第22話 月の塔
その夜、アイラとダリアはこっそり村を抜け出して岩山に入った。
このビシュレ山は、シトラス領の北から東へ弓状に連なるベレキュス山脈のちょうど中間に聳える岩山だ。
「アイラ、こんな勝手なことしていいのか?」
「いいんじゃない。なんたって私、聖女様なんだから」
「長老は行くなら明日にでもって。それに、中には魔獣が出るから支度を整えろって」
「大丈夫、無理はしないわ。ちょっと覗いて無理だと思ったら、中に入らずに帰るから」
「アイラは、無鉄砲すぎる」
ダリアの話が、だんだん説教になってきた。アイラは黙って彼女の顔をまじまじと見た。言わんとすることは分かっているわ、という無言の訴え。
「分かったわよ、そんなに目をキラキラさせないでよね」
ダリアは、やれやれこの子は、と呆れつつも声は柔らかに優しくなっていた。
洞窟の前に立つ。夜の闇の中で、ランタンに照らされて浮かび上がる岩の穴。
一歩中へ進むと、内部がぼんやりと明るくなった。よく見ると石造りの壁のそこかしこに明かりが灯っていた。
「……勝手に、明るくなるとは。あの神殿に似ているな」
ダリアは息を呑んで見つめているが、驚いているふうではなかった。随分と慣れてきたようだ。
「塔は五階が一番上、中も迷路みたいに複雑ではない。地図もほら」
アイラは長老にもらった文献の写しをペラペラと振って見せた。
――まぁ、こんなもの不要なんだけどね。
「でも、また何か異変が起きたら……」
「ダリア、そもそも、私達って逆のルートを辿っているのよ。本当なら、塔、試練、鍵、そして扉」
「ま、まあそうだな。でも、それが?」
「ここには魔獣が出る。もしかしたら、フロアボスもいるかもしれない。でもブルホーンのような大物はいないわ」
「そうか、そういうことか。こっちの方が難敵なら、ブルホーンは障壁にはならない。理屈だな」
アイラは、ダリアの声を背中で聞きながら壁際に身を寄せ中を覗き込んだ。――どうやら、地図通りのようね。
二人同時に、息を合わせて中に入る。二歩、三歩と慎重に。最初の角を曲がると、さっそく魔獣が現れた。
「まぁ、あれにくらべたら、ザコ敵ね」
アイラは、まぁこんなものかと鼻を鳴らした。
順調に進む塔の攻略。一階のフロアボスは、ビッグファングの親玉だった。大きさは通常より倍ほどあったが、ダリアが難なく斬り捨てた。思った通り、黒い霧となって消えた敵からドロップアイテムが出た。
「これって何かしら?」
アイラが、床から摘まみ上げたのは、凸型にカットされたガラスのような透明な板。
「クリスタル、のようだが」
ダリアが顎に手を当て唸る。感心したようすだった。
その後、二階、三階と順調に進み、アイラ達は早々に最上階のフロア、五階に到達する。
「これまで、結構な数をやっつけたわね」
「ああ、そうだな。100を超えてから、もう数えるのを止めたよ」
ダリアは息も切らしていない。もちろんアイラもだ。
フロアボスといっても、範囲攻撃もなく、形態変化もない。
二階は大蛇、これは毒は持っていたが、モーションが分かっていたので大して気にならなかった。
三階は大猿、大鉈を持ち、身のこなしは早く怪力の持ち主だが苦労はしなかった。
四階は木の怪物で幻惑をしかけてきたが、アイラには当然無効。
そうして五階。対峙するのはライオンの顔の魔獣。
「ここでキマイラ、まぁそんなところか」
「ダリア、私はもう驚かなくなっている、なんだか、この慣れが怖くなってきたわ」
「さぁ、とっとと、片付けるわよ。あれのモーションを教えておくわね。前傾姿勢で吠えると氷の魔法攻撃、空中で2回羽ばたいたら炎を吐く、後は爪の三連撃よ」
「まったく、軽々しく言うけどね」
不敵に笑うダリアが斬り込む。アイラは後ろで支援をした。このコンビネーションも随分と板についてきた。
敵が前傾姿勢を取る。冷気がたつと、空中に鋭利な氷の礫が生成される。その数の多さにアイラは目を細めた。
「範囲攻撃だったか、これはマズったかな」
「アイラ、いま行くから!」
「ダリア、あなたは自分の防御に徹して、私なら大丈夫だからっ!」
とは言うものの。アイラの背すじに冷たい汗が流れる。――来た!!
