第25話 没落貴族
このベーレという女が、アッカリー家を潰した?
「ベーレぇぇぇ! 貴様が、黒幕か!!」
ダリアが吠える。
「あっれぇ? 私のこと知ってるの? あなたは、だーれぇ?」
明かりに照らし出される美女が、腕組みをしながら、堂々と歩み寄ってくる。歳は20代後半くらいか。マントの下から見える革製の装備は、旅装とは思えぬほど露出が高かった。
夜の闇にたなびく長い髪……アイラは目を凝らす。
薄紫色の髪、通った鼻筋に切れ長の目。この美しい女性を、どこかで見たことがあるような気がする。
どこだっただろう、いつのことだろうか。アイラは本能的にフードを深くかぶり顔を隠した。
「忘れたとは言わさないわ」
ダリアが唇を噛む。睨みつける視線の先でベーレは首を傾げる。
「うーん、誰だっけぇ?」
彼女は、憂いの表情を浮かべたまま少し考えるような仕草を見せた。
しばらくして、頬にあてていた両手を外し、ハッとするような顔でダリアを見る。
ベーレは、ポンと手を叩きニコリと笑った。
「あっれー、ダリアちゃんじゃないのぉ、すごい、生きてたんだぁ」
ベーレは昔馴染みとの再会を喜ぶような表情で、腰をくねらせ胸の前で手を組んだ。
――あの目、そうか! アイラは思い出した。
「私は、彼女に会ったことがある」
呟く。アイラの脳裏によみがえる記憶、それは5歳の魔力判定の儀から1年あまり後のことだ。高位の司祭としてシトラス家に派遣されてきたのが、この女性だった。
あのときは、今のような艶めかしい化粧はしておらず、清楚で美しい女性神官様だった。ただし、あの目は怖かった。
「死ねるわけがない。お前をこの手で始末するまではな!」
「あら、物騒ね、ダリアちゃん。でも、それって神殿への反逆よ」
「お前が! お前が仕組んだんだろう、我が家は、お前が描いた冤罪で」
「没落してまで、恨みつらみって、お姉さん、どうかと思うわよ」
ベーレは目じりを下げ柔和な笑みを見せる。
「うるさい!!」
ダリアは、すぐにでも斬りかかりそうな勢いで構えを取った。
「もう、ダリアちゃんたら、少しは大人になっているのかと思ったら、まだまだお子ちゃまね。でもね、お姉さん、忙しいのよ。お仕事がある――」
ベーレが話し終える前に、ダリアは飛び出した。深紅の剣がベーレをめがけて走る。
「だ、め、よ。ダリアちゃん、まだまだね」
ベーレは、剣士渾身の一撃を悠々と躱し、ダリアにピタリと体を寄せ頭を撫でた。
「まだだ! 私の剣はこんなものではない!」
すぐさま身をひるがえすと、ダリアの剣先がベーレに向き直る。
アイラは念じた。
『未来視!』
――なんだこれ!
頭に思い浮かべるベーレの攻撃スキル。
――も、文字化け? なんで、こんなことが。
……これは、何かが、ジャミングを掛けている?
アイラは目を凝らして探した。
「あのラリエットか!」
首から下げたチェーン。あの黄金のエンブレムは、太陽の女神の紋章。
「ダリアちゃん、それにしてもその恰好は何? ピカピカでぇ、そうね、まるで勇者様のようね。ねぇねぇ、家も、なにもかもを失ったのに、どうしてそんなもの持っているの? どこで盗んできたのかしら?」
頬に人差し指を添え首を傾げるベーレ。笑顔の中の目は鈍い光を放っていた。
「ダメよ、ダリア。下がりなさい! それから、あなた達は村へ、ソフィアを村へ、早く!」
この窮地を脱するためには、頭を冷やしたダリアの力が必要だ。態勢を整えなければならない。
焦燥を抱くアイラが指示を出した直後だった。
――あ、ダメだ!
ベーレから放たれた何かが、二人の男を襲う。どよめく戦士たちが浮足立つ。
アイラは横目で状況を確認した。
眉間から血を流す背の低い男と大柄の男。彼らはすでに絶命しているようだ。
「そこの小さな司祭様、お姉さん、あなたのことは知らないわ、あなたは、だーれ? 」
下から覗くように見てくる。ベーレの鋭い視線にアイラは身を切られるような痛みを感じた。
「魔力も感知させないってすごいわぁ、その高位の法衣、そしてダリアちゃんの装備。どういうこと? ねぇねぇ、お姉さんに説明してくれないかしら?」
にじり寄ってくるベーレ。どうする? これは、どうしたらいい?
