
「違うのよ、これはこうして使うのよ、見ていて、『起動!』」
声をかけた瞬間、レリーフが反応を見せる。
――はあ!?
「アイラ、なんだそれ、クリスタルの板が光って」
「せ、聖女様、真ん中に、月の女神のエンブレムが浮き上がって」
「……凄いわ」
開いた口が塞がらない。これはどこからどう見ても「スマホ」じゃないか。
なんだかワクワクしてきた。さっきまで泣いていた自分に申し訳ないくらい心が躍っていた。
レベルアップに、それからスマホ、これから何をどうしてやろうかと、アイラはニンマリと笑う。
アイラはしばらくの間、ああでもない、こうでもないとスマホもどきをこねくり回した。
――うーん。どう見てもディスプレイよね。なんかあるわよね……スイッチとか……
「アイラ!」
ダリアの呼びかけは、それまでの穏やかな空気を一変させた。
「え、なに?」
ダリアの警戒する様子を見て我に返ると、鐘の音が耳に入った。
「聖女様、これは、ただならぬ事態では」
「急いで支度を」
アイテムを鞄に収納し、装備を装着する。外へ向かおうとしたときだった。
誰かが激しくドアをノックする。
「アイラ様、いらっしゃいますか、アイラ様」
「リ、リリー?」
ドアを開けて告げられる急報。それは魔獣の蜂起と、ライアン窮地の知らせだった。




