第24話 誘拐事件の真相
森の中の小道を駆ける。アイラは索敵能力を駆使して犯人を追った。
「しかし、アイラ、その足はもはや九つの子供のものではないな」
「まぁ、要は力の使い方よ。能力なしでは、平均以下。こんな悪路じゃ、直ぐにすっ転んで終わりよ。そんなことよりもダリア、勘が当たったのは良いのだけれど」
「そうだな、アイラの予想は、一つ外れたというところか」
打てば響く、ダリアは言葉足らずの会話の真意を汲み取っていた。
――まるで超能力者ね。アイラの頬が自然と緩む。親友とはこのような間柄を言うのだろうか。
森へ入り、少し進んだところで、木々の間に揺れる松明の明かりを見つけていた。その明かりは、ゆっくりと村から離れていた。――目標が動いている。それも、こんなに村から離れたところまできても、まだ。誘拐犯の移動、それは逃亡を意味するわ。この事件は、やはり狂言誘拐ではなかった、ということね。
「どうする? アイラ」
「そうね。こちらには気付いていないようだし、先回りして待ち伏せしましょうか」
「わかった」
小道を外れ、暗い森の中を進む。光を絞ったランタンの明かりと夜目だけを頼りにしての移動は骨が折れるが、相手に見つかることは避けたいので仕方がない。
――私のユニークスキル超能力なんでしょ。なんでテレポートできないのかしら?
持てる力は強力とはいえないし、全容もいまだ不明。
塔での戦闘で、少なからずレベルは上がっているはずだが知るすべはない。
レベル10で止まってしまうということはないだろうが。うーん。
……どこかに取説はないのかしら。アイラの口から、おのずと愚痴がこぼれる。
そうこうしているうちに、アイラとダリアは悪党の前に出た。賊は二人。背の低い男と、大柄の男が急ぎ足でこちらに向かってくる。
賊が至近距離まで近づいてきたとき、ダリアがランタンの明かりを強めた。
「ここまでよ、肩に担いでいるその荷物を降ろして投降なさい」
煌々と照らされる照明にたじろぐ男達。
「私達は、その大きな袋の中身を知っているわ」
後ろに回り込んだアイラが、指さし命じる。ソフィアを解放しなさいと。
「せ、聖女!! なんで」
男達が驚くように目を見開く。
「なによ!」
「聖女、様、じ、実はですね、これは……」
背の低い男が、媚びるようなまなざしで手揉みする。
「狂言誘拐よね。最初から分かっていました。私たちは見破ってここに来た。それでこのお芝居もおわりです。さぁ村に帰りましょう」
ここは穏便に、そういうことにしてあげるわ。
「あ、いや、それが、ですね」
「あなた方の裏切りはバレていません。今ならまだ間に合うわ」
男たちは顔を見合わせた。大人しく一緒に戻れば、取りなしてやらぬでもない。
ただし、訳はきっちり聞かせてもらうが。
「わ、わかりました」
言いながら、笑顔を引きつらせる。背の低い男は、ご機嫌を取る様子でニコニコ笑いながら懐に手を差し込んだ。
「おい、お前、まさか聖女様に刃を向けるつもりか?」
ダリアが剣を抜く。紅の刀身がランタンの光に照らされて揺らめいた。
「と、とんでもない!」
すぐさま背の低い男が両手を上げた。どうやらこいつらは悪党のようだ。良心に訴えたところで聞く耳もない。アイラは目を細めた。
「黒幕は、何者かしら? あなた達は誰に操られているの? さあ、話しなさい」
アイラは、強い目で睨みつけて問うた。
男達は、うっ、と声を漏らし、歯噛みしたまま無言でアイラを見た。
わざわざ力を使わずとも分かる。悪知恵を働いても無駄よ。アイラはさっと手で合図をした。
「ソフィアを降ろしなさい。そして、武器を捨て、両手を上げて地面に膝をつきなさい」
ダリアは命じた。剣先が大柄の男の喉元に突きつけられる。
――まったく、わざわざこんなところまで。
アイラは、担がれた袋を見る。……わざとよね、分かっているんだからね、ソフィア。
背の低い男が、チッと舌打ちする。懐からナイフを取り出して放り投げると、両手を上げ、膝をついた。それに倣い、大柄の男もソフィアを降ろし観念する。
