第27話 帰路
森の中を五日歩いて街道に出た。ここからシトラスの街まであと十日といったところか。
「ソフィア、あなた巫女なんでしょ。村から離れていいの?」
「聖女様、いいのですよ。これも月の巫女の使命というものです」
隣で鼻歌を歌いながら、ソフィアはご機嫌な様子で歩いていた。
彼女は、神殿で手に入れた衣装を見てはうっとりし、装備を眺めては感嘆の声を上げた。
「それにしても、あのときの戦士長の顔ったらなかったな」
ダリアが思い出して笑う。
「まぁね、舐めていたのよね。よもやミノタウロスのような怪物が、しかもスペックが桁違い」
アイラとダリア、少女二人に討伐できたのなら、自分にもできる、とそう思い込んでも仕方ないのは理解できる。彼も戦士筆頭、腕もそこそこだし、プライドもあるだろう。
「さしものアイザックも。度肝を抜かれていましたわ」
ソフィアが苦笑いを見せた。
戦士長のアイザックは、仲間と共に月の塔の最上階を踏破するほどの腕があるのだと、ソフィアはさりげなくフォローした。でも、きっと実際にクリアさせたのはソフィアなのだろう。
「でもさ、なんで彼だけ神殿に入れなかったんだろう」
ダリアは、まだクスクスと笑っていた。
「ひー、ひゃー、うおぉーって、元気な声だけは出ていましたね」
「役に立たなかったからよ。結局、逃げ回るしかなかったものね」
アイラも、彼の戦う様子を思い出して笑った。
実際に怪物を見せて経験させる。これは、いい薬になっただろう。戦士長は、アイラが扉を開けることに興味津々だった。村には彼の他にも血気盛んな戦士たちがいる。これで無謀な挑戦はなくなるだろう。
アイラは、誘拐事件を振り返った。
――嘘の事件と本物の事件が同時に起こるって、本当にもう、紛らわしいのよね。
今回の騒動、村に火をつけたのは実行犯だったが、そもそもは長老とソフィアが画策した狂言誘拐だった。もちろん、戦士長も協力させられていた。だが彼は、本当の狙いまでは知らされていなかったのではないか。それならば、事件そっちのけで扉の話に食いついていた戦士長の様子にも合点がいくというものだ。
「それにしても、あの長老、かなりの食わせ者だったな」
「そうね、彼は全てを見通して思うままの結果を出した。すっかり掌の上で踊らされてしまったわ」
「まぁ聖女様、そう言わないで。今回の件、長老も薄氷を踏む思いで策を弄したのですよ」
「ソフィア、あなたたち、いったいいつからあのようなことを考えていたの?」
「ソルディーア様の司祭、あのベーレという女の動きは掴んでいましたし、その狙いも分かっていました」
「なんだ、やっぱり全てお見通しだったってことか」
アイラは、両手を持ち上げて呆れた。
「違いますよ」ソフィアが大きく首を横に振った。続ける「長老も私も、聖女様が突然現れたときには天地がひっくり返ったかと思いました」
真顔になったソフィアを見て、アイラは首を傾げた。
「ソフィア、何度も言うけど、私は聖女なんかではありませんよ」
「アイラ様の言い分は、私も承知しております。でもそこはほら、長老が話していた通りで、それに私の立場もあることですし」
意味ありげにソフィアが微笑みかける。
旅立ちの前、長老はアイラに話した。
自分たちは、聖女の出現を、救世主の降臨と考えているのではない。縋るものでもなく、祀り上げるつもりもないと。ただ、奇しくも月の扉が開かれたこと、アイラがそこから出てきたことには、何らかの意味があるのだと。そうして長老は最後にこう言った「お好きなように前へ進みなさい。あなたには月の女神様の加護がある」と。
気が付くとアイラは考え込んでいた。
わずか半月のことだった。それでもなんだろう。大変だったけど、どこか満足感がある。
出来事を振り返ったアイラは、充足を大切に胸にしまった。
――私は、生きるわ。今度こそ精一杯。
アイラは前を向いた。世界の理とか、女神様の話とか聖女とか、そんなことは考えていない。思い出していたのは、病室から、飽きるほど眺めていた四季の風景。病気が進行し余命が残り少なくなるほど動けなくなっていった体。周囲を悲しませている自分。
――私は、誰も幸せにできなかった。あのとき、命を失うことに恐怖はなかった。ただ、不幸を置いたまま、先に逝くことに後悔があった。
アイラは、ダリアを見てからソフィアを見た。
長閑な旅路、抜けるような青空。そよ風が頬を撫でる。
――誰に言われなくとも、好きに生きてやるわよ!
