第21話 銀の水晶
翌日、アイラとダリアは再び長老と対面した。
「それで、長老、この指輪のことなのですが」
二人を満面の笑顔で迎えた長老。そのしたり顔を見れば妙にムカつくが、ここは冷静に。
「それは、この村に残された指輪の中で最も古く、最も貴重なものです」
ニコニコ顔で話す長老。
「そのような貴重な物はお借りできませんわ」
とっとと別の物をよこせ。アイラは昨日の屈辱を忘れていない。老獪なジジイの手のひらの上で転がされるのは、金輪際ごめんだ。
「まま、そのようなことは小さきこと。それよりも」
テーブルの下に手を差し込んだと思えば、じゃじゃーんといわぬばかりに銀の水晶を取り出す長老。
――あんたは、手品師か!!
「そ、それは!」
意図せず前のめりになる。アイラは見入った。大きさはあのオーブと同じ、ちょうど両手で受けられるくらい。例えるならば、そう、ソフトボールくらいの大きさだろうか。
「これは、シルバーオーブ」
「お、オーブ!!」
「おや、知っておいでか? 流石は聖女様だ」
長老が満足そうに顎髭をしごいた。
――まずい、完全にこの老人のペースに乗せられてしまっている。
「長老、アイラの指輪、それにその水晶、確か巫女殿は聖遺物と話していたが、いったい何なのですか? それは、魔力判定の儀で使われる魔水晶とは違うようだが」
「ソルディーアの神官が行う魔力判定の儀。そこで使われるのはゴールドオーブ――」
「キ、キンタ」
「何か?」
「あ、いえいえ、おほほ、おほほほ」
「もっとも、あれは模倣品じゃがの。本物のゴールドオーブは女神様の神殿にちゃんと供えられているじゃろう。話がそれたの。このシルバーオーブは、この村に伝わる宝珠で、これは巫女の力や魔力量を計る為にだけ存在する」
「巫女の? 力?」
「先にも話したが、魔力を持つ者では扉を開くことができない。それは例え巫女の資格を持つ者であっても叶わぬ」
「巫女の資格、それは?」
「現在、その資格を有するのはソフィアじゃな。この娘は極端に魔力量が少ない体質でな。しかしながら、少ないと言ってもゼロではない。それはアイラ様が身に付けている魔除けの指輪を装着してなお難しい」
長老が傍に控えるソフィアに視線を向けると、応じて彼女はコクリと頷いた。
「長老、私は、この指輪を付けると体が軽くなり、思考も鮮明になる気がするのですが」
法で装着を定められている指輪、これは、単にその者の暴走を制御するための物ではないのか。自分の体に起きる異変にどう関わっているのだろうか?
「当然じゃな。それは体と魔素を遮断するものだからの」
「外からの遮断? これは内なる力を制御するものではないのですか? だから私には不要なものだと」
「人は、魔力を行使する際に魔素を使う。魔素を体内に取り込めなければ、おのずと威力は落ちる」
「魔素の濃いところでは、魔力が上がり、低いところでは落ちる。そういう理屈でよろしいのですか?」
アイラは首を傾げた。理屈は分かる。しかし、それが道理だとしても私には適さない。取り込むも何も、私には魔力がなく、魔素も使えないのだから。
「納得できませんかな? それでは少し見方を変えましょう。世界を覆いつくす魔素が、人にとって有益な物ではなく、有害なものであったとすればどうじゃろうか」
この世界で当たり前にある魔力の有益性。人々は魔力によって魔道具を扱い、日々を営んでいる。有害なんて、あり得るのか?
