第19話 聖女誕生
「アイラ様は、本当は女神様では? 今は仮初のお姿をお見せになっているのではございませんか?」
そ、そっちかー。危ないわ、要らぬ疑いを掛けられてしまったのかと思ったわ。
「私は、この通り、人間よ。あなた達となにも変わらないわ」
「それは、そうでございますね。あなた様は、どう見ても人の子供だ。しかし、突然、姿を現すなど、この世界、不思議なことが起こるものですな」
「ほ、ほんと、不思議ですよねぇ、あは、あははは」
「不思議な少女が、月の女神様の紋章が入ったローブを纏って現れる。その黒髪、黒い瞳はまさに、女神ルナティース様の出で立ち。しかも、扉を開き、魔物と遭遇して戻られるとは」
長老の言葉に冷や汗が止まらなくなる。
巧みな尋問だ。
まずいな、これは追い詰められるパターンだ。
どうする? 対応次第で、今後の予定が大幅に狂うかもしれないわ。
ややもすると、女神として留め置かれる、いや、虜囚ということもあり得る。
アイラは長老の疑いの眼を受けながら息を呑んだ。
――どうする? どうしたらいい?
「長老、お疑いになるのももっともです。ですが」
ダリアが居住まいを正し、真っすぐに長老を見据える。
「おお、騎士様、なにか申し分が?」
「アイラ様は、女神様ではありません」
「ほほう」
「アイラ様は、『聖女様』なのです」
――はぁ!! ダリアってば、あなたこの期に及んでなんてことを言い出すのよ! アイラはダリアの顔を見たまま動けなくなった。
「アイラ様は、月の女神を祀る遥か遠き地の『聖女様』です。神事の最中に、私ともどもエンシェントドラゴンの光に呑まれ、気づけばこの村の洞窟にいた」
ダリアは、いけしゃあしゃあとハッタリをかました。
彼女の、微塵の揺らぎも見せない堂に入った態度を見て愕然とする。
あ、あわわわ。
「ダリア、も、もういいわ」
これ以上はまずい、アイラは会話を止めようとした。しかし、
「にわかには信じがたいのう……しかもじゃ、あの番人の試練からは何人も逃れられないと聞く。入れば二度と出てはこれぬ」
「アイラ様の聖なる導きのもと、私が討伐した。討伐を確認するため二度扉を開けたが、あれは即座に復活する真の番人のようだったな」
「二度、開けた?」
「そうだ、そして倒した」
「二度も討伐したと……」
驚愕に目を見開く長老。その顔から余裕が消えた。
「番人の復活を知るとは。こ、これはまさに伝承のとおり……失礼いたしました、聖女様。お疑いした無礼をお許しくだされ」
長老が深く頭を垂れた。
あ、これもう言い訳できない空気だわ……やってくれたわね、ダリア。
神がかり的な出現、月の紋章入りのローブ、自分の容姿が重なる偶然。
状況証拠はすでに整ってしまっている。
浮かれ気分でアイテムを選んでしまったことを悔やんだ。
アイラは引きつった愛想笑いを浮かべながら、ダリアを睨んだ。
その視線を、ダリアはすまし顔で受け流す。
――こいつ、悪い奴だわぁ。
「ところで、長老、私達は、早々に戻らねばなりません」
ここは上手く話を運んで、帰路への段取りを付けなければならない。
「そ、それはまた急な。月の聖女様のご尊顔を拝することなど、めったなことではありません。まさに僥倖でございます。どうか、少しばかりこの村に御滞在を」
「い、いえいえ、こちらに御迷惑をお掛けするわけにもまいりませんし」
「辺鄙なところゆえ、大したこともできませぬが、どうか、どうか」
押し問答が続く。
ここが領地のどの辺りに位置しているのか、おおよその見当はついた。
まず、領地から聖域まで北へ徒歩で三日、
聖域からフェルスまで西に徒歩七日程度、
領地からフェルスまで、直線距離で徒歩十日というところだろうか。
もっとも、このルートは森の中を進むので危険が多い。
現実的に考えると、最寄りの街道に出るのがベストだ。
しかしその道で帰るとなると二週間はかかるだろう。
問題はまだある。あの神殿の扱いも難しいところだ。
聖女と、妙な勘違いをさせていることも、今後の動きを難しくさせている。
……それでも。
アイラは腕を組み唸った。
月の扉の守り人達の村、この村に伝わる扉を開くための試練と資格。
これは冒険へのフラグだ。
なるべく早く屋敷に戻りたい、というのが率直なところではある。
