第23話 誘拐
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急ぎ村に戻った二人。
到着すると火は消し止められており騒動はほぼ収まっていた。
近くの村人に尋ねると、人、家畜、家屋に損害はなかったようで、燃えたのは空き家や農作業小屋が数軒だという。
――それでも、火事騒動の裏で、奇妙な事件が起きていた。
教会の一室に集まった者は、長老、司祭、戦士長、アイラにダリアの五人。
燭台の明かりに浮かぶ苦悶の表情。誰ともなくため息をつくと、静まる場に重苦しい空気が満ちた。
月の塔へ出向く前に、アイラの部屋を訪れていた少女、司祭の娘ソフィアの失踪。
「ソフィアさんは、騒動の最中に姿を消した、ということですが」
アイラは、父親である司祭の顔を見ながら本題に入った。
火災自体は大した被害はなかった。
ソフィアもそう簡単に誘拐されるような人物ではない。
これが狂言ならば随分と大げさな嘘なのだが……アイラは長老の落ち着きぶりに目を細めた。
ともかく、事実、本当の誘拐なのかどうかを、まずは状況を確認しなくてはならない。
「村に、よそ者が入った形跡は?」
ダリアが戦士長に問う。
「ありません……おそらく、ですが」
戦士長が、ばつが悪そうに答える。警備に落ち度があったことは彼も認めている。娯楽に飢えている村、平凡な日常に、突如現れた女神や聖女の騒動。村人が浮足立つのも理解できる。
「でも、ここは、よそ者がうろつけるようなところではないわ。一応、確認なのだけど、彼女が自発的に消えた、ということは?」
「ありえません! ソフィアは聖女様に出会えたことを心から喜んでいた。このままずっとお傍にお仕えできれば、と願っていました」
憤慨する司祭、握った拳が震えていた。心配で居ても立っても居られないといった感じだった。
「そう、では、いったい誰に攫われたのかしら?」
アイラは、皆の顔を見回した。
「聖女様、村の外れに、争ったような不審な形跡もありました。そこにソフィアの物が落ちていました」
戦士長が、ここですといって、テーブルの上の地図を指さす。
「聖女様、こちらが娘の」
続けて司祭が懐から髪飾りを出した。
「わかりました。では、何者かに攫われた、ということで話を進めましょう。それで、長老、彼女が攫われることに何か心当たりはありませんか?」
「心当たり、といわれましてもな」
話しながら、長老が眉をひそめた。
「長老、この際です。聖女様にはありのままをお話しして、お力添えを」
「……そうじゃな」
長老が溜息をつきながら答えた。態度に迷いが見える。それはおそらく、アイラたちを心から信じ切っていないということだろう。秘匿しておきたい何かがある、ということだろうか。
「……月の巫女という立場に起因しているのか、それともソフィア自身に秘密があるのでしょうか」
声を抑え呟きながらチラリと視線を上げる。アイラは、それぞれの反応を観察した。長老の肩がピクリと僅かに動く。はっとしたように司祭は目を見開いた。戦士長は腕を組み前傾姿勢でアイラを注視していた。
「御見それいたしました、アイラ様」
長老は、ふっと息を吐くと、一つ間を置いてから話し出した。
「先に、遠い昔に月の扉に挑んだ者の話をしましたが、覚えておられますかな?」
「はい。あの扉は、魔力を持つ者には絶対に開くことができない。それから『鍵』が必要なのだと。そして、扉を開くための条件、挑む者は、試練を経て鍵を得ると」
「そうです。実際のところ、魔力を持たぬ人間は希少。その厳しい条件から、ここ数百年、あの扉に挑む者がいなかった」
「挑戦者がいなかったのではなく、挑戦できなかった?」
「さようで」
「けれど、それが可能になったのですね」
「はい。第一の条件、鍵を用いて扉を開く者。それがソフィア」
「それはつまり」
「はい。実は、あの娘は歴代の巫女の中でも特別な存在でして」
「特別?」
「魔力を持たない者はいた。しかし、あのような力を有する者は、遥か昔に数名だけ」
「たった数名だけ、特別?」
「そう、それは、聖女セシリア様と、月の女神の使徒のみ。彼らはこの世界の理から外れた、特別な力を持っていた」
聖女と聞くなり、アイラはダリアと顔を見合わせていた。おぼろげに見てくる聖女の姿。
ダリアの意表を突かれたような表情。きっと自分も同じような顔をしているだろう。
「……そうか、真の聖女様がちゃんといたんだ」
ホッとする。周囲に悟られないように深く息を吸って心を静めた。
アイラは視線と頷きで話の続きを促した。
「もっとも、ソフィアの力は、セシリア様の伝承と、比べるべくもなく弱い。ごく微量に有する魔力により限界があるのです。故にソフィアは聖女たりえない」
長老が窺うようにアイラを見た。何やら思惑がありそうな視線をアイラは拒絶する。