アイラは、咄嗟にローブを翻し、念じた。『念動力!!』
――やはりダメか。全ては捉えられない。
氷の砲弾が雨のように襲い掛かる。
被弾。
衝撃。
……ん? 痛く、ないわね。
立ち上がって見ると、ローブには損傷一つなかった。
――おお! これは、もしかして、打撃耐性!!
アイラは浮かれた。なんだか面白くなってきた。こうなったら。
「ダリア、ちょっと攻撃をゆるめて。試したいことがあるの」
「なに、聞こえないよ」
キマイラが飛んだ。おそらくこれも、ただの炎ではなく、範囲攻撃。
アイラは、すばやくダリアの前に立ち、ローブを広げて庇うように盾を作った。
「ほらぁ、見てみて、ダリア、やっぱり、炎耐性だぁ」
ウキウキ気分で話しかける。
「おい、遊ぶな!」
取り囲む炎の中、ダリアが冷ややかな目つきで睨み、拳骨を落とす。
「い、痛いわね……いたい……うう、ごめんなさい、ダリア」
敵を倒して、祭壇の前に進む。アイラはドロップアイテムを革の鞄から取り出した。
「パズルね」
アイラは五つの破片を並べて組み合わせた。
「パズル、は何か分からないけど、なるほど、これで一枚の板になるのか」
「それを、こうして、ここに嵌めこむと、ほら!」
くっついて一枚の板になったクリスタルの板は、ちょうど大人の手のひらサイズ。子供のアイラでも片手で持てる重さ。
アイラは、祭壇にある台座らしきところにクリスタルの板を置いた。
フロアにベルの鐘の音が鳴り響く。
――クリアの演出が、ありきたりなのよ。もっと何か凝ったことはできなかったのかしら。
「アイラ! これは、こんなところに石板が」
少しの振動、石を引きずるような音。
ダリアは、祭壇の後ろからせりあがってくるギミックに感動したようだ。
「ああ、ま、お約束ね」
アイラはそそくさとクリスタルの板を鞄に収めた。
「読まなくてもいいのか?」
「どうせ、取説よ。このクリスタルが鍵とかなんとかって解説よ」
フロアを見回し、能力を使って他に隠し部屋がないか、特別なイベントの気配がないか調べる。
――あれは、何かしら?
東側の壁に、何か……アイラは、近づいて壁を調べた。この奥に何かがある。
でも、何もできない。ここはなんだろう。
鞄から、オーブやなんやらを取り出し翳しても反応がない。
今はまだ、そのときではないのだろうか?
「――汝……試練を全うし、……なになに? ここに手を……」
ダリアの声を背中で聞く。帰り支度をしていると、突然フロアに声が響き渡った。
『ダリア・アッカリー、ヲ、カクニン。ニンショウシマシタ』
「なに!?」
アイラは、首がちぎれる勢いで振り向いた。
見ると、ダリアが石板に手をつきながら、どうだ! というように、ニタリと笑う。
――まさか、ダリアにしてやられるとは。油断したわぁ、やっぱ惰性で物事を見てはいけないわね。
アイラも登録を済ませ、二人は無事に不必要なイベントをクリアした。
「これで鍵は手に入った。でも……」
――なんで、月の女神に関係するアイテムが、魔物からドロップするのかしら? ゲームの設定として考えれば普通にある。でも、これは現実だ。違和感があるわ。魔獣に魔物……魔族に邪神かぁ」
北向きの窓から森を眺める。遠くに日が差し、薄っすらと稜線が浮かぶ。まだ夜明けまではもう少し時間がありそうだ。
「こうして見ると、けっこう広大な森よね。それに山々も、どこまでも続いているようだわ」
窓際でアイラは頬杖をついた。――さてと、これで月の扉のイベントも終わりか。
まぁでも、次に来るときの楽しみもできたし、今夜はこれで。
「アイラ! ちょっとこっちへ!!」
西側の窓から外を眺めていたダリアが叫ぶ。
なんだろう、そっちの方向は、シトラスの街の方だけど、まぁ、あんなに遠くまでは見えないか。
アイラは、ダリアの傍に寄り外を見た。
黒い靄で霞む景色……遠くから、近くへ視線を戻す。
「なに? ……煙? なにこれ! 村が!!」
アイラは愕然とした。村が燃えている、炎を上げ、黒い煙を巻き上げて。ソフィアや、長老、村のみんなの顔を思い浮かべる。――いったい何が起きているの。