けれど、月の扉のイベントも捨てがたい。
……さてと、どうしたものか。
「少しくらいの寄り道は、ありだよね。あれから十七日、それが、たとえひと月となったところで……」
アイラはダリアの顔を見た。彼女は、細い目でこちらを訝しげに見ていた。
「アイラ、私のことはともかく、あなたはきちんと帰ることを考えた方がいいわよ」
「まぁ、それは、そう、よね」
ダリアの言葉を肯定しながらも、脳裏から離れない執心。このワクワク感が、もはや確証バイアスであることは疑う余地もない。
「聖女様、どうか、我らの為にあの扉を開いて、その奥を見せては頂けませんか」
長老は静かに話した。先ほどまでの丁々発止の掛け合いではない。
「開いて、どうするのですか? あなたの目的は何かしら?」
アイラはきっぱりと尋ねた。化かし合いはいらない。ここは本音を語ってもらおうか。
「アイラ・シトラス様」
長老は、テーブルの上で手を重ね頭を下げた。
「そう、知っていたのね」
――やられたわ。なんか芝居じみていると思ったのよ。
アイラはポーカーフェイスを装った。
「はい、その月の女神の如き髪の色、瞳の色、それに魔力を持たない人間であること。そのようなお方を、月の女神を信奉している我らが、ぞんざいにすることなどございません。それに、私と戦士長のアイザックは、お顔を拝見しております」
「なぜ、試したのかしら?」
――ここは直球ね。なんか嫌な予感がするわ。
アイラはポーカーフェイスを続けた。
「真に、奇跡が起こったのかを確かめるため。あなたは、いきなりあの祠に現れた。外から入られたのではない。中から現れた。これを奇跡といわずに何と言いましょうか。しかしながら」
「この際、はっきりさせておきたいのですが、私は聖女ではありません。心に留め置くようにしてください。では、続きを」
――読めているわよ。私はあなた方のアイドルなんてごめんよ。
アイラは長老の出方を窺った。テーブルの上で組まれた皺だらけの手に力がこもる。
少しの間を置いて彼は肩から力を抜いた。溜息を一つついてからゆっくりと話し始める。
「我らも、アイラ様を無理に聖女に仕立て上げようなどとは考えておりません。そもそも、聖女は成れるものではない。本人が名乗りを上げても、周囲が祀り上げても聖女にはなれぬ。たとえ、月の女神の紋章が入った法衣を纏っていてもです」
長老がアイラの胸元を見る。
「あなたは、私に何をさせたいの? 扉を開くことはできません。それは、入れば生きて帰ることができないからよ」
「扉の向こうには、女神様の神殿がある。古き言い伝えにございます。しかしながら、我らも、先祖を遡っても、誰も見たことがない。この村に住む者は皆、信仰は厚い。しかしそれも時と共に薄れてきている。村人の減少に歯止めが利かなくなっているのです」
「そんなに無理をして、村を維持しなくて良いのではありませんか? それに、守るためにしがみつく必要はない。あそこは難攻不落よ」
厳しいことを言うようだが、たとえ村が朽ちたとて、現状は変わらない。どうせあの扉は誰にも開けない。開いたとてあの怪物は倒せない。
「そういう訳にも参りませぬ。我らは月の女神様の使徒の末裔。使命があるのです」
「それは、私には関係のない話よ」
古からの使命と現実の間で存続意義が揺らいでいるのは理解できる。期せずして目の当たりにした奇跡のようなものに縋る気持ちもわかる。しかし、それは単なるエゴでしかない。今さらカビの生えた言い伝えに縛られるべきではない。アイラは話を打ち切った。
コンコンコン。
アイラと長老の間に停滞する重い空気を、扉をノックする音が払う。
長老が入りなさいと声をかけると、「はい」と可憐な声が答えた。
「長老、私達はこれで、休ませていただきます」
アイラ達はお辞儀をして長老に背を向けると、そのまま出口に向かった。
扉が開く。想像した通りの少女が入ってきた。青い髪に、ブラウンの瞳。小柄な少女は、アイラ達に一礼したあと、長老の傍によってヒソヒソと話した。
「なんじゃと!」
声を上げる長老。振り返ってみると、長老が驚く様子で白眉を持ち上げていた。
「いこうか、ダリア」
ダリアの腰にそっと手を当て退出を促す。外に踏み出したアイラの耳が捉えたのは「……塔へ、資格を」の言葉。――やばいな。ムズムズするわ。