「女、そこまでだ! 聖女様には指一本触れさせない」
戦士長が、アイラとベーレの間に割って入った。
「ん? せ、い、じょ、さま?」
ベーレがアイラを見る。ねっとりとした眼差しが全身に張り付くようだった。
ベーレの胸のあたりが光る。
――まずい、あの攻撃だ。
アイラは気後れしてしまっていたことを悔いた。戦士長が危ない!
反射的にぎゅっと目を瞑る。耳が断末魔を予想した。しかし、
キン! キン! と金属が打ち合う音はしたものの、戦士長の気配は消えていない。
目を開けると、戦士長が振り向きニッと白歯を見せサムズアップする。
両手に手斧を持ち、構えを取る戦士長。ベーレの顔が悔しそうに歪んでいた。
おお、おっさん! やるじゃないか!
「アイラ、すまない。守ると約束したのに」
ダリアがアイラの元に戻る。
「そうね、いくらあなたでも、頭に血が上っていては剣も鈍るわ。ここは、協力しないとね」
アイラは、肩をほぐし、首を回した。余計な力みは判断を鈍らせる。やれることはある。
「戦士長、ダリアも聞いて」
アイラは対応策を伝えた。
懐から飛び出すナイフのモーションは、前傾姿勢になり右手の拳を握った後。
詠唱は5秒、その後、左手を上げれば風の魔術がくる。
天に手のひらを向ければ竜巻、手刀を上げれば風の刃が。
屈んだ後に五連撃がくる。
風魔法と飛び道具のコンビネーション、ベーレの攻撃パターンはこれだ。
「ただし、能力の半分も見えなかった。気をつけて」
「承知した。それで十分だ」
「能力? せ、聖女様、そ、それは……」
「戦士長、今は理屈はなしだ。アイラを信じて動け」
「……お、おう」
「あのぉ、もうお話し合いは終わったかしら? これでも、お姉さん忙しいのよね」
ベーレが退屈そうに背伸びをする。
「あ、あの……お姉さん? ちょっと教えて」
「あら、おチビちゃん、何かしら?」
「この剣士さんって貴族だったの? なんかさぁ、親の仇ぃみたいに言ってるけど、正直、重すぎるの。最近知り合って、旅を少ししたのだけれど、私も、こんなことに巻き込まれちゃって、ちょっと困ったわ」
「あら、小さな司祭様、それはお可哀そうに。この子の家はね、領地内に現れたダンジョンと、ダンジョンの宝を独り占めしようとしたの。太陽の女神、ソルディーア様のお慈悲を独占しようと欲張った悪い人達なのよ」
「へぇ、それは天罰が落ちても仕方ありませんわね。この世の全てに恵みを与えて下さる女神様の愛を独占しようなんて、恐れ多いことだわ」
アイラはその場に跪き、深く頭を下げて祈った。
「あら、素晴らしいわね。そんなに幼いのに敬虔なこと」
ベーレは舌なめずりをした。顔をうっとりとさせアイラを見つめる。
「と、ところで、お姉さん? あの村の娘さんも何か悪いことをしたのかしら?」
「いいえ、まだよ」
ベーレが少し真顔になった。これ以上はまずいか?
「まだ?」
「あの娘はね、魔力が無いのよ」
「え!? そんな人が、この村に? でも、魔力が無いからって……」
「大事なの、便利なのよ。お姉さんたちにとってね」
「魔力の無い人が便利? 使い物にならないって……」
「それにねぇ、月の祠の近くには置いておけないのよ。だってぇ、開いちゃうかもしれないでしょ」
「……開く? 何を? 祠? 月の女神様は悪い女神様じゃないよ。お伽噺でも読んだわ。二人は仲良しだって。それに、ソルディーア様にお仕えしていても、けっして月の女神様は蔑ろにしてはいけないって教えられているわ。なぜ、あの村だけ?」
――もう少し、いけるか?
アイラは、これが最後だと思い、踏み込んで聞いた。すると、ベーレがフフフと笑う。
「もう、いいかしら? 飽きちゃったぁ、それに、これで十分、冥土の土産は持たせてあげたわ、似非聖女ちゃん」
ベーレが前傾姿勢を取る。
――チッ、ここまでか。また、あの特殊攻撃が来るな。
アイラは迎え撃つ態勢を取った。
フォアサイトは、もとより予言的なものではない。もう少しレベルが上がれば、予知ということも可能かもしれないが、現状は戦闘に特化したナビゲーションのようなものだった。どこまでやれるか。