「長老、ご存知の通り、私には魔力がありません」
その場が騒めいた。
魔力については、今更、隠す意味もないだろう、アイラが無能であることは周知の事実となっている。
しかしながら、そのことを無理に聖女に結びつけることなどできない。――私は、だんじて聖女ではないのだから。
「やはり、そうでしたか。シトラス家の、アイラ様の噂は存じております。しかし無魔力とは」
長老が腑に落ちる様子でうんうんと頷く。
「せ、聖女様、あなたは、あの扉を開くことができるのですか!?」
すごい、と呟いた後、戦士長が身を乗り出した。
「私は、扉を開きました。ブルホーンも二度倒しました。これは誓って真実です。ただし、あなた方に全てをお話しすることはできませんし、このことは他言無用にしていただきたいのです」
とてもじゃないが、あの奥に財宝があるなんて話せない。話せば国中を巻き込む騒動になる。シトラス領も家も、当然のごとく騒乱に巻き込まれるだろう。
アイラは拳を口に当て低く唸った。……これは、表向きは、月の扉を開く巫女の誘拐だ。
しかし、どうにも腑に落ちない。
アイラには気にかかることがあった。
けれど、それはあくまでアイラの想像であり、推察を思いついたまま話すことなどできない。
「承知しました。それで、ソフィアの件ですが」
「少し考えがあります。長老、少々お時間を頂いても?」
「はい、ですが、何を」
「では少しお待ちください」
言ってアイラは立ち上がり、テーブルの上に広げられた地図を眺める。
――全員の姿を思い浮かべることはできない。索敵範囲も広くはない。でもやってみる価値はある。
地図の中、村の配置を示したところに右手を置く。アイラはそっと目を閉じた。
次にアイラは司祭に尋ねた。「司祭様、遺留品をお借りしても?」
「あ、はい、いまここに」
「そう、よかった。それでは、それを私の左手に置いてください」
すぐさま、差し出した左手に髪飾りが置かれる。
『念視!!』
髪飾りに残された残留思念。ソフィアの恐怖に怯える様子と悲痛な叫びを受け取って、アイラは顔をしかめた。……攫われたということに嘘はないようだ。
「聖女様! ソフィアは、娘は!」
アイラは、静かに目を開けた。思いつめたような司祭の目を見る。今にも折れそうな様子、彼から切迫感を感じ取っていた。
「たった今、月の女神様よりお言葉が降りました」
「聖女様、女神様はなんと!?」
「司祭様、ソフィアさんは無事です」
「そ、そうですか!」
司祭は、安どの表情で肩の力を抜いた。
「ソフィアさんを探しましょう。彼女は村の外、まだそう遠くまでは行っていません。それからもう一つ、私はもう、あの扉を開くことができなくなりました。しかし、ソフィアならばあの扉を開くことができるはずです」
アイラは、長老に意図が伝わったことを確認すると、戦士長の顔を横目で見た。
「それで、聖女様、どこを探せばいいのでしょうか?」
戦士長は、がぜんやる気を出していた。
「戦士長、まずは、西を探しましょう」
アイラの言葉に、戦士長は力強く頷いた。彼は、そのまますぐに出発しますといって部屋を出ていった。
「では、私達も参りましょうか」
アイラも、ダリアを促して戦士長の後を追って教会を出た。
「アイラ、女神の啓示だなんて、あれは嘘だな」
ダリアが目を細めてニコリと微笑む。
「あら、全部が嘘という訳ではないわよ」
「それで、何が気になったんだ?」
「気になったのは三つ。一つ目、これが狂言誘拐だったとして、その真の狙いは何か」
「アイラを試す、とか?」
「まぁ、そんなところかしら。次に、二つ目だけど、誘拐が本物であった場合の目的、これは月の巫女、神殿の財宝を狙ってのことか、それとも」
「魔力を持たない人間、もしくは聖女を狙ってのことか」
「そう、聖女の件はともかく、私との共通点ね。そして三つ目が、戦士長」
「戦士長? 彼がなにか?」
「この村に、よそ者が侵入するのは不可能よ。ソフィアの誘拐も簡単じゃない。シルバーオーブが示した数値は彼女の方が上だったのだから、不自然だわ。この誘拐には、村人の協力者がいる。それにもっとも適しているのが彼、もしくは彼の仲間ってとこかしら。ただ……」
「ただ?」
「彼の動機が、今ひとつパッとしないのよね。彼は扉を開くことに興味津々だった。それから、火事騒動なんて必要あったのかしら」
「どういうことだ?」
「うーん、まだ何も分かんないわ、でもソフィアを取り返してみれば、何か見えるかもしれない」
「それは、アイラの力が、読み取ったものなのか?」
「いいえ、これはただの感よ。でもまぁ予感に近いかな? さて、こんなところで油を売っている暇はないわ。目的地は南よ、まだそう遠くへは行っていない。急ごう、ダリア」
「南って、戦士長に言ったあれも嘘だったのか!」
その場で呆れるダリアを置いてけぼりにして、アイラは駆けだした。