「それにしても聖女様、なんでこんな襤褸を着なくてはいけないのでしょうか」
ソフィアが大きなフードをパタパタさせて不満を言う。
「そうか、私は、旅装にはこれくらいが丁度いいと思うけどな」
ダリアは、マントの様に全身を包む外套の裾を持ち上げくるりと回った。
「これが、いいのよ。この深いオリーブ色が実に良いわ」
アイラは、かなり満足していた。
村で見つけてすぐに飛びついたフード付きの外套。
色は前世で見慣れた自衛隊の装備を思わせるオリーブドラブだった。
「色も地味だし……せっかく中は綺麗な装いになっているのに」
ソフィアは、どうも納得がいかないようだ。
「何言ってるのよ、定番よ、定番。ボロの外套の内側にチラリと見える衣装、この組み合わせがいいんじゃない。チラ見せ、これが、ばえるってことよ」
アイラは胸を張った。法衣は気に入っているので変える気にはなれなかったが、月の女神の紋章入りのローブは鞄にしまってある。いらぬ誤解や面倒ごとはごめんだから。なので仕方なくフル装備は断念した。それでも、このビジュアルは悪くないと思う。
「聖女様? ばえる? って」
ソフィアが首を傾げる。すかさずダリアが小声で解説した。アイラはたまに変なことを言うが気にするな、と。アイラは目を細めた。聞こえてるんだからね。
「衣装と言えばソフィア、あなたなんでそれなの? 修道服でよかったんじゃないの?」
「ええ、だって、これ、すごく可愛くないですかぁ、なんか憧れというか」
ソフィアは、両手を頬に添え恥じらう姿で体をくねくねさせた。
「でもそれ、屋敷のメイドはみなその姿よ。珍しくは――」
「聖女様、これはそのような凡庸なものではありません。色もキレイな水色、フリルも豪華、ありきたりのメイド服なんかと比べないでください」
ソフィアが、ぷんすかと頬を膨らませた。
まぁ、たしかに普通とは違う。それはメイド服よりも、どちらかといえばゴスロリの衣装に近い。
でも、修道女には見えない。見ようによっては、まるで魔法少女だ。月の巫女が、こんな風でいいのだろうか。
「アイラ、もうそろそろ、村がみえてくるころだぞ」
ダリアが先の方を指さす。
「村? ええっと、なんて村だっけ?」
「フェニステラね、割と大きな村よ。村というより町かしら。シトラス領に入って最初の町だから検問があるわ」
「へぇ、ソフィアは物知りね」
「アイラ様が、知らなさすぎるのですよ。ご自分の領地なのに」
「あはは、申し訳ありません。……でも、検問かぁ」
「なんだ? アイラ。別に困ることはないだろう。ご令嬢の帰還が知れれば、騎士団が迎えに来てくれるはず。これで旅は終わりだ」
ダリアが、ホッとしたように微笑んだ。肩の荷が降りたといった感じだった。
「フードを被って、身を隠しながら町に入れないかしら?」
せっかく始まった冒険を失うのは惜しい。どうせ死んだことにでもなっているだろうし、いまさら日数など気にしても仕方ない。せめてあと数日くらいは楽しみたい。
「なんで、そんなコソコソと」
「いきなり帰って、びっくりさせる、とか。あと、私がいなくなって領内がどうなっているのか情報も欲しいし。まぁバレたら、それはそれで仕方ないのだけれど……」
「私は入れますよ。身分は証明できますし」
「私も入れるよ、私は冒険者登録してあるからな」
ダリアが、ほらっと懐から金属製のプレートを出した。
「ぼ、冒険者!!」
そ、そういえば、ここは剣と魔法の異世界だった。アイラは、お嬢様で育ってきた我が身を悔やんだ。なんとか、冒険者になれないかしら。
「おい、アイラ、また良からぬことを考えているだろう」
「え、え? ……そ、そんなことないわよ。何も」
「その目は、怪しいな。あなた、冒険者になりたいとか言い出しそうだわ」
「え、そ、そんなこと。あ! それよりも、あなたこそどうなのダリア」
「ん?」
「あなた、冒険者っていうけど。誘拐犯でもあるわ、よもやお尋ね者なんかじゃ……」
アイラは、わざとダリアを揶揄った。
あのベーレとの一件、アッカリー家のこと、彼女は重い何かを背負っている。
「違うわよ! これでもちゃんと身分はギルドが保証してくれている。私はAランク冒険者だ」
バカにするなと、ダリアが怒る。良い顔をしていた。
「Aランク! 凄いわ! ダリアって名うての冒険者様だったのね」
アイラは、うっとりとしながらダリアを見た。今は白銀の装備も紅の剣も鞄にしまってあり、ふつうの衣装だが、それでも、姫騎士ばりに美しい剣士には違いない。ムフフフ。
「ア、アイラ、そんな目で私を見るな!」
両手で胸を隠し、恥じらうダリア。アイラは、ニンマリと笑った。
「とにかく、ダリアがどんな冒険者なのかは、ギルドへ行けば分かるわ。それから、街への侵入も状況をみて考えましょう」
小高い丘を抜け、そろそろ街が見えて来る頃かなと思い始めたとき、アイラたちは悲鳴を聞いた。
その場所に急いで向かうと、魔獣に襲われている荷馬車が見えた。