「やれやれね、さてこれからどうしてやろうかしら」
賊を抑えたところで、ほっと一息つくと、戦士長が息を切らして駆けつけてきた。
――あらあら随分と都合のいいこと。アイラは眉を持ち上げ腕組みをする。
さてこの男はどちらだろう。一味か、そうではないのか。
「聖女様、なぜこのようなところに……って、お前らっ! どうしてこんなところに」
「あなたこそ、どうして? 私は西へと言ったはずだけど?」
「あ、いえ、聖女様につけていた護衛が、南へ向かったと。なので逃げ、あ、いやどちらに向かわれたのかと思い、追って、あ、いや追いかけてきたのです。も、森には危険もありますし」
あはは、と頭を掻きながら取り繕う様子の戦士長。
「戦士長、とりあえず、そこに巫女を誘拐した犯人がいます。今すぐ縛り上げてもらえますか?」
「え? 犯人?」
アイラの視線を追った戦士長が首を傾げる。
「ソフィアは、その袋の中に押し込められているわ」
「は、はあぁ!?」
まったく、バカ正直を絵に描いたような男だな。でも、これでだいたい読めたわ。
これは、狂言誘拐だった。仕組んだのは、おそらく長老で、協力者はこの戦士長。そこに便乗して、本物の誘拐事件が起きた、というところだろう。
「戦士長、あなた方の目的は何?」
「目的? はは、なんのことでしょうか」
「始めから誘拐なんてなかった。気の毒なのは司祭ね。きっと彼は知らされてなかったのだわ。嘘の中に真実を混ぜる。やはりあの長老は食えないわね」
「ちょ、長老は、な、なにも」
戦士長の視線が泳ぐ、動揺していることが丸見えだった。
「まぁ、いいわ、後で直接聞くから。それよりも、あれよ」
アイラは縛り上げられた男たちを顎で指した。戦士長が顎を引き眉根を寄せた。
戦士長の顔が、すっかりと厳しい顔つきに変わっていた。
「こいつらがここにいる理由。本当に狙われたのよ、月の巫女様がね」
「ソフィアが、でも、いったい何故?」
戦士長が尋ねるような眼差しでアイラを見る。
「知らないわよ、それを調べるのがあなたたちの仕事でしょう。ちゃんとやりなさいよ、これは村にとって重大な出来事よ」
アイラはきっぱりと言った。戦士長は口をギュッと引き結び、分かりましたと答えた。
しばらくして、村の戦士たちが駆けつけてきた。
とりあえず、ソフィアは取り戻した。
あとは村に帰って事件の真相を確かめて……
アイラは、連行されていく賊の後ろ姿を見送りながら、頭の中を整理した。
――長老らのことはいい。そんなことよりも。
アイラは、今回の誘拐事件を我が身に起きたことのように感じていた。
まるで何者かに、刃を突き付けられているような恐怖。
それはソフィアを奪還してなお消えていない。
息が苦しくなるような不安感に駆られた。
これがもし、魔力のない人間を標的にしたものだとしたら。
アイラが村に向かって一歩を踏み出したときだった。
にわかに、突風が吹き、法衣のローブがたなびく。
深く被ったフード越しに見る。走り抜けていくつむじ風。直撃を受けた戦士達の足並みが乱れた。
直後、アイラの背中に悪寒が走った。威圧感を感じた。
――これはあのブルホーン並みの強者の気配だ。
アイラは周囲を警戒した。慎重に体を回しながら見回す。
ダリアが、剣を構えて一点を睨みつけていた。
「どうしたの? ダリア」
問うてもダリアは応えない。歪んだ口、鳴る歯ぎしり、彼女は尋常ではない気迫を見せる。その目に浮かんでいるのは、激しい怒りの感情か。
「ベーレ……」
ダリアの食いしばる歯の間から漏れる声。アイラは首を傾げた。
「その子を、連れていかれちゃったらぁ、お姉さん、困っちゃうのよねぇ」
静まり返った森の中に響く、妖艶な調べ。
「ベーレ、なんでお前が」
怒りに肩を震わせるダリア。
「ダリア、ベーレって、あなたの知っている人間なの?」
「あいつは、太陽の女神の神殿に仕える異端審問官だ。そして、アッカリー家の仇」