「……魔素が有害などと聞いたことがない。現に人の体には何の害ももたらしていない」
小さな声で呟くと、ダリアはそのまま口を噤んでしまった。目を合わせないのは、アイラの体質を憚ったからであろう。
「汚染……魔素による汚染、ということか」
何らかの物質に汚染された世界。その世界で汚染された人間は、超常の力を得たり、怪物になったりする。そう、それはソシャゲや、SF小説でお約束のように出てくる舞台設定だ。
アイラは長老を見た。目を合わせた長老が頷く。
「長老のおっしゃる通り、私は、微量の魔力しか持ちませんが、完全に消すことはできません。それは魔素を吸い続けているせいなのですよ。吸収すればどうしても体の中の魔力が反応してしまうのです」
いくら指輪で遮断しても、体内に魔素が蓄積してしまうのでどうしようもないのだと彼女は話した。
「元から魔力がない私でも、魔力の汚染は免れない。体調の変化、それはつまり外から影響を受けなくなるからだと」
長老の教えを受けて、アイラの持つ世界観が反転する。
――でも、だからといって全部は納得しかねるわね。
ソフィアは、この世界は太陽の女神に支配されていると言った。あとに言い直したが、支配とは穏やかな話ではない。ここの人たちが月の女神に近しいので、そういう発言になったのか。それとも何か理由があるのか。
アイラはしばらく考え込んだ。
実際には、太陽の女神ソルディーアと、月の女神ルナティースが仲の良い双子の神様だということは、この世界で共通の認識となっている。二人の女神、隠された神殿、そこにいた怪物、そしてこの村。
アイラの思考が迷路にはまり込む。
なぜこの世界はこのように歪になってしまったのか。
なぜ、私は転生……いや生まれてきたのだろうか。
「さて、そろそろ、どうじゃ?」
長老はシルバーオーブを指してアイラに尋ねた。
「巫女の力や魔力量を計る、月の女神の聖遺物」
アイラは、シルバーオーブを見つめて息を呑んだ。
「ちなみに、ここにおるソフィアの能力じゃが、ライフフォースが150で――」
「ラ、ライフフォース!?」
「おや、流石は聖女様じゃの、すでにご存じとはな」
「聖女様、私のESPレベルは30です。能力は、念動力がレベル15で、超能力治療がレベル10です。あと、家事全般が得意で、歳は16ですっ!」
自分の他にも超能力者がいた。アイラは、あまりの衝撃に身動きができなくなった。頭の中が混乱する。もう何がなんだか。
ソフィアのLFは150、自分は無限大。数値の差は、どうでもいい。
念動力がレベル15というのは自分よりも上だが、これもまぁいい。
気になるのが、アイラにはない能力、超能力治療だ。言葉の響きから、治癒能力のことを思わせるが、何をどれくらいできるのだろうか。これはとんでもない存在だ。
「さ、流石は巫女様ね。それにしても16歳には見えませんでしたわ。もっと子供だと」
「あら、私、聖女様よりも、だいぶ年上のお姉さんですよ」
うふふと笑うロリ少女。アイラは内心で、私は18よ、誕生日が近かったからほぼ19だったわよ、と強がった。
「ところで、長老、昨夜の、塔だの資格だのという話は?」
アイラは苦し紛れに話題を変えた。
小耳にはさんだ塔と試練の話。それは、この村にある月の扉に関することで間違いないだろう。
試練というのが、鍵や資格に、つまりソフィアに何らかの関係があることも想像に難くない。
「おお、それはもう片付いた。皆、アイザックに連れ戻されたからの」
「彼らは、聖女様に月の女神の鍵を献上して、扉に挑戦しようとしたのです。幼い女の子と若い女性の二人で倒せる魔物ならば、その強さは知れていると。無鉄砲、身の程知らずにも程があります」
「森の向こうに連なる岩山が見えるでしょう、あの山の中腹に洞窟があります。入ればその中は塔のような造りになっており、それで塔と呼ばれています」
「そこに、月の女神様の鍵があり、塔に挑みそれを取って戻ることが試練ということですか?」
「如何にも」
「その鍵があれば、ソフィアにも扉を開くことができるのですね」
「はい、ですが、ソフィアでは、まだまだレベルが足りない。それができた月の巫女は、悠久の歴史の中で僅か数人ほどだったと言い伝えられております」
「なるほど、それでこの機を逃すまいと」
「さようで。アイラ様、話が逸れてしまいましたな。では、こちらに。どうぞ存分にこのシルバーオーブをお使い下され」
長老が手招きする。期待する様子がありありと見えた。隣でソフィアも目を輝かせている。
「まぁ、それでは遠慮なく」
手を翳した。チラリと長老を見ると、指をさし、手を置けとジェスチャーする。
やれやれ、アイラは肩を落として溜息をついた。
仕方なしにそっと手を載せると、たちまち閃光が迸った。
咄嗟に手で庇を作り目をかばう。聞こえてきたのは、「な、な、な、なんじゃとーー!」という長老の驚愕の声。光が消えた後に皆が目にしたのは、空中に現れたステータス画面のような表示パネルだった。
「そうか、やっぱりミノタウロス討伐でレベルが上がっていたのね」
ライフフォース∞はそのまま変わりがないが、ESPレベルが10に上がっている。同時にそれぞれのスキルのレベルも10に上がっていた。
ソフィアの場合はESPレベルが30で、スキルレベルは15と10。
ESPレベルとスキルレベルは必ずしも同期しないらしい。それから、ライフフォース150という数値、これは超能力におけるマジックポイントと考えても良いのかもしれない。
一通りの考察を終えて振り向くと、長老が腰を抜かし、ソフィアが必死に介抱する様子が見えた。
ダリアはあきれ顔でアイラを見ていた。




